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ありがとう、そして、さようなら?

 11才になった。


 この年に起きた出来事を私は忘れない。


 11才を向かえた春先、麦の収穫を終え村人がホッと一息ついた。


 この時期にそれはやって来た!


 始まりは村の何人かが発熱を訴えて村の治癒士に薬を買いに来たときのこと。

 軽い発熱程度なら薬で直ぐに治せる。

 始めは誰もが春先の陽気に当てられて飲み過ぎたのが原因だと笑っていた。


 だが、違った!


 治癒士が診た病人は只の病人ではなかった?

 治癒士は前にこの症状を診たことが有る!


 疫病だ!


 治癒士は直ぐにノーマンに報せに来た。


 この世界では外傷等の怪我は治癒魔法でほとんど治る。

 体の一分欠損や内臓等の破裂、果ては上半身のみの状態であっても治すことが出来る。

 つまり、外的要因による死に至る怪我はどのような状態であろうと生きてさえいれば治るのである。

 ただし、脳の怪我は記憶や運動能力に影響を及ぼすのだが?


 私が3才で頭に怪我をした時、外傷のコブは直ぐに治せたが脳の血管の一分が破裂、内出血を起こしていたのは治せていなかった。


 私は言語障害と運動障害を起こしていた。


 5才の時より酷い症状を起こし生死の境をさまよったが、外傷の怪我であった為に治癒魔法で治せたのだ。


 当時の話を冗談混じりに話すノーマンを恨んだが怪我もノーマンが原因だったが治せたのもノーマンのおかげだった。


 ……納得はいかないが。


 だが、疫病は違う!


 この世界の疫病や、流行り病知治癒魔法では治せない!

 そもそも何故疫病が起こるのか?

 原因がわからないので対処法がわからないのだ。

 前世で疫病の原因は細菌、微生物が原因だと解るが、この世界では細菌の存在を知らない。


 だから原因がわからない!


 この世界の疫病、もしくは流行り病を私は詳しくは知らない。

 前世の記憶を持っていても専門的な知識を知っていなければ役に立たない。


 ………私は、役立たずだ。


 マーサに聞いた話だとまず始めは、発熱から始まり。

 次に嘔吐、下痢の症状が現れる。

 一分発疹が、顔や体に現れ食事が出来なくなる。

 10日から15日ほどこれらの症状が続き死に至る。

 致死率は、10%!

 しかしこの疫病は一度掛かると二度は掛からない。


 ノーマンは一度この疫病に掛かっているので大丈夫。

 エルクとベスも大丈夫だ。


 そして、マーサが発症した。



 直ぐに私とリリ、ナナは村の領主の屋敷、つまり私達家族の住む屋敷の離に住むことになった。

 この離はエルクとベス夫婦が住んでいた場所である。


 マーサの看病はベスが行いノーマンとエルクは村の患者の対応にあたっていた。

 私はリリとナナの世話をしていた。


 リリとナナは、私のいうことをよく聞いてくれたので面倒はかからなかった。

 私はリリと家事をこなし、ナナはシルバァといることが多かった。

 エルクとベスは時々顔を見せに帰って来ることがあったが、ノーマンは来ることがなかった。


 というか私が会いに来ることはないとノーマンに言ったからだ。

 私に会いに来るよりもマーサの側に居るようにと話したのだ。

 ノーマンはマーサも心配していたが私のことも心配していた。

 だが私は自分のことは自分で出来るとノーマンを突き放し、エルクとベスも私よりもマーサに付いていたほうがいいとノーマンに話した。


 ノーマンは納得していなかったが出来る限りマーサの側に付いていた。


 私は、マーサのことはあまり心配していなかった。


 薄情に思われるかもしれないが、私が心配してマーサの症状が良くなるなら、いくらでも心配するがそうではない。

 逆にマーサのほうが私を心配しているかもしれない?

 こういう時は患者に負担を懸けないようにするほうが良い。

 こっちの心配をするよりも早く病気を治すことに専念させてやらないと。

 だから私は、ノーマンに来なくていいと言ったのだ。


 だが、リリとナナはマーサを心配していた。


「マーサお姉ちゃん早く良くなると良いね?」


「マーサお姉ちゃんにまだ会えないの?」


 リリとナナは眼を潤ませながら私に聞いて来る。


「大丈夫だよ。もうすぐ会えるから」


 しかし、マーサさん。

 いい歳してお姉ちゃんですか?


 リリが3才の頃。


 マーサのことをベスと同じようにお母さんと言うことがあったのでマーサが。


「これからは私のことはマーサお姉ちゃんと呼びなさい!」


 とリリに注文すると。


「何言ってんだよ!いい歳したおと」


 ノーマンが言い終わらないうちに顔面パンチ!


「マーサお姉ちゃんよ。良いわね!!」


 マーサさんそれは脅迫と言うのでわ?


 リリが怯えた顔で必死に頷いていた。


 ほどなくしてナナが話せるようになると違和感なく、マーサお姉ちゃんが定着していた。



 そしてリリ達の心配をよそに、すでに発症から12日が過ぎようとしていた。

 この12日の間は何事もないように過ぎていた。

 少なくとも私はそう感じていた。


 そして、12日目の夜。


 私とリリ達は夕食を食べ終えて私はリリに読み書きの復習を、ナナはシルバァに抱きついてじゃれあっていた。


 その時、外の扉が乱暴に開けられた音がした。

 そしてドスドスとこちらに誰かが近づいて来る足音が私達のいる部屋の前で止まる。


「居るか?開けるぞ!」


 答える前に扉が開く。


 ノーマンがそこにいた。


 そして、私の腕を掴み。


「すぐに来るんだ!」


 私はノーマンに促されるまま部屋を出て屋敷に向かう。


 何も言わないノーマン。

 私も何も聞かない。

 ただ、黙って歩く。


 マーサの部屋まで。


 マーサの部屋の前で止まる。

 ノーマンが扉を開ける。


 そこには、マーサがベッドに寝ていた。


 ノーマンが私にベッドの横に有るイスに座らせる。


「………連れてきたよ」


 ノーマンはマーサの耳元に囁くように呟く。

 マーサは気づいたのか。

 静かに眼を開けて周りを見渡し私を見かけて微笑む。


 ノーマンがマーサを支え起こす。

 マーサが私を見ている。

 私もマーサを見る。


 マーサの顔色は血の気が引いているのか真っ白だった。

 頬はこけ、体は以前見たときよりも細かった。

 だがとても綺麗だと思った。


 とても綺麗だと思った。


「ご免な、さいね」


 突然、マーサが私に謝る。


「ご免なさい、本当に、ごめんなさい」


 マーサが私に謝っている。


 何を謝る必要が有るのか。

 私はマーサが私に謝る意味が分からなかった?

 だから私はマーサに言い返した。


「違うでしょ。こういう時は、ありがとうだよ」


 マーサが私をまじまじと見る。

 ノーマンもびっくりしているようだ。

 私の後ろではいつから居たのかエルクとベス、リリとナナがひそひそと話していたようだ。

 そして私の言葉に驚いている。

 私は構わずに言葉をマーサに伝える。


「どうして謝るの?謝る必要なんてないよ!」


「で、でもね?」


「僕は父さんと母さんの子供で良かったって思うよ」


 マーサが私の言葉を遮ろうとするが続ける。


「母さん、僕に読み書きを教えてくれて、ありがとう」


「僕に弓や魔法を教えてくれて、ありがとう」


「僕に、言葉を教えてくれて、ありがとう」


「僕に、料理を、洗濯、や、そうじの、しかた、おしえて、くれて、ありがとう」


「それから、それから……」


 途中から、言葉に出来なかった。

 顔は下を向き、涙が出ていた。


「そうね、そうよね?こういう時は、ありがとうよね?」


 マーサのやさしい声を聞いて顔を上げる。


「母さん、僕を産んでくれて、ありがとう」


 マーサの顔を、眼を観て、私は感謝の言葉を伝える。


「私も、あなたに、いっぱい、いっぱい、ありがとうっていいたい」


「私の、私達の、子供に、産まれて、くれて、ありがとう。」


 マーサの眼から、涙が溢れていた。


 ノーマンも泣いていた。


 後ろから、すすり泣く声が聞こえる。


「なんで、泣くのさ?こういう時は、笑顔でしよ」


「泣くんじゃ、なくて、笑いなよ?」


 泣きながら私は、無理に笑顔を作る。


「あなたも、泣いてるじゃない?」


「しょうがない子ね?そうでしょ?ノーマン?」


「ああ、そうだな。マーサ?」


 マーサを支えているノーマンの手に、マーサが手を添える。


「このこ、を、おねが、いね、ノーマン?」


「わたし、の、わた、しの、じま………」



 マーサは亡くなった。



 

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