6.脈動
前回のあらすじ
害鳥駆除だよ。でも主人公の豆腐メンタルが削れてるよ。
彼女の銀髪を撫でるのが好きだった。
そうすると彼女は少しくすぐったそうに、しかし心地好さげに血色の目を緩めるから。
彼女に頭を撫でられるのが好きだった。
多少こそばゆくも、彼女に愛されてると実感できるから。
彼女と抱き締め合うのが好きだった。
暖かくて。柔らかくて。彼女の匂いがして。彼女の吐息や鼓動を感じる事ができるから。
耳元で囁かれるのも。膝枕するのもされるのも。手を繋ぐのも寄り添い合うのも。
彼女の事が愛しくて仕方がなかった。
彼女は暖かくて穏やかで何処までも溺れそうになる女だった。
手を伸ばす。
しかし何も掴めない。彼女がもういないから。
目を回す。
しかし何も捉えない。彼女がもういないから。
会いたい逢いたい寒い寂しい。
◆◆◆
「あああああぁぁぁぁぁぁあアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアあああああアアアアアアッ!!」
不死鳥を斬る。
彼女を記憶がフラッシュバックする。
「いいアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああ!!」
真っ黒な血の匂いと感触。吐息の音。
彼女の肌も、筋も、骨も、髪も、目も、臟腑も尽く。
斬って斬って斬り裂いて。
死体は残らなかった。彼女はコアを俺に砕かれると、雪が溶けるように消失した。
残ったのは、彼女を殺した俺と、彼女の血を吸った妖刀1つ。
「あああああああああア゛ア゛ア゛ッ!! ッいあアアアアアアアアアアアアあっ!!」
手が震える。目が回る。
嫌だ、嫌だ。
斬りたくない。殺したくない。
斬らなきゃならない。殺さなきゃならない。
彼女のために、彼女を殺す。
彼女が彼女でいられるうちに。彼女が俺を愛してくれてるうちに。
俺が独りになったとしても。俺が彼女に囚われ続ける事になったとしても。
斬る。殺す。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
声はもう出なかった。
涙はいつまでも止まらなかった。
「ッ!!」
その叫び声が5年前の俺の記憶のものなのか、それとも今、現実であげたものなのかすら解らない。
だが自分が焔に包まれかけた事で意識が現実へ引き戻される。
不死鳥は俺が斬った傷口から炎を吹き上げたのだ。
体に風を纏って焼かれるのを防ぐ。
こいつ、炎を浴びると回復するのか。
不死鳥の傷口を焔が舐める度に回復している。
なら。
「食え」
刀にそっと囁く。
俺の刀……魔導具【常夜】は黒い。闇夜のように黒い。
彼女の黒い血を吸った時からずっとこうだ。
彼女は後天的なアルビノだった。
闇属性の魔力を大量に持っていた彼女の周りは常に薄暗く、日光なんてあまり浴びなかったせいだ。
そんな彼女の血を吸い付くしたこの呪われた妖刀は、強く闇属性に染まっている。
闇属性の特長は、精神汚染と魔力食い。
彼女は闇魔法で魔力を喰うのが得意だった。対魔法・対魔物において彼女は他者の追随を許さなかった。
刀を震う。
焔が溶ける。
彼女が、この刀が喰わないのは俺の風だけだ。
刀を不死鳥に突き立てる。魔力を思いっきり風に変え、ドリルのように肉を抉る。
ピイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!
鳥が叫ぶ。
傷口かる噴火するように炎が吹き出るが、その全てを【常夜】が喰う。
……見つけた、核。
胴体、心臓付近。仄かに黒く発光している。
このまま刀を押し込めば、もうすぐ壊せる。
流石にコア周囲は固く、数秒はかかるだろうが。
「ッ」
彼女を斬った感触が記憶から溢れ出る。
吐き気とも頭痛ともつかない不快感で無性に気持ち悪い。冷や汗が出る。
早く、死ね、鳥。
俺はあまり長時間戦闘ができない。
何かを斬る度、トラウマに襲われるから。
核がついに剥き出しになった。
「【乱刃】」
風で作った16本の刃を刀に追従させて。
刀を一気に滑らせて。
ーーーキィン!!
耳障りな音が響いた。
◆◆◆
拳大の、しかし半分に割れた黒曜石の如き魔物の核。
魔道具の素材として欠かせず、今の人類にとって無くてはならない重要資源。
大きさと純度で値段が決められ、これを売ることで俺らハンターは金を稼いでいる。
今回の不死鳥から得られたこの魔石は、売るとしたら億単位で売れるだろうし、武器にすれば一級品の大業物へと化けるだろう。
まあ、武器にする気など欠片もないが。
愛刀である【常夜】には 少なくない思い入れがある。
彼女を斬った忌々しい記憶を呼び覚ます呪われた品ではあるものの、彼女の血を取り込んでいるために、少しだけ彼女の事を重ねてしまっているから。
「ふむ、厄介ではあったものの、俺様達にかかれば単なる鳥だな」
「ん……お疲れさま……」
【絶壊】と【聖女】が寄り添い合いながら此方へ歩いてくる。
【聖女】は少し疲れたような足取りだか、【絶壊】は元気なものだ。
流石に疲れたな。魔力も半分以上使った事だし、コアを回収して早々に帰還した方が良いだろう。
コアの周りの地面は高温のせいかガラス質に融解していた。
割れたコアは仄かに赤みがかった黒曜石のような半透明で、うっすら輝いて見える。
「……おい、何でまだ発光してやがる」
壊れたコアが発光するなどあり得ない。少なくとも、今まで確認されてない。
発光している……つまりそれは、コアが機能しているという事なのだから。
まさか。そんなまさか。
まだ、死んでないのか?
「止まれ、馬鹿ップル。まだ終わってない」
俺の言葉に馬鹿二人は怪訝な顔になる。やはりまだコアの異常に気付いていない。
「こいつはまだ生k」
ゴオ!!
瞬間、再び。
世界が赤く染まった。
コアから焔が爆発的に吹き出し、すぐそばの地面が赤々と溶け始める。
「ッ!」
頭がソレを理解する前に、俺の体は動いていた。
斬らねば。今すぐに殺さねば。
刀を焔の塊に振り下ろす。
今ならまだ間に合うかもしれない。
こんな消耗した状態で再び戦っても勝ち目が薄いのは火を見るより明らかだ。
残りの魔力を思いっきり風に変えてコアを壊しにかかる。
焔はのたうち回るように暴れ狂い、俺を飲み込もうとするが、受肉していないためかまだ不安定だ。
これなら俺の魔力が尽きる前にコアを斬れるだろう。
俺は刀を更に押し込もうとして、
トクン……
「……え?」
その瞬間、そこが戦場だという事を俺は忘れしまった。
そんな状態で荒ぶる焔に対抗できる筈もなく、俺は10m程も吹き飛ばされる。
胴体に炎の直撃を食らって、黒いジャケットが焦げてしまっていた。
しかしそんなことはどうでもいい。
果てしなくどうでもいい。
トクン……
トクン……
「嗚呼……」
握った刀を視線を落とす。
トクン……トクン……
彼女の血を吸い付くした呪われた刀。
彼女の魔力が乗り移った真っ黒な刀。
トクン……トクン……
その刀が胎動していた。
その刀が鼓動していた。
生きてるように。魔物の受肉の瞬間のように。
トクン、トクン、
この鼓動は。
この音は。この震え方は。
忘れもしない、彼女の心臓の鼓動と全く同じだ。
一瞬思考が停止した。
あまりの歓喜に。渇望に。
5年間追い求め続けていたものが、手を伸ばせば届きそうな所にあるのだから。
次こそ……次こそヒロインをっ、
ダセタライイナー




