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1.斬りたくない

不定期更新、趣味書き。作者豆腐メンタル。

「あなたになら斬られても良い。…いえ、あなたに斬られたいの」


そいつは、必ず守ると約束した女だった。


「私を斬って。私を消して。あなたなら、一瞬も痛みを感じさせずにできるでしょう?」


最愛の、いや、俺が唯一愛した女だ。

血のように赤い眼と膝まで届く長い銀髪、処女雪のような白い柔肌。14歳になって段々と女性らしい肉付きを得た、色素欠乏症(アルビノ)の少女。


「あなたを独りにしてしまうと理解している。あなたを永遠に苦悩させ続けると理解している。これは私のわがまま。だけど、お願い、私を殺して」


普段は優しげなその瞳を涙で濡らしながら彼女は懇願する。


「ごめんなさい、刹那」


俺を安心させたいのか、彼女らは泣きながらも微笑んだ。

彼女の眼は徐々に黒く…真っ黒に染まりつつあった。髪も、涙さえも、黒く、黒く、粘性の高い闇のように。


「愛してる、刹那」


魔物化。魔力に冒され発症し、魔物となる厄介な現象だ。

魔法士として高い素養を持つ彼女が魔物化したら、きっととんでもない化け物になるだろう。

一度発症すればもう止まらない…完全に魔物となる前に殺さなければ、理性を失い、地獄のような苦痛に溺れ、ただただ破壊を撒き散らす存在に成り果てる。


「お前を…斬れるわけないだろ…!」


「ううん、あなたは斬る。あなたは私が苦痛を覚えることを許容できないから、一瞬で斬れる。斬り刻める。だって、あなたは私を愛してるもの。あなたはどうしようもなく、私に優しいもの」


頭では解っている。もう彼女を斬るしかないのだと。もう彼女を殺すしかないのだと。

そして自分が斬るべきだと。彼女を一瞬で、安らかに、愛したままに、優しく殺せる、自分が殺すのが最善だと。


だが、納得なんてできるわけなかった。


愛した女をこの手で切り刻む。考えただけで吐き気が込み上げる。


だがそうして俺が躊躇してる間にも、彼女の魔物化は進んでいて。

もう右目と髪は真っ黒で。時間がないのだと思い知らされる。

これ以上は、彼女が限界だ。


俺は刀に手をかける。

彼女を殺して、救うために。

それに彼女は目を細める。

嬉しげに、愛おしげに。


「斬りたくない……お前を……ッ」


手が震える。カタカタ震える。今まであらゆるものを躊躇いも懊脳(おうのう)もなく斬ってきたこの手が躊躇する。


必ず守ると約束した。

一生守ると誓約した。

生涯、いや。

死んでも愛し続けると指切りした。


「嫌だッ…嫌だッ…!」


「大丈夫、私が死ねば魔石が残る。塵一つ残らず消える訳じゃない。死んでもあなたを愛するって、約束したもの」


彼女が両腕をこちらに伸ばす。

まるで、ハグを促すように。抱き締められたいが如く。

もう自我を保っていられる限界だろう。

背中からは人間にあり得ない、悪魔か堕天使のような翼がバサリと生えてきて。

魔力が彼女を中心に吹き荒れる。

真っ黒な量子が連なり形をもって、カラスの羽が風に散るかのように吹き荒ぶ。

斬りたくない。でもこれ以上は、彼女が持たない。

斬らねばならない。


俺は泣きながら刀を構える。風を纏う。一瞬で、斬らなければ。


彼女が目を閉じる、(あご)を僅かに上げる。

口づけを待つかのように。

全てを俺に委ねるように。


斬りたくない。斬りたくない。

しかし、斬れねばならない。

彼女を、これ以上、苦しめてはならないのだから。


腰を落とす。

短く息を吸って、止める。

目を閉じる。開く。




斬る。そう決める。




必ず守ると誓った、心の底から愛してる女を。

切らねば彼女は地獄を見るのだから。

涙で滲む視界で彼女をとらえる。斬りたくない。斬りたくない。しかし、斬る。




そして、俺は踏み込んで…




「好き、好き、大好き、愛してる、刹那」




彼女がそんなことを、にこやかに言って。




「ッアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」




愛する女をこの手で切り刻んだ。




◆◆◆




十年前、突如として発生した量子…魔素によって、地球は変貌した。魔法が現れ、ミスリルやオリハルコンといった金属が発見され、人類はかつてなく繁栄し、そして2ヶ月後に滅びかけた。

魔物が発生し、ネットワークは切断され、一部の都市を除いて人間は壊滅的被害を喰らった。

中でも、大量の魔素を身に取り込んだ人間の魔物化は深刻なダメージを与え、それで滅んだ都市も少なくない。


しかし十年経った今では少々の不便はあるものの、人類はその弁当箱にも適応し、むしろ一部の都市では繁栄して、束の間の平穏を享受していた…

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