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 藍色に染まる夜空に、冴え冴えと光る三つの月がぽっかりと浮かんでいる。

 銀光を放つ月の横には、青く輝く巨大な星があった。

 人界――。

 昼も夜もなく空に浮かぶその星は、そう呼ばれていた。

 この世界の者とは、似て非なる者たちの住む世界……。

 異界と呼ばれるこの世界と対を成すのが、その青い星、人界であった。

 煌々と輝く月の淡い銀光が、ひっそりと辺り一面を照らし出している。青白い月の光を浴び、美しい花々は自らの美を誇るかのように咲き乱れていた。

 一年中絶えることなく花開く妖花は、震えるたびに甘い蜜の香りを漂わせる。嗅ぐ者の心を惑わせる濃密な香りは、淡い銀光に浮かび上がる白亜の宮殿へも届いた。

 月宮殿〝璃白宮(りはくきゅう)〟―――。

 七宝によって飾られた七重の垣に囲まれ、金銀青瑠璃の楼閣から成るこの宮殿を中心に、六芳星を描くように六つの宮殿が建てられている。

 北を飾るのは鮮やかな瑠璃色の〝皂亞宮(そうあきゅう)〟であった。そこから時計回りに、淡い浅葱色の〝燦邏宮(さんらきゅう)〟、雌黄色の〝麟磨宮(りんまきゅう)〟へと続く。南には、暖かな朽葉色の〝堕渇宮(だかつきゅう)〟が配され、蘇芳色の〝偈儘宮(げじんきゅう)〟、そしてこの世界の空と同じ竜胆色の〝嬋瑪宮(せんばきゅう)〟へと続いた。

 どの宮殿も相応に美しく、また優美ですらある。

 その宮殿の内の一つ、〝堕渇宮〟の地下に、誰も踏み込む事の許されぬ闇があった。

〝奈落〟―――。

 そう呼ばれる地下の闇は、異界にて封印された罪人達の眠る場所であった。

 堕渇宮の最奥……。

 呪文の描かれた扉に手をかけ、一人の少女が地下へと続く階段に足を掛けた。

 地の底から吹き上げてくる生暖かい風が、少女の透明な青い髪を揺らす。

 少女はそれに臆する事もなく、一寸先も見えぬ暗闇の中へと足を踏み出した。

 永遠に続くのではないかと思われる闇色の石段を下ってゆくと、突如階段は右に折れ上りになった。それを上り暫くすると、再び石段は右に折れ下りなる。

 上へ向かっているのか…、下へ向かっているのか。歩いている少女にも解らなくなった頃、急に石段は消え巨大な扉が現れた。

 五丈はありそうな高さの扉は、古めかしい銅でできている。

 鮮やかな深紅の衣に身を包んだ少女が、そっと扉に触れると、重々しい銅の扉は音も立てずにゆっくりと内側へ開いていった。

 腰の辺りまで伸びた髪を揺らし、少女は深海色の瞳で辺りを見回しながら部屋の奥へと歩いて行く。

 部屋の中は先ほどまでの通路同様、一寸先も見えぬ暗闇であった。

 だが、少女はその暗闇の中迷いもせず、時折何かを避けるようにして奥へと歩いてゆく。

 美しい眼差しが、最奥でキラキラと朱色に輝いている石を見つけた。

「…お前かえ? 妾を呼んだは……」

 些かキツイ感じのある少女の声音に、まるで応えるかのように石の輝きが増す。

『…姫…様……』

 弱々しい子供の声が聞こえた。

『…堕…渇宮が…姫…様……』

 縋るような声は、朱色に輝く石から聞こえてくる。

 少女は石へと顔を近づけた。

『…どう…か、我らの……、最後の望み…を、お…聞き…届け…下さり…ま…せ……』

 泣き声にも似た声音に、少女は美しい眉を寄せた。

「望み……?」

『…我…らは、長い事…こう…して閉じ…込め…られて、参…り…ました……。もう…天命も…尽きまする……。

 ですから…どう…か……、最…後の、望みと…思うて、我ら…を、姫…様…の…お手の中で……、殺し…て…は、いただ…け…ませ…ぬか……?』

 涙ながらの哀れな童子の声に、少女は僅かばかりの間逡巡した。

 童子の声は、尚も縋る。

『どう…か…、姫様……。哀れ…と…思うて……どう…か……』

 やがて少女は、美しく白い指先を朱色の玉へと伸ばした。

 指先が触れた途端、チリッ…とした痛みが走り、少女は小さな声を上げて石を見下ろした。

「―――ッ!」

 切れた指先から、一滴の血が玉へと滴り落ちる。

 その瞬間、朱色の輝きが眩しいほどに増した。

 突風と、子供の嘲笑とが辺りを覆う。

『ようやく我らは自由となった―――』

『姫よ、よう手を貸してくれた―――』

「まさか……!?」

 少女の深海色の瞳が大きく見開かれた。

 クスクスと童子たちは笑い、少女を空中から見下ろす。

「己――ッ」

 騙されたという事に気づき、紅い唇が恥辱に震えた。

 童子たちは人形のように優雅な笑みを浮かべ、扇をひらひらとはためかせる。

 辺りにはらはらと桜の花びらが舞った。

『それでは姫様、ご機嫌宜しゅう―――』

『いずれ、またまみ見えましょうぞ―――』

 童子たちは高らかな笑い声を上げながら、空中の中へと消えてゆく。

 息苦しい程に、桜の花びらが辺りに舞い、そして童子たちは忽然と闇の中から姿を消したのであった。


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