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第七話

調子のってたくさん書いちゃいました(照)

 季節の流れはとても早いものだ、ついこないだまで年末年始を盛大に祝っていたのに気がつけば時は一月中旬も終わろうとしていた、あずさは正月休暇ののちに貯めていた有給休暇を使いこの時期までなんとか休んでいられたがそろそろ本格的に通勤しなくてはならない時期にさしかかっていた。あずさは少し融通がきく会社につとめているため、かりんとの生活に慣れるために休暇を取ることができたが、さすがに一月下旬、ましてや二月に突入するとそうも行かなくなる。かりん小学校入学まであと約三ヶ月。それまでの間一人かりんをあのマンションの一室に部屋においておく訳にもいかない。そこであずさはある行動に出る。

「かりん、出かけるよ」

あずさは出勤用の服に着替えてある。かりんはだいぶあずさに慣れたのか、なんの抵抗も無くあずさの後について行く。どこに行くかも聞かないで。しばらく歩いて、たどり着いた場所は自宅からそう遠くない幼稚園だった。かりんが少不安げにあずさを見上げる。あずさはその視線に気がついているが、得意の無視を使って気がつかないふりをする。

「こんにちはぁ〜」

子供の好きそうな甘ったるい甲高い声を出しながら、幼稚園の先生があずさたちに近づいてきた。かりんはあずさと握っている手に力を入れた。表情を横目で見ると無表情だが、不快感をまとっていることがあずさにはわかった。

「この子がかりんです、今日からよろしく御願いします」

あずさが丁寧に頭を下げるのをかりんが悲しそうに見つめる。

「じゃぁね、かりんできるだけ早く迎えに来るようにするから」

そういってあずさはかりんの手を離そうとした。だけどかりんが思っていた以上に強くあずさの手を握っていたのでそれができなかった。あずさは思わず、眉間にしわを寄せる。

「かりん」

いつもより少し強めに名前を呼ぶがかりんは無表情のまま手を離そうとしない。それをみかねた幼稚園の先生が慣れた口調でかりんい呼びかける。

「かりんちゃん、先生と一緒にお絵かきして遊ぼうか?」

かりんは話しかけて来た幼稚園の先生を見ようとしない。無表情のままあずさの手を握る力が次第に強くなって行った。

「かりん、手が痛い」

あずさが嘘をいってみても何も言わない、あずさすら見ようとしない。腕時計を見ると乗らなければならないバスの時間が迫ってきている、このままだと今年の初出勤が遅刻になってしまう。あずさはあきらめたように、幼稚園の先生に言う。

「すみません、今日はやめときます…明日また来ます」

そういって少し早歩きで幼稚園をあとにした。かりんは幼稚園を出てからしばらくの間あずさの手を離そうとしなかった。なんとか乗りたいバスに乗って会社につくと、あずさたちはかなり目立った。IDカードをタッチしてから会社に出勤してから、カウンターに向かいカウンターのお姉さんにあずさはいらだちをあらわにして言う。

「社内に子供を預けられるような場所はありますか?」

カウンターのお姉さんは少し困ったように

「無いですね」

と鈴虫みたいな声で言う。あずさはかりんに握られている手をそのままに、もう片方の手で携帯を取り出し上司に連絡を入れてから、エレベーターに乗り自分のデスクへ向かった。デスクに入ると部屋の人間が一斉にあずさの横のかりんを見る。注目されることに慣れていないあずさは素早く自分の荷物をにおいて部屋を後にした。

 向かった先は談話室。そこで暖かいココアをかりんに渡して、自分は頭を冷やすため滅多に飲まないブラックコーヒーを買って談話室のソファーに座る。そして鋭い目でかりんを見つめる。キレては駄目と自分に言聞かせながら最初の一口を口に含んだ後にかりんに聞いた。

「どうして、あんなことしたの?」

かりんは受け取ったココアに手は出さないでずっとカップの中でかすかに揺れているココアを眺めている。

「最初に私が幼稚園に連れて行くって言えばちゃんと幼稚園に居れた?」

かりんに答える様子は無い。頭をかきながらあずさはいらだちをあらわにする。しばらくそういう重い沈黙が訪れた、そしてその沈黙をかりんから壊した。

「…あずさも」

かりんか聞こえるか聞こえないかの声で呟く。あずさはそれに耳を傾ける。

「…あずさも、ママみたいに、私のことおいて行くのかと思って」

一緒に生活を始めてから初めてかりんの口から雪のことが出てきた。雪に対する弁護の言葉が見つからなかったあずさは少し体制を立て直してかりんの話を聞く。

「……迎えにくるって、言って。…迎えにこないの、…嫌だ」

かりん言葉に嗚咽が混じる。どんなにあずさがかりんに対して冷たくて素っ気ない態度をしたって、泣いたりだだをこねなかったかりんが初めてあずさに涙を見せた。かりんも小さいその頭でかりんなりにあずさに気を使っていたのだろう、見えないところで我慢していたのだろう、甘えたかったのだろう。だけど、今回のことでかりんの我慢の緒が切れて気持ちが溢れ出た。雪に対する弁護も、今のかりんを落ち着かせるための言葉も考えることができないあずさはただかりんが泣き止むのを待っていた。談話室の外で通りすがりの社員たちがその光景を見て何かと話しているが、今のあずさにはそんなことどうでもよかった。こういうとき雪がいたらそうなのだろうとそんなことを考えながら、かりんが泣いているのを見つめる。

 しばらくすると、清掃のおばちゃんが談話室に入ってきた。それを横目に見たあずさは清掃の時間には早いのでは?と考えていた。するとその清掃のおばちゃんがポケットからあめ玉を一つ取り出してかりんの前に差し出す。かりんはそれを見ると泣くことを一旦やめて清掃のおばさんを見上げる。清掃のおばさんはにこりと笑いながら

「あげる」

と言う。かりんも思わず

「ありがとう」

と言ってあめ玉を受け取る。こういうときに、知らない人から勝手に物はもらっては行けないよと注意をすべきなのかと考えている自分がいることについてあずさは自分自身に少しだけ失望するのであった。かりんはそっとあめ玉を口に放り込んでそれを舌でもてあそび始めた。その次に清掃のおばさんはポケットティッシュを取りだし丁寧にかりんの顔を拭き始める、それから少ししわが目立つ手でかりんの頭をなでる。

「可愛いお顔が台無しよ」

まるでおばあちゃんと孫みたいと考えていたあずさは我に返り言葉を発する。

「あ、その、ありがとうございます」

清掃のおばさんはあずさの方を見て、優し笑顔で言った。

「子供が泣いているときは、優しく抱きしめるとか、頭をなでてやるだけで案外落ちつくものだよ。あなたも子供の頃そうだったでしょう?」

「…はぁ」

私はかりんと違って一応と母親の元で育った。だけどほどなくして自分の意志で寮のある学校に通い始め、寮生活を始めた。だから正直母の温もりはもうずいぶんと感じていないし、子供の頃ならなおのこと覚えていない。

「どんな訳があって泣いていたのか聞かないけど、子供が泣くってことは何かを訴えているんだよ。だから親はそれを聞くなり受け止めるなりしてやらなきゃ」

そういって清掃のおばさんは談話室を出て行った。

「困ったことがあったら何でも聞いてね」

と一言言い残して。親じゃないのにと心であずさは嘆くが、今はそんな甘いことを言っていられないと再びかりんに向き直す。目を合わせるとかりんの目はウサギのように赤くなっていた。かりんは口の中のあめ玉を転がしながらあずさを見つめて離そうとしない。あずさは少し頭をかいた後にコーヒーを一気に飲み干してからかりんに言う。

「かりんの気持ちはわかった、でも今日は特別だけど一緒にこうして私の仕事場につれてくることはできないの。かといって、一人で家で待っているの嫌でしょ?だから私は明日からかりんを幼稚園に連れて行く」

かりんの目にまた涙がたまる。

「だけど、絶対に迎えに行く」

「…約束?」

かりんが小さく叫ぶ。あずさはあの日の朝を思い出していた。あずさは少しうつむいてから勢いよくかりんの手を握る。その衝動で手の中のココアが少しこぼれるけど二人とも気にしていない。

「約束する。もし破ったら、かりんの好きな物なんでも食べさせてあげる」

かりんは少し驚いた様子を見せたがしばらくしてにこりと笑って

「絶対ね?」

といたずら前の妖精にみたいに呟く。あずさもかりんの笑顔をみて少し安心したのか自然と笑顔になる。

 こうしてなんとかかりんは小学校入学まで幼稚園に通うことになった。数日後には友達ができて、自ら幼稚園に行くことを望むようになった。あずさは残業が全くなくなり、二人とも無事に新たな生活を始めることができるようになった。少しずつ少しずつ自分たちは駅まで続く桜並木に芽生えた始めた新芽のように成長している。ということを雪が知ったらどう思うだろう。そんなことを考えながらあずさは今日もかりんを幼稚園に迎えに行くのであった。

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