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第四話

 夢を見た。級友が子供を連れて私のもとにアポ無し訪問してきた夢。最初は他愛の無いことを話して子供のこと紹介されたり、思い出話に浸ったり。ずいぶんと会わないうちにいろんなことがあったていうことを話されて。その話の内容を信じたくないくせに信じてる自分がいて。級友は彼女の可愛い我が子を私に託して雪の降りそうなクリスマスの朝に手のひらで溶ける雪のように私たちのもとから去って行った。

 

 あずさは、ずっと同じ夢の内容を何度も何度も見た。目が覚めたら、昨日遊びにきた雪が朝食の用意をして自分が目覚めるのを今か今かと待ってくれているのではないか、あずさはそうであることを切に望んだ。もう何回同じ夢を見たか覚えてない、そんなときふとまぶたを開けた。目頭には乾ききっていない涙があった。横を見ると布団もかけずに優しくあずさの手を握りながら添い寝するかりんがいた。あずさは、はっとなって布団から飛び上がる。時計を見るともうお昼を軽く超えていた。あずさは周りを見渡した後かりんと自分だけしかここにはいないのだということを確信した。そしてあずさの切望もむなしく、夢は現実になって再び動き出した。あずさはかりんを起こさないようにそっと自分の温もりが残る布団をかりんにかける。自分の手を握るかりんの手をそっと外してもう片方の手に握られている茶封筒をそっと取り上げて素早く、台所へ避難する。

 台所向かう前に部屋中の暖房の電源を入れ、お湯を沸かしコーヒーを入れる準備をする。そしてある程度、用意をし終わるとテーブルにつき茶封筒を丁寧に開けた。そこには、複数の手紙と一つの通帳が入っていた。手紙を見る前に通帳を見る。新しい預金通用らしく額を見るとあずさの3、4年分の年収近くの金額が入っていた。その額に特に驚かずにあずさは寒さでかじかんだ手で手紙を読みああげる。

「親愛なるあずさへ、この手紙を読んでいるということは…」


『親愛なるあずさへ、


 この手紙を読んでいるということは私はもう、あなたのもとを去ったと言うことだね。突然、無理なお願いをしてごめんなさい。 でも、私が頼れるのはもうあずさしかいないの、あなたなら私たちのかりんをかわいがってくれるって信じてる。かりんの生活費は同封してあった通帳から好きに使ってください。最後に、あなたと思い出話に浸れて嬉しかったです。私は子を捨てたも同然だからこんなこと言えないけど。かりんを心から愛してる、必ず迎えにくるから。だからあの子のことよろしくお願いします。ありがとうと、ごめんなさいと、あずさもかりんも大好き。都合のいいこと言ってるようにしか思えないかもしれないけど本音です(笑)また三人でご飯食べようね。それじゃ、また会う日を楽しみにしています、またね。

 

                                               雪より        』


 下の空白の部分には雪が学生時代よく書いていたイラストが書いてあった。いつかのクリスマスの絵、三人の小人が楽しそうにクリスマスケーキを食べている絵だった。あずさはこみ上げてくる怒りに近い悲しみを押さえながら、その手紙と通帳を茶封筒に戻し、コーヒーを入れ始めた。熱いコーヒーをすすりながらことの事態をあずさは整理しようとする。いや、厳密に言うとほとんど整理はついてはいる。だがこれからしなければならないことが未知なるもので、ネトゲ初めて一時間、レベル1で攻略難易度高いクエストをパーティーなしでこなさないとないといけないというような状態である。もちろん親しい人間の別れもかなり心に応えているが、これからのことを考えると鳥肌が立つ。若干二日酔いの抜けていない頭で今の事態を把握するとつまり、理由はともかく『あずさがかりんを雪が戻るまで育てなければならない』と言うことになる。

「ガラッ」

突然台所の引き戸が開く。その音にあずさは驚き一瞬コーヒーをこぼしそうになる。引き戸を開けた張本人はまだ若干寝むたそうに目をこすりながら言う。

「お腹すいた」

あずさにとって誰かとの共同生活など学生時代以来だ。就職してからは、このマンションの一室で親にも迷惑(連絡もろくにとらず)かけず一人ほそぼそと暮らしていたのに。あずさにとって初めての他人との共同生活を強いられることになった。しかも、一番苦手な年頃の『子供』。あずさにとってできることなら一生関係を持ちたくないと思っていた種族『子供』と。雪がいるときは雪がかりんの保護者だったから何も感じていなかったが、今はその雪がいない。だから今のかりんの保護者という責任はあずさにある。あずさは子供嫌いな自分がそんな重大な責任を委ねられたことをかりんの登場により実感し声にならない悲鳴をあげるのであった。机上に踞るあずさを見てかりんは不思議そうに首を傾げる、そして近づいてあずさの寝間着の裾を引っ張る。

「ねぇねぇ、お腹すいた」

あずさは無言。かりんは再びあずさの寝間着の裾を引っ張る。

「…お腹痛いの?」

あずさはその空気に絶えられなくなり昨日の残り物のシチューを温めてかりんに渡した。かりんはいすによじ上ってスプーンでシチューをすする。熱かったのか最初の一口はこぼした、だけど対して気にせず一人でふーふーして食事を続けた。その光景を見てあずさはいらだちを覚える。自分もシチューをすすり、しばらくしてから思い出したようにかりんに質問する。

「かりんって今何歳?」

「ご」

かりんはシチューに夢中だ。目を会わせないで問いに答える。慣れている人間意外ろくに目を合わすことができないあずさにとっては少しそれはありがたい。

「誕生日は?」

「きょう」

うそ!と心の中であずさは驚いた。

「じゃ、今日で6歳になるの?」

「ん」

こいつ単語でしか会話できないんか!と怒りパラメーターが徐々に上昇して行く。気がつくとかりんの周りはこぼれたシチューでべたべたに。怒りが増して行く。一喝入れてやろうかとあずさはシチューを食べる手を止めてかりんを見る、するとかりんはおいしかったと笑顔を浮かべる、口元には豪快にシチューがついている。あずさの目にそれがかわいらしく映った訳では断じて無いが、なぜだか怒る気持ちが薄れてため息を吐く。そのあとにティッシュを2、3枚とってかりんの顔に押し付ける。

「口の周り汚いからふきな」

それと食べ終わったなら、自分の食器は自分で片付けろと言いたいところだが、かりんの体格を考えるとすこしそれは酷だと思いあずさが片付けた。かりんは食事が終わってもひよこのようによちよちあずさについてくる、それがまたあずさにとってかなりうとましかったが、あずさは少し我慢してみた。でもやっぱり少しいらついて

「向こういってて」

と冷たく突き放してしまった。かりんは特に気にした様子もなく、よちよちと寝室へと戻って行った。汚れた食器を食洗機に突っ込んだあとらしくもなくため息を吐く。

「これから、どうなんだろう」

あずさは思わず今の気持ちをこぼしてしまった。今日でかりんが六歳になったと言うことは小学校に連れて行かなければならないし、これからはそうやすやすと残業をすることができなくなるし、何より食事を与えないと行けない。今日はまだ雪が残して行ったシチューなどがまだ何か残っているが、あずさは料理を全くしない。朝昼晩コンビニ弁当とか不健康食品で生活しているあずさの脳内辞典には『食育』という言葉無い。学校の行事にだって行かなければならない。雪がこの場にいれば『子供ができたときのための子育て修行だと思って(笑)』とか言いそう、とか考えながら、台所の窓から見える厚い雲に覆われた空を見上げる。今朝のことを少し思い出しながらあずさは冷たい水でぬれた手をタオルで拭いながら考えた。どうしてあのとき、後を追わなかったのだろうとあずさは後悔した。本当は止めてほしい見たいな目をしていたような気がしないでもないでもあずさは何も行動を起こすことができなかった。

(いつもそうだ、私は後悔することばかり)

あずさは一人で苦しむ親友一人抱きしめることも、あとを追いかけることすらできなかった。だから今の彼女にできることはただ願うだけ。

(絶対帰ってきてね)

あずさは雪の降りそうな暗い空を見上げそう心の中でつぶやいた。

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