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第二話

『ピンポーン』

すんだ冬の空気の中、高い機械音が冬の訪れを喜ぶかのように部屋に響き渡る。

『ピンポーンピンポーン』

ならされている部屋の主は布団の中で芋虫のようにもぞもぞとうごめく。部屋のカーテンは閉められ、カーテンの隙間から冬の朝日が差し込む。

『ピンポーン×8』

「…あぁぁ、ぅせぇな」

芋虫がさなぎになるのを通り越してふ化する。成虫になったというか、芋虫から出てきたのはぼさぼさ頭の独身女性だった。寝間着のうえに毛布をはおり、家中の暖房器具のスイッチをすべてつけてからインターホンの画面の前にたつ。

画面には誰も移っていない。どこかに隠れているのか、ふざけやがって。本来なら、留守だと思い帰ってしまったと思ってもおかしくないが、残業明けの女性はその疲労と眠気、そして睡眠欲に支配されて普段通りの思考と態度がとれない。そして女性はいらだちをあらわにした声で応答した。

「はい?」

「ウィンターデリバリーサービスです。サンタさんから清水あずささんへ一足早いクリスマスプレゼントお届けに参りました!」

声だけが聞こえて、あずさと呼ばれた女性はいらだちを抑えられなくなり強めな口調で答える。

「セールスなら御断りします。どうせドアあけた瞬間、用意してある売り文句で私からお金をだまし取ろうって魂胆なんでしょ?」

「誰もセールスなんて言ってないでしょ!デリバリーサービスだってば!そういう疑うことから入るとこ昔から変わらないなぁ」

「……誰?」

「親友を忘れるなんて、ひどいなぁ」

少し考えたあとに、はおっていた毛布をその場におき玄関へ向かった。そしてドアをゆっくりと開けるとそこには、紙袋一杯に食材を右手で担いだ女性とこれでもかと防寒着を着込む子供が一人いた。

「久しぶり、意外とあっさりドア開けちゃうんだね」

笑って女性が声をかける。

「寒いから中入って」

インターホン越しに話したときよりはだいぶ丸くなったが、まだあずさの言葉には刺がある。そんなことを気にしないで、女性は

「お邪魔しまぁす」

とあずさの部屋に入る。女性は過去に何度かあずさのもとを訪れたことがあるのか、だいたいの部屋の見取り図は掌握済みで上がり込むと同時に荷物を台所におきに行く。女性の子供と見られる子供は靴を脱いでよちよちと女性に向かって歩き出す。その光景をみたあずさも寝間着のまま台所に向かい女性が持ってきた荷物をのぞく。

「アポ無し訪問とは雪ちゃんらしいね」

雪と呼ばれた女性は紙袋から食材を取り出し何も入っていないと知っている冷蔵庫にそれらを丁寧に放り込む。

「どうせ、今年も一人のクリスマスなんだろうなって思って、来ちゃった」

「ふぅ〜ん」

特にあずさは興味も無く机に座って頬杖をついて雪の作業を静かに見守る。すると一緒に頑張って手伝おうとしてるが、ぶっちゃけ邪魔してるようにしか見えない雪のつれてきた子供に目がいく。

「子供できたんだ」

「うん、かりんっていうの。かりん、挨拶は?」

すると、かりんと呼ばれた子供はあずさを無言のまま見上げる。気まずいとあずさは目をすぐにそらした。そもそもあずさは慣れた人間以外ろくに目を合わせられない。

「ごめんね人見知りなの」

「相手に似たの?」

少なくともあずさの知っている雪は断じて人見知りな方ではない。

「かもね」

とくすりと微笑みかりの頭をなでる。

「ていうか、結婚したんだっけ?」

話題が無いのでわかりきった質問をしてみる。

「ひど!招待状送ったじゃん!しかも来てくれなかったし」

少しふくれて雪があずさに言う。

「ごめん、人が集まるとこ嫌いだから」

「私はあずさのわがままに負けたんだ」

うなだれる雪をかりんがじっと見つめる。あずさは特に罪の意識は無い。こういうやり取りはむしろ久しぶりで懐かしむところだ。学生時代からの付き合いのだから、雪が落ち込んでいるふりをしているだけとよくわかっている。だけど、それを知らないかりんはあずさと雪を交互に見つめる。そんなかりんの視線に困ったあずさはふいにも本音を漏らしてしまう。

「やっぱ子供とか無理だ」

聞こえるか聞こえないかの声を雪は聞き逃さなかった。

「そんなことないよ」

と言って、雪はかりんを抱き上げてあずさの向かいのいすに座らせる。そして勝手に台所にある道具と自分の持ってきた食材を駆使してまだであろう朝食を作り始めた。向かい合わせになった彼女たちは見つめ合う。ほぼかりんが一方的にじっとあずさの眼を逃がさないのであった。あずさは思わず立ち上がり、雪の横にたつ。

「あら、珍しい。手伝ってくれるの?」

あずさは無言。手伝う気はさらさらないらしい。

「十秒と目が合わせられないなんて重病ね」

何?しゃれ?とか思いながらあずさは地味に応答する。

「嫌、私もともと人見知りだし、目会わせるのとか雪ちゃんみたいに慣れている人じゃなきゃ無理だから」

「でも、私の子供だよ?」

それとこれとは違うじゃんって突っ込みたいのをこらえてあずさは出来上がって行く朝食をつまみ食いし始める。雪は目線で全部食べないでよと訴えながら慣れた手つきで次々と朝食を作ってく。この様子を見る限り、彼女の家族の食卓はにぎやかなことが想像できる。毎日飽きずに同じトーストにナテラを塗るだけのあずさにとっては久しぶりのまともな朝食。

雪の夫でかりんの父はフリージャーナリストだということはあずさも知っていた。ていうかそれしか知らないし興味も無い。ふと会話を変えようと軽い気持ちで話をふった。

「旦那さんは元気?」

少しだけ、ほんの少しだけ雪の動きが同様を隠せなくなった。長い付き合いのあずさにはそれは火を見るよりはっきり見えた。その同様を目の当たりにしてもなお、その応答を待ち続けた。こういうとき空気を読まないのもあずさの性分だ。

「…死んだよ、あっけなく」

あずさは自分の質問の愚かさにその返事を聞いて初めて気がついた。空気を読めない自分がこのとき少しだけ嫌になった。

「ずっと私たちを守るって言ったくせにあっけなく死にやがってあのバカ亭主」

いたずらを実行し終えたばかりの子供のような笑みを浮かべる雪にあずさはかける言葉を失った。あずさは会ったことが無い、たまに送られてくる年賀状などの写真で顔がうろ覚え程度。

 押さえられない感情を必死に押さえてる雪のその笑顔にあずさは戸惑う。あずさ自信、あまり身近な人間の死を経験したことが無い、こういうとき友達としてどうかけていいのか心底無力な自分に嫌気を覚えながらもじっとその空気に絶えていた。だけどその気まずい空気の沈黙を破ったのはかりんだった。

「こげてる〜」

雪は我に返り黒い煙を上げるベーコンたちの処理に急いだ。こげているにおいが充満して行く、次第に雪の顔から笑顔が消える。なにかフラッシュバックしてしまったのか、こげたベーコンの張り付いたフライパンを水道におくと同時に雪はその場にしゃがみ込んでしまった。嗚咽まじりに雪は泣き出した。あずさはただ泣き崩れる級友を見下ろすことしかできない。話しかけるにも言葉が見つからない、抱きしめようとも手を握ろうとも思えない、触れることさえ億劫でなにより何をすればいいのかわからなくて怖かった。かりんはその光景を何も言わずにじっと見つめている。かりんの視線に気がついたあずさが、雪の隣にしゃがみ込んでまずは謝罪を述べる。

「ごめん、その私、変なこと聞いて」

雪は小刻みに首を横に振る。少し泣いて気が晴れたのか、雪は言葉を紡ぎ始めた。

「私もこのこというつもりだったから、大丈夫。取り乱してごめんね」

鼻がトナカイのように赤い、目は涙で満ちていた。あずさが抱きしめようと腕を上げた瞬間、雪はいつもの調子に戻ってこげたベーコンの処理に入った。あずさは何もできなかった自分に対して罪の意識があるのか、朝食の支度を手伝い始めた。しばらくして、雪の顔も元通りになり三人で朝食をとった。久しぶりの雪の食事にあずさは心の中で歓喜をあげた、顔に出さないのはシャイなあずさの性分なので仕方ない。

 明日はクリスマス。あずさは誰かと過ごすクリスマスは何年ぶりだろうと考えながら、こういうのも悪くないと、小さな幸せを

噛み締めてた。 

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