24-1
まだほとんど動いていないというのに、汗がとめどなく流れる。
敵は、ほぼ全身を武器にできる。
対して私は、剣が無ければこの化け物の前では無力に等しい。この状態で戦えばどうなるかなんて、考えるまでもない。
拳を食らうか、鋭い爪で刺されるか裂かれるか、噛みつかれるか。
いずれにせよ、負けも大怪我も確実だ。
剣を拾い上げなければ、助かる道は無い。
「……」
こんなすぐに、負けるわけにはいかない。私は歯噛みし、眼前で悠然と構えるアサルトウルフを睨みつける。
こいつはきっと、私が少しでも動けば、すぐに反応するだろう。いや、このまま動かなくても、いずれ襲われる。
だったら、何もしないよりした方がいいに決まってる!
再び、地面に突き立っている剣を見やる。
……こいつのスピードは、尋常じゃない。人間の足、特に私の足では、絶対に振り切れない。じゃあ、どうするか。
答えは、1つしかない。
地面を蹴り、走り出す。進む先にあるのは、剣ではなくアサルトウルフ。
相手が人間であれば、私の行動にわずかながらも動揺を見せてくれたかもしれない。だけど、相手はファミリア。私の突撃に驚くことなく、唸りを上げて駆け出した。
――よし。狙い通り。
アサルトウルフの一歩は大きい。あっという間に私との距離が詰まる。
そして、一瞬の溜めから繰り出される右拳の一撃が、ビュッという音と共に私の顔面へ放たれる。紙一重のところでそれをくぐるようにして躱し、低い体勢のまま、敵の向かって左側へ跳ぶように走り抜け、直後に方向転換。
剣のもとへ駆ける。
それをすぐに確認したアサルトウルフが追い迫る気配を背中にひしひしと感じつつ、私は全力で走って、地面に刺さっていた剣の柄を握ることに成功。
そのまま引き抜いたまではよかったんだけど、ここでさらなる危機が私を襲う。
「――うわっ!」
ずるっと、足が滑った。
原因は、地面に散らばったままになっていたアサルトウルフたちの臓物。
一体、どの部分なのかわからないそれは、踏みつけた瞬間ぐにゃっとねじれ、そのままちぎれて肉片と血塊を宙にばらまいた。
仰向けに倒れていく身体。サーッと血の気が引いていく。
それはきっと一瞬の出来事だったんだろうけど、その時の私には、びっくりするほど遅く動いているように感じた。
「――くっ!」
私は全身に力を込め、瞬時に身体を捻り、衝突寸前だった地面に手をついて、バネのようにその場から離れた。
そのすぐ後に、アサルトウルフの手刀がその場に突き刺さったのを、体勢を整えつつ目に焼き付ける。
……少しでも回避が遅れていたら、危なかった。
鼓動を落ち着けたいところだけど、そんな暇は与えてもらえない。
すぐさま私の位置を確認したアサルトウルフが、こちらに向かってくる。
でも、もう逃げる必要は無い。この手に、武器が戻ったのだから!
猛進してくる敵に向かって駆け出す。肉薄は、一瞬の後だ。
踏み出した足を軸に、体重と遠心力を乗せた一閃を繰り出す。敵はすぐさま反応し、後方へ跳ぶ。そして方向転換し、剣を引き戻す私の横手から攻撃を仕掛けてきた。
半身を大きく後ろに反らした直後、目の前を強烈な裏拳が通り抜ける。それを見つつ、剣を引き戻す勢いをそのままに、低い体勢のまま斜め上に斬り上げるけど、それは軽やかに身を捩って躱される。
「――!」
そして繰り出される、強烈な蹴り上げ。
咄嗟に刀身を前に構えて後ろに跳ぶけど、その勢いをほとんど殺すことができずに、私の身体は2メートルほど宙に浮いた。
同時に、右腕から血が噴き出す。足の爪に切り裂かれたようだ。痛みに、歯を食い縛る。
「!」
宙に浮いた隙だらけの私を、奴が見逃すわけがなかった。
落下地点まで素早く移動したアサルトウルフは、落ちゆく私にタイミングを合わせ、回し蹴りを見舞ってきた。
「うっ、げ……!」
とてつもない衝撃が、右横腹から全身に広がる。一瞬意識がぶれて、直後に激痛が走り回り、消えかけていた意識が引き戻された。
私の身体は蹴りの威力で吹き飛び、地面に激突して十数回は転がった後、ようやく停止。
「……あっ、がふっ、げ、げほっげほっ」
あまりの痛みに、涙が滲む。どうにか身体を起こして四つん這いで咳き込んでいた私は、すぐにその気配を察知し、素早く横へ転がった。
そこへ振り下ろされる、アサルトウルフの踵。私が躱すと同時にびたっと動きを止め、自滅を回避しやがった。
「くそっ」
立ち上がった私に、敵の容赦ない猛攻が襲う。
ガンガン前進しつつの、拳、拳、蹴り、蹴り。
それらは全て、速度や角度が異なっている。よけるだけで精一杯。
とても反撃なんてできない。
……強い!
ただ真っ直ぐ突撃してくるだけだった、今までのファミリアとは明らかに異なる。
こいつには、戦術がある。戦術があるってことは、それなりの知能があるってことだ。
そして、こいつは戦い慣れている。それが、私とこいつとの決定的な力の差になっているんだ。
きっとこいつは、捕獲されるまでいくつもの実戦を経験してきたんだろう。悔しいけど、実力の違いは明白。
このままじゃ、負ける!
「ぐっ」
次第に、敵の攻撃を躱しきれなくなってきた。躱すだけで、精神が削れていく。それは疲労につながり、私の動きを鈍くする。
それに対し、アサルトウルフの動きは全くと言っていいほど衰えない。相変わらず、的確な動きで攻撃を繰り出してくる。
体力的な面でも、私は負けているようだ。
「――!」
トン、と、固く冷たい感触が背中に触れる。何が当たったのか、すぐに理解した。
いつの間にか、私は施設の壁まで追い詰められてい――
「――――!」
直後、表現のしようがないほどの強烈な衝撃が、腹部から入り込み、体内で爆発した。
「ぅがっ……!」
目が無意識に見開かれ、四肢がピンと張る。アサルトウルフの拳と壁に挟まれているせいで、衝撃がいつまでも体内に残り、抜けていかない。
しかも、
「うっ! うぐっ! げっ! げぅっ! ごぁっ!」
どすんどすんと、アサルトウルフの拳が左右順番に私の腹を襲う。
攻撃の手を休める気配は一切無い。私に拳を打ち込むことを楽しむかのように、その後も攻撃は続けられた。
一発めり込むごとに、私の目は開き、四肢はビクンと伸びる。そして、身体の力がどんどん抜けていく。
このままじゃ、……このままじゃ、……負ける。
負け……
そして私は、不思議な感覚を味わうことになる。




