表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーセナリーガール -傭兵採用試験-  作者: 海野ゆーひ
第02話「ファミリア襲来」
9/106

02-4

 巨大な一つ目の狼は、じりじりと、だけど確実に、私たちとの間合いを詰め始めた。

 その口からは、赤い血と混じったどろりとした唾液も滴っている。


 ……まさか、私たちを襲って食べるつもり?


 胸に抱き寄せた弟たちを見る。2人共、ガタガタ震えて私にしがみついている。


「……」

 この子たちを襲わせるわけにはいかない。


 ……私が守らなきゃ。ここには、この子たちを守れるのは私しかいないんだから。

 震えている場合じゃない!


「スヴェン、ミリィ。私が囮になるから、その隙に逃げなさい」

 2人はビクッとして、ゆっくりと顔を上げて私と目を合わせた。私は、精一杯の笑顔を弟たちに見せて、「私は、大丈夫だから」と呟く。


 2人の身体をそっと引き剥がし、私の背後に回らせる。ちょっと遠回りになるけど、後ろの通りからでも逃げられるはずだ。運が良ければ、警官に見つけてもらえるかもしれない。


「さぁ、行って」

「でも……」

「早く。……走って!」

 眼前のファミリアを刺激しないように、声を抑えて叫ぶ。


「姉ちゃん……」

「早くっ!」

 2人は私から手を離し、駆け出した。それにすぐさま反応したファミリアは、大きく唸り、吠える。


「……」

 辺りを見回す。丸腰じゃ戦えない。何か、何か武器になりそうな物は……。


「!」

 左前方の壁に、鉄の棒が立て掛けられているのを見つけた。……ほかに武器になりそうな物は無さそうだ。あれで、やるしかない!


 ……だけど、どうやって取るんだ? 鉄の棒があるのは、ファミリアのほぼ真横だ。私がここから一歩でも動けば、こいつはきっと襲い掛かってくる。


 ……いや、動かなくても結果は同じだ。このまま動かなくても、私は襲われる。

 だったら、覚悟を決めるしかない!


「……わ、わあああぁぁぁぁっ!」

 とりあえず大声を出して見たものの、ファミリアはちっとも驚かない。それどころか、挑発されたとでも思ったのか、口を大きく開けて吠えた後、こちらに突撃してきた。


「――ひっ」

 飛び掛かってきたファミリアを直前で躱し、駆ける。そして鉄の棒を手に取り、身を翻して構える。


「――あっ!」

 しかし、ファミリアは路地を真っ直ぐ駆けていく。


 しまった! あいつ、最初からスヴェンたちを狙ってたのか!


「まっ、待てっ!」

 慌てて後を追うけど、見た目通り動きは狼で、当然足も速い。あんなのに追いつけるわけがない。


「スヴェン! ミリィ!」

 通りを、手を繋いで走っている2人の姿が見える。そして、みるみる2人との距離を縮めていくファミリアの姿も。


「やめてっ! やめてぇぇぇぇっ!」

 全力で走っているつもりだ。だけど、なんだか重たい足枷でも付けられているかのように、自分の身体が前に進んでいないように感じる。


 このままじゃ……!


 その時、ファミリアが通り過ぎようとしていた路地から人影が現れ、


「――えっ?」

 ファミリアに体当たりを食らわせた。


「お父さん!」

 路地から飛び出してきたのは、父だった。


 私の声に、スヴェンとミリィは足を止めて振り返り、父は2人を呼び寄せた。

 父は、すぐにスヴェンたちを自分の後ろへ隠し、起き上がったファミリアと対峙する。


 さっきのは不意打ちだったからどうにかなったけど、父は武器を持ってない。丸腰、しかも片腕だけで戦うなんて、あまりにも無茶だ。


「お父さん!」

 持っている鉄の棒を父に渡そうとして駆け出す。


「馬鹿! 来るな!」

 父がそう叫ぶと同時に、ファミリアは私の方に顔を向ける。私は思わず足を止めるけど、一度定められた狙いは簡単には外れない。


 唸り声を轟かせ、私に襲い掛かるファミリア。私の名を呼ぶ父の声が、意識の隅に響いた。


 ――殺される!


 迫り来る口腔。鋭い牙が生え並ぶその巨大な口は、私の頭をいとも簡単に噛みちぎることだろう。


 ……嫌だ。


 私の身体は、固まって動かない。脳からの命令を、強烈な恐怖の壁が遮断しているように。


 ……嫌だ。


 まばたきすらもできず、私は立ち尽くす。


 ――死にたくない!


 私は、まだ何もしてない!


 こんなところで……


「死んで、たまるかぁぁぁっ!」


 その後のことは、よく覚えていない。身体が勝手に動いて、持っていた鉄の棒をファミリアに向けて突き出し、そして、それで――




「――はっ!」

 急激に意識が戻り、身体が痙攣する。


 ぶわっと覆い被さるように、全身に強烈な疲労感が広がり、汗が噴き出した。


「…………え?」

 そして、目の前に横たわっているものを見て、驚愕する。


 そこには、あの狼型のファミリアが横臥していた。

 どろりとした血溜まりの上で、口の中から頭の後ろへ鉄の棒が貫通した姿で。


 そいつはもう、ピクリとも動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ