表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーセナリーガール -傭兵採用試験-  作者: 海野ゆーひ
第02話「ファミリア襲来」
6/106

02-1

 父との訓練開始から、早2ヶ月。


「よぉし、その調子だ!」

 攻撃の手を休めることなく、父は嬉しそうに声を張る。絶え間なく繰り出される攻撃を、私は木刀でいなしたり身を捩って躱したりし続ける。


 もう、このスピードにも慣れた。父の攻撃に対し、身体が面白いように軽々と回避行動を起こす。


「今度はお前の番だ。かかってこい、ティナ!」

「はい!」

 木刀を構え直し、父へ肉薄。


 身体の捻りで勢いをつけつつ一閃。しかしそれは、後ろへ跳ばれて躱される。

 木刀を振り切った体勢のまま前進し、刃を前に向けて刺突を繰り出す。その一撃は木刀で弾かれ、直後に腹を蹴られて後ろへ吹っ飛ぶ。


「げほっ、げほっ」

 咳き込みながら立ち上がり、「まだまだぁ!」と叫んで再度父に接近。


 木刀を振りかぶり、袈裟懸けに振り下ろす。父は後ろへ跳んでそれを躱した後、さらに私の木刀を弾く。


「わわっ!」

 バランスを崩してよろめいたところへ、容赦の無い足払い。


「ぐぶっ」

 私は前のめりに地面に倒れ、顔面を強打。起き上がろうと顔を上げたら、鼻からたらりと何かがこぼれて芝生に跳ねた。


「大丈夫か、ティナ」

 そう言うだけで、父は手を貸してはくれない。私は手で鼻を押さえて身体を起こし、「大丈夫」と答える。


 鼻を押さえた手のひらは、血で赤く染まっていた。



 力も体力も、それから剣術も、2ヶ月前とは比べ物にならないくらい強化されたと思う。


 少なくとも、筋肉痛に悩まされることはなくなったし、毎日きっつい訓練をしているのにもかかわらず、すぐに疲労に負けることもなくなった。


 最初は、いきなりそんなにやらせるつもりなの、ってくらいのトレーニング量だったけど、今ではそれが普通に感じられるんだから、毎日の積み重ねと、それから慣れっていうのはすごいなと思う反面、怖いなと思う時もある。


 だって、たったの2ヶ月でここまで自分が変われるなんて思ってなかったから。


 一番変化を感じるのは、やっぱり全身の筋肉だ。2ヶ月前と比べて、明らかに身体ががっちりしてきている。腕も足もなんかムキッとしてるし、腹筋は、……ちょっとだけど割れてきてるような気がするし。


 自室の姿見で自分の全身を眺めると、ああ、なんか女の子っぽくなくなってきちゃったなってよく感じる。

 でも、あまり嫌だなとは感じない。仕方ないよね、とは思うけど。

 あれだけのことを毎日続けてたら、そりゃこうなるよねぇ。


 ま、かろうじて首から上はちゃんと女の子と認識できるからいいや。

 どんどんムキムキになってやるよ。




「姉ちゃん。鼻血止まった?」

 リビングのソファに横になっている私のもとへ、夕食を作り終えたミリィが歩み寄ってきた。エプロン姿が、すっかり板に付いている。


「うん。もう大丈夫みたい」

 鼻の詰め物を抜いて血が止まったことを確認した私は、身体を起こしてゴミ箱に赤黒く染まった詰め物を捨て、「お腹空いた」とミリィに笑いかける。


 私の顔を見てミリィも笑い、「じゃ、食べよっか」とダイニングへ戻る。


「スヴェン。お父さんを呼んで」

 ミリィの言葉に、スヴェンは「分かった」と言って立ち上がり、ダイニングの向かいにある、父の自室のドアをノックした。




 薄く曇った夜空に、星が淡く輝いている。


 夕食後しばらくして、私はいつものように庭に出て木刀を持ち、素振り500回。

 それが終わったら、街の中央広場まで行って周囲を20周した後、家に戻る。そうしたら、トレーニングは終わり。お風呂に入って、寝るだけだ。


「498、……499、……500っ。ふー、終わった」

 木刀を下ろし、呼吸を整える。汗を拭こうと、玄関前の階段に置いたタオルの方へ身を翻すと、何やら難しい顔で座っている父の姿が目に入ってきた。


「……どうしたの、お父さん。さっきから何考えてんの?」

 夕食の時から、妙な顔をしてると思ってたんだよね。


 父は私を見て、「ああ……」と話し始めた。


「さっき読んだ新聞にな、気になる記事があったんだ」

「どういう記事?」

 私から目を逸らし、前に向き直った父は、やや間を置いてから口を開いた。


「……今日の昼頃、ヴァルトラウテの国境防衛部隊が、ファミリアの群れと交戦したらしい」

「え、……ファミリアと?」

 ヴァルトラウテというのは、このオルトリンデ王国の東に位置する国のことだ。


「ああ。それで、群れの大多数は倒したそうだが、何体かに突破を許しちまったらしい。オルトリンデの国境防衛部隊も急いで追跡したみたいだが、逃げられたようだ」

「それって……」

 父は「ああ」と頷く。


「その何体かのファミリアは、この国に入って、今もどこかで生きてるってことになるな。侵入された後のことは、記事には書かれてなかったし」

 途端に、不安になる。


 ヴァルトラウテ王国との国境地帯までは、このモンテスから直線で大体1500キロメートル……だったっけ。

 汽車なら、丸1日あれば行けてしまうくらいの距離だ。


 侵入したファミリアがどのくらいの速度で移動できるのかわからないけど、絶対にここまで来ないとは言い切れない距離には違いない。


「ファミリアが入ったのって、国境のどこ?」

「……記事によると、北部中央寄り。奴らがどっちへ向かったのかは分からないが、ここに来る可能性は0じゃあないな」

 父も同じことを考えていたようだ。


 私達が暮らすモンテスは、オルトリンデ国の北部中央寄りにある。

 不安は、次第に大きくなっていく。


 もしかしたら、ここに……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ