01-3
学校帰りに商店街で夕食の買い物をし、帰宅。
玄関のドアを閉めて息を吐いた後、キッチンへ向かう。
「!」
ダイニングに入ると、リビングのソファに座っている父の姿が目に入った。珍しいこともあるもんだ。この時間、いつもなら酒場へ行っているはずなのに。
「ただいま……」
無視するのもあれなので、一応そう言ってから、食材の入ったバッグをキッチンに置く。
「ああ、おかえり」
思わず、耳を疑った。このやりとりをしたのは、いつ以来だろうか。
「……どうした」
「え、あ、……なんでもない」
私は慌てて目を逸らし、バッグから買ってきた食材を出していく。
……なんか、今日の父はおかしい。
ちらりと父の方を見て、すぐに前に向き直る。
……テーブルの上に、酒瓶は無い。そして父に、酔っ払っている様子はない。
その時、背後、部屋の出入口の方に人の気配を感じ、振り返る。
「スヴェン。ミリィ」
そこには、神妙な面持ちの弟スヴェンと妹ミリィが立っていた。
「来たか」
そう言って立ち上がった父は、ダイニングの方へ来て、スヴェンとミリィに席につくよう促した。2人は恐る恐るといった感じで、大人しくそれに従う。
「お前も座れ。話がある」
……なんとなく、察しがついた。だから私も、大人しく弟たちの向かいに座る。
そして父は、私の左手、弟たちから見ると右手、私たちを見渡せる位置に椅子を持ってきて腰を掛けた。
両側から視線を浴びる父は、「ティナ」と私の名を呼んだ。
私が「はい」と返事をすると、父の目がこちらを向く。
「昨日も聞いたが、もう一度確認しておきたい。……本気なんだな? 傭兵になりたいというのは」
やっぱりその話か。弟たちも呼んで、家族会議ってことか。
私は父の目を見つめ、しっかりと頷いた。
「本気だよ。私がお父さんの代わりにお金を稼ぐ。もう決めたことだから、止めても無駄」
私の宣言に、弟たちがどよめく。
「姉ちゃん。傭兵って……」
「お金を稼ぐって……」
私がちらりと視線を向けると、2人は口を噤んで黙り込んだ。
しかしその表情には、抑え切れない動揺がありありと見て取れる。
「そうか……」
父は小さく息を吐き、ゆっくりと俯いた。
一体どうしたのかと見つめていると、「分かった」という弱々しい声と共に父は顔を上げる。
そこには、何かを堪えているような、苦しげとも悔しげとも取れる表情が貼りついていた。
「……俺が、傭兵になるために必要なことを全部教えてやる」
「えっ」
自分の耳を疑う。……今、確かに言ったよね? 言ったよね?
「本当に?」
身を乗り出して確認すると、父は「ああ」と小さな声を返す。
だけど、その顔はどうにも暗くて、今にも泣き出してしまいそうなくらいに沈んでいるように見えた。
「……お父さん?」
再び俯いてしまった父の顔を覗き込もうとした時、父の口から出たのは、「すまない」という謝罪の言葉だった。
「……本来なら、俺が働いて家族を養わなきゃならんのにな。一昨日、お前が傭兵になりたいと言い出すまで、俺はこの1年間、どれだけ情けない生き方をしていたか気付かなかった。娘に、父親の代わりに働くなんて言わせちまうまで、なんにも気付いてなかった。……本当に、すまない。すまなかった、ティナ」
俯いたまま弟たちの方に身体を向け、同じように「すまなかった」と謝る父。
顔がよく見えないくらい俯いているのは、きっと……。
「お父さん」
静かに呼ぶと、父はわずかにこちらを向いた。顔は、上がらない。いや、上げなくてもいいよ、お父さん。
「どんなにキツいことでも頑張ります。半年後の試験までに、私に全て叩き込んで下さい。……お願いします」
父は顔を上げず、押し潰したような声で「ああ」と答えた。それを聞き、私は席を立つ。
弟たちが私を見上げるけど、今は彼らを相手にする気分じゃない。
ダイニングから出る直前で足を止め、父に背を向けたまま、これだけは言っておこうと言葉を紡ぐ。
「お父さんは、やっぱりお父さんのままだった。それが分かって、安心したよ」
そうしてダイニングを出た私は、玄関のドアを開けて庭に下りた。
「……」
こぼれそうになった涙を、手の甲で拭う。
あんなに謝られたら、許すほかない。本当に反省しているようだったし、きっと以前の優しい父に戻ってくれるだろう。
それが、嬉しかった。
それと同じくらい嬉しいのは、自分1人で先の見えないトレーニングをしなくて済むことだ。
父が、傭兵になるために必要なことを全て教えてくれる。これほど頼もしいことは無い。
「……」
だけど、それで安心してはいられない。まだ何もしてない。ここからだ。ここから始まるんだ。
日が暮れ、暗くなり始めた空。そして、夕日に赤く染め上げられる街の様子を眺めながら、私は握り拳を作った。
頑張ろう。死ぬ気で。
父と一緒に頑張って、絶対に、傭兵になるんだ。