01-2
翌日の夜、弟達が寝静まった後、私は庭に出て木刀を振り回していた。
この木刀は、家の裏にある倉庫の中にあったものだ。そこには、父が傭兵時代に使っていた剣なども置いてある。
父は、もう剣を振らないと言っていたけど、傭兵時代の剣を処分せずに保管している。
だからきっと、昨日のあの言葉は本心じゃないんだ。きっとそうだ。
「いたたた……」
木刀をブンブン振っていたら、肩や腕が痛くなってきた。木刀を振るのをやめ、玄関前の階段に腰を下ろす。
そして、溜め息。なんか、すごく虚しくなってきた。何やってんだろ、私。
でも、傭兵になると決めた以上、何かせずにはいられない。何をすればいいのかわからないけど、とにかく何でも思いつくことをやっていくしかない。
……剣術のほかに、体力と筋力も付けなきゃ。今の私には何も無い。だから、なんだかすごく気持ちが焦ってる。やる気はあるのに、それが思いっきり空回りしてるみたいだ。
お父さん……。
この世界には、ファミリアと呼ばれる謎の生物が存在している。
いつ、どこで、何のために生まれたのか、そのルーツはほとんどわかっていない。
だけど、人類の敵というのは明らかであり、それは世界の常識となっている。
ファミリアは、人間を襲う。中には人間を食べる種族も存在しているようで、いずれにせよ、人間を襲って殺すことが奴らの主目的とされている。
ファミリアによる被害者数は、昔は年間数十万人と言われていたらしいけど、近年では、年間数万人にまで被害が減少しているみたい。
それはひとえに、傭兵の活躍によるものだ。
傭兵の主な仕事は、ファミリアと戦うこと。それゆえ、傭兵と言えば国民を守る戦士というイメージが強い。
事実、国民を守るために傭兵を目指す者も多いと聞く。だけど大半は、金のために傭兵を目指す。命懸けの仕事をするからこそ、傭兵の報酬は、ほかの職業とは比較にならないほど高いんだ。
だから、危険な目に遭うとわかっていても、傭兵を目指す者は後を絶たない。
私も、その1人になったというわけだ。
傭兵になるためには、国の認可を受ける必要がある。
その認可は、傭兵採用試験を受験して合格しなければ得られない。
受験資格は、老若男女誰にでもある。だけど、受験者層は10代半ばから20代前半で、それ以外の年齢層の者は滅多に受験しないらしい。
まぁ、傭兵が何をする仕事なのかを理解していれば、若者ばかりが集まるのは必然。肉体的な問題が、最たる理由なのだろうと思う。
ちなみに、傭兵になるには就労権も必要無い。それが、高給と同等の決め手だった。就労権が必要無いなら、たとえミドルスクールを中退したとしても問題無いからね。
……でも、将来的なことを考えると、辞めるのは良くないかもしれない。
傭兵っていう仕事を、いつまでも続けられるとは思えないし。
傭兵採用試験は、年に2回、半年ごとに開催される。
試験は、大陸にある5つの大国で行われ、1試験ごとの総受験者数は3万人程度らしい。
単純計算で、一国6千人。で、その内の100人に1人が合格できるって話だから、一国60人、五大国合計300人。それだけの数の傭兵が、1試験ごとに誕生するってことになる。
……それを多いと見るか少ないと見るか。
私は、少ないと思う。
60人しか受からないなんて、今の私には絶望的な数字でしかないから。
でも、ここで何をごちゃごちゃ言ったってその事実が変わるわけもなく、私はその60人の中に入れるように頑張るしかないわけだ。
はぁ。先が見えない。
次の試験まで半年しか無いっていうのに、何もわからない私がわからないまま頑張って、合格できるほどの能力を身に着けることができるのだろうか。
はっきり言って、これっぽっちも自信は無い。
やるしかないという思いだけで、自分の心を支えているに過ぎない。
トレーニングだけに時間を費やすことができるなら、心持ちもいくらか変わっているだろう。
だけど、私には学校もあるし、何より、家事をしなくちゃいけない。
母が死んで以来、家事は全て私が担っている。
炊事も、掃除も、洗濯も、買い物も、全部私がやっているんだ。
弟と妹の世話だってあるし、正直、暇と呼べるのは寝る前のこの時間くらいしかない。
……これで自信を持てる方がどうかしている。
それでも、私はやらなきゃいけない。続けなきゃいけない。
誰にも頼れない。次の試験までの半年間も、試験も、自分1人の戦いだ。
ああ、……プレッシャーに押し潰されそう。
「ティナ」
がっくりと肩を落として溜め息をついた私の耳に、突然父の声が届いた。
ちょっと驚いたけど、昨日のこともあって、渋面を作って顔を上げる。
どこをほっつき歩いていたのか、父はいつも通り夜遅くになって帰ってきた。
「……?」
しかし、酔っているようには見えない。足取りはしっかりしているし、私を見るその瞳にも酔いを感じさせる揺らぎは無く、真剣そのものだった。
その目が、私が持つ木刀を一瞥する。
「……何?」
立ち上がり、挑むように父を真っ直ぐに見据える。
父は、私から目を逸らさずにしばらく沈黙を守った後、ゆっくりと口を開いた。
「……本気なんだな? 本気で、傭兵になりたいと思っているんだな?」
私は困惑した。何を言い出すかと思えば、昨日相手にもしてくれなかった、私の決意の確認だ。
少しムッとしたけど、私は「うん」とぶっきらぼうに返答した。
すると、父は「そうか」と呟いて、あとはもう何も言わずに、私の横を通って家に入っていった。
……何あれ。なんか、ちょっとだけ期待しちゃった私が馬鹿みたいじゃん。
もやもやした気持ちのまま、私は木刀をしまいに倉庫へ向かった。