表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/106

01-1

 きっと、このままじゃあと1年も暮らせない。

 だって、お金が無いんだもの。

 そして、収入源も無い。残りの貯金を使い尽くせば、あとはもう、路頭に迷うしか無い。


「……そんなの、嫌だ」

 午前1時。オイルランプの明かりのみの暗い自室の中、私は立ち上がって勉強机から離れた。


 ……私1人だけなら、まだ我慢できたかもしれない。だけど、私には弟と妹がいる。

 あの子達に不自由な思いはさせたくない。


 お金が無くなれば、あの子達は学校にも通えなくなる。きっと、友達もいなくなってしまうだろう。


 私は、別に学校に通えなくなってもいい。……と言いたいところだけど、もう今年度分の学費は払ってあるし、それに何より、ミドルスクールを卒業しなけりゃ就労権が貰えないのだから、どんなに嫌でも退学だけはできない。

 読み書きと計算さえできれば、普通に生きていく分には不自由しないだろうに。


 ……まぁ、法律でそう決められているのだから、従うほかないんだけどさ。


「やるしか、……ないか」


 数日前、ある職業の採用試験が行われた。

 年に2回行われるそれを受けて、合格する。それしかない。


「……」

 私は意を決し、部屋から出てダイニングへと向かった。




「私が、お父さんの代わりに働くよ」

 父は、酒瓶を傾けようとしていた手を止めて、私の方に顔を向けた。


 そこにあるのは、驚きの表情。


「……何だと?」

 しかし、すぐに目を細め、私を睨む父。私はその視線に臆することなく、自分の決意を言い放った。


「私、傭兵になるよ!」

「なっ……」

 父の手から落ちたグラスが、床に衝突して破砕音を響かせる。グラスの中身が、床を濡らして広がっていく。


 テーブルに置かれたオイルランプの明かりが、飛び散った液体を赤く照らしていた。


「……ティナ、本気なのか? 本気で、傭兵になるつもりなのか?」

 狼狽する父の目を真っ直ぐ見据え、「うん」と頷く。


 私は本気だ。

 この家で父の代わりに働き手になれるのは、私しかいないのだから。


 私はまだ14歳で、ミドルスクール在学中。当然、今の私に就労権は無い。だけど、傭兵になるなら話は別だ。能力を認められさえすれば、誰にだってなれるんだから。


 ……絶対、なってやるんだ。


 私から視線を外して何かを考えている様子の父のもとへ、雑巾を手に歩み寄った私は、床に広がる酒を拭きながら、グラスの破片を集めていく。


「……剣を持つどころか、戦い方すら知らないお前が、傭兵になんかなれるわけがないだろ。ちょっとやそっと努力した程度でなれるほど、傭兵は甘くないぞ」

 頭の上に、父の言葉が降りかかる。私は破片を片付ける手を休めずに、言葉を返す。


「だったら、お金はどうやって稼ぐの? お父さんも知ってるよね? 生活費が、残り少ないってこと」

 集めた破片を濡れた雑巾の上に乗せ、立ち上がる。


 そして、問いただすような視線を父に送る。


 父の目は、心の動揺を表すように揺れていた。私は目を逸らし、ダイニングの隅にあるゴミ箱に破片を捨てる。


「……俺が、何だってして稼ぐさ。お前は、今まで通りちゃんと学校へ行くんだ」

 背中に当たった父の言葉に、一気に怒りが噴き出す。制御などできない、強烈な怒りだ。


「いい加減にしてよっ!」

 濡れた雑巾を床に叩きつけ、振り返る。


 そして父のもとまで戻り、テーブルの上にある酒瓶を掴んで父の前に突き出した。


「だったらどうして、毎日毎日お酒を飲んでぶらぶらしてるの? お酒だってタダじゃないんだよ? 働く気なんて無いくせに、偉そうなこと言わないでよ!」


「うるせえっ!」

 声を荒らげ、私の手から酒瓶を奪い取って立ち上がった父は、私を押し退けて部屋を出て行こうとする。


「逃げないでよ! 話はまだ終わってない!」

 私の声に、父の足が止まる。だけど、こちらに背を向けたままだ。


 私は構わず、言葉を続ける。


「お父さん! 私に剣を教えて! 戦い方を教えて! 傭兵になるために必要なことを、全部教えて!」

 一息にまくし立てたせいで、苦しい。私は呼吸を整えながら、父の答えを待った。


「……無理だ」

 しかし、返ってきたのは弱々しい拒絶の声。父は、自分の右肩に触れる。


 父の右腕は、上腕の半ば辺りから下が無い。


「俺はもう、剣を振らない。腕を失ったあの時、そう決めた」

 そう静かに言い残し、父はのそのそとダイニングを出て廊下の暗闇に消えていった。


 父の背中が、悲しいほど小さく見えた。

 あれが、私や多くの人々が憧れた凄腕傭兵の姿だなんて、信じられなかった。いや、信じたくなかった。


 私は何も言えず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

投稿開始。これから頑張って書き続けていきます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ