01-1
きっと、このままじゃあと1年も暮らせない。
だって、お金が無いんだもの。
そして、収入源も無い。残りの貯金を使い尽くせば、あとはもう、路頭に迷うしか無い。
「……そんなの、嫌だ」
午前1時。オイルランプの明かりのみの暗い自室の中、私は立ち上がって勉強机から離れた。
……私1人だけなら、まだ我慢できたかもしれない。だけど、私には弟と妹がいる。
あの子達に不自由な思いはさせたくない。
お金が無くなれば、あの子達は学校にも通えなくなる。きっと、友達もいなくなってしまうだろう。
私は、別に学校に通えなくなってもいい。……と言いたいところだけど、もう今年度分の学費は払ってあるし、それに何より、ミドルスクールを卒業しなけりゃ就労権が貰えないのだから、どんなに嫌でも退学だけはできない。
読み書きと計算さえできれば、普通に生きていく分には不自由しないだろうに。
……まぁ、法律でそう決められているのだから、従うほかないんだけどさ。
「やるしか、……ないか」
数日前、ある職業の採用試験が行われた。
年に2回行われるそれを受けて、合格する。それしかない。
「……」
私は意を決し、部屋から出てダイニングへと向かった。
「私が、お父さんの代わりに働くよ」
父は、酒瓶を傾けようとしていた手を止めて、私の方に顔を向けた。
そこにあるのは、驚きの表情。
「……何だと?」
しかし、すぐに目を細め、私を睨む父。私はその視線に臆することなく、自分の決意を言い放った。
「私、傭兵になるよ!」
「なっ……」
父の手から落ちたグラスが、床に衝突して破砕音を響かせる。グラスの中身が、床を濡らして広がっていく。
テーブルに置かれたオイルランプの明かりが、飛び散った液体を赤く照らしていた。
「……ティナ、本気なのか? 本気で、傭兵になるつもりなのか?」
狼狽する父の目を真っ直ぐ見据え、「うん」と頷く。
私は本気だ。
この家で父の代わりに働き手になれるのは、私しかいないのだから。
私はまだ14歳で、ミドルスクール在学中。当然、今の私に就労権は無い。だけど、傭兵になるなら話は別だ。能力を認められさえすれば、誰にだってなれるんだから。
……絶対、なってやるんだ。
私から視線を外して何かを考えている様子の父のもとへ、雑巾を手に歩み寄った私は、床に広がる酒を拭きながら、グラスの破片を集めていく。
「……剣を持つどころか、戦い方すら知らないお前が、傭兵になんかなれるわけがないだろ。ちょっとやそっと努力した程度でなれるほど、傭兵は甘くないぞ」
頭の上に、父の言葉が降りかかる。私は破片を片付ける手を休めずに、言葉を返す。
「だったら、お金はどうやって稼ぐの? お父さんも知ってるよね? 生活費が、残り少ないってこと」
集めた破片を濡れた雑巾の上に乗せ、立ち上がる。
そして、問いただすような視線を父に送る。
父の目は、心の動揺を表すように揺れていた。私は目を逸らし、ダイニングの隅にあるゴミ箱に破片を捨てる。
「……俺が、何だってして稼ぐさ。お前は、今まで通りちゃんと学校へ行くんだ」
背中に当たった父の言葉に、一気に怒りが噴き出す。制御などできない、強烈な怒りだ。
「いい加減にしてよっ!」
濡れた雑巾を床に叩きつけ、振り返る。
そして父のもとまで戻り、テーブルの上にある酒瓶を掴んで父の前に突き出した。
「だったらどうして、毎日毎日お酒を飲んでぶらぶらしてるの? お酒だってタダじゃないんだよ? 働く気なんて無いくせに、偉そうなこと言わないでよ!」
「うるせえっ!」
声を荒らげ、私の手から酒瓶を奪い取って立ち上がった父は、私を押し退けて部屋を出て行こうとする。
「逃げないでよ! 話はまだ終わってない!」
私の声に、父の足が止まる。だけど、こちらに背を向けたままだ。
私は構わず、言葉を続ける。
「お父さん! 私に剣を教えて! 戦い方を教えて! 傭兵になるために必要なことを、全部教えて!」
一息にまくし立てたせいで、苦しい。私は呼吸を整えながら、父の答えを待った。
「……無理だ」
しかし、返ってきたのは弱々しい拒絶の声。父は、自分の右肩に触れる。
父の右腕は、上腕の半ば辺りから下が無い。
「俺はもう、剣を振らない。腕を失ったあの時、そう決めた」
そう静かに言い残し、父はのそのそとダイニングを出て廊下の暗闇に消えていった。
父の背中が、悲しいほど小さく見えた。
あれが、私や多くの人々が憧れた凄腕傭兵の姿だなんて、信じられなかった。いや、信じたくなかった。
私は何も言えず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
投稿開始。これから頑張って書き続けていきます。
よろしくお願いします。