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I WANT...

作者: 言紡ぎ

 

 突然の雨、それも嵐のような強い吹き降りの雨に降られると憂鬱になる。

 こんな片田舎では雨宿りするのにも一苦労だから、本当たまったもんじゃない。

 木の下という雨宿りするのにはあまりいただけない場所にしか避難出来ないくらいなんだから。



 私の生まれるずっと前からこの大きな木は生えてるらしいんだけど、駆け込んだのはその下だった。

 濡れないとまでは言わなくても、まだマシみたいだったから。


 いざ雨宿りしてみると、不思議と少しも濡れないのに驚いた。

 吹き降りのはずなのに、ちっとも体に雨粒が当たることがなくて逆に戸惑った。


「あれ?こんなに濡れないもんだっけ」

 あまり期待していなかった分、ちょっと嬉しかった。

 そんな雨の日の午後だった。




 ◇I want◇

 〜私の本当に欲しいもの〜




「はぁ〜」

 何度目か分からないため息をつく。

「暇だよ…」

 一向に止む気配をみせない雨を恨めしげに彼女は睨み付けた。

 だからといってどうにかなるワケでもなく、再び背中の大樹に体を押し付ける。


「憂鬱ってこういうののことだよねー。普段の授業なら携帯いじっとけば退屈なんてスグ終わりだけど、今携帯無いし」

 指先を眺めながらぼんやりとして言う。

「化粧なんてヒドいだろうな。雨なんてさっさと上がれっつうの」

そうぼやいて乾いた大樹の根元に座り込んだ。 まだまだ先の長い雨宿りだった。




 どれだけ時が経っただろうか。

 彼女には三十分にも一時間にも感じられたが、実は十分くらいだったのかもしれない。

 彼女は黙り込んでいると余計に時間が長くなるような気がしてきた。


「あ〜、もう嫌。いつになったら止むのよ、この雨」

 落ち着きなくチラチラと空の様子を伺いながら、彼女はペラペラとしゃべり始めた。

それがどんなに空しい独り言だろうとその時の彼女には構わなかった。



――十数分後――


「…大体ね、天気予報が悪いのよね。いっつも外す癖にここんとこ当たってたから信用してみればこれよ」

 それまで散々愚痴をこぼしていた彼女は、やがて拗ねたような風に俯きながら気象予報士に当たり始めた。

「予報が当たらないなら仕事してる意味ないじゃん。なんでそんなしょっちゅう外すかな。『給料泥棒』って言葉はぜ〜ったい気象予報士のためにある言葉だよっ」


 そう言い放つと、一人で話し続けるのには限界がきたのかぐで〜と脱力した。 なかなか持った方か、と思い空を見上げた。

 やはり一向に雨が止む様子はなかった。




「もうダメっ。ひまっ!」

 間が持てなくなってわずか五分かそこらで彼女は叫んだ。

「やっと静かになったと思ったらまた騒ぐの?勘弁してよね」

 はっきりそう言われて思わず彼女は言い返す。

「暇なもんは暇なの!いちいちうるさいよ!」

「忍耐力がないのかな?短気だよね」

「余計なお世話よ!」

 そこまで言って彼女は思った。ここに私以外の人居たっけ?と。



 彼女がそっと振り返るとそこには誰もいない。

「空耳だったんだね、きっと」

 そう無理矢理納得しようとした時、またさっきの声がした。

「どこに目つけてんのさ。ここだよ、ここ。短気なだけじゃなくて目も節穴みたいだね」


 その声に驚いて振り返った。確かに誰もいなかったはずなのに…

 そう思ってよく見ると手のひらにでも乗れそうな小さな子供がいた。



 その子供は古い民族衣装のような服を纏ってじっとその大きな瞳でこちらをじっと見つめている。その緑色はとても綺麗に澄んでいて雨に濡れて光沢をもつ青々とした葉を連想させる。手には蓮の葉の先を握りしめ葉を傘のようにしている。その姿はまるで物語に出てくる妖精か何かのように神秘的だった。



「あなた…誰?」

「姿を見て感づいたんじゃない?人間の呼び方では"雨の精"って言うのかな」

 少女の質問に精霊は即答する。彼女は唖然として質問を続けられない。

「どうせ聞かれると思うから言っとくけどここにはずっといたよ?君が入ってくる前からね。この木は神木だからね。僕みたいなのを引き寄せる力みたいなのがあるんだよ。ただ君が気付かなかっただけ」



 雨の降っているのを楽しそうに眺める精霊を少女はぼーっと眺めていた。

 やがて鳴った雷の音に金縛りから解けたように大きく反応して我に返り、彼女は尋ねた。

「でも精霊とか妖精って物語や神話なんかの中だけの話じゃなかったの?」


 その時気付いたのだけど精霊は澄んでよく通る声をしていた。でも話すペースも話し方も普通なのに何か普通ではない感じがする。怒っているのか哀しんでいるのか、感情がよく分からない。

 ただ嬉々としている雰囲気ではない、とだけ漠然と感じていた。


「仲間の精霊を運良く見つけた人間がいるんだろうね。そういうのを取り扱った神話から『ただのお話の中だけの存在』として使われてるだけでしょ。第一目の前にいるじゃないか」

 さもつまらないことを聞くなという風に軽くあしらわれる。



「やっぱり君…。えと名前知らないな」

「あ、私は時雨。二宮時雨(にのみやしぐれ)よ」

「興味ないね。そんなことはどうでもいい」


 名を知らないと言われたから名乗ったら『どうでもいい』などと切り捨てられて時雨は憤慨した。


「何よ。精霊だか何だか知らないけど失礼じゃない。名前くらい名乗りなさいよ」

「君に名乗る名前なんてないよ」


 精霊は時雨の神経をわざと逆撫でして遊んでいた。

 彼にとって時雨は退屈しのぎでしかないように思えた。


 どれだけ頭に血を上らせても無駄かもしれない。それでも時雨は食ってかかった。

「ああ陰気臭い。ろくな名前じゃないから名乗れないんじゃないの?」

 精霊はため息をつき、一つの単語を口にする。


「…ウル」



「えっ?」

「僕の名前だよ。名前なんて無かった頃、初めて会った人間がそう呼んでくれた。悪くないだろ?」


 無理に突っ張って言うけれども明らかに照れている姿がかわいらしかった。

 それは彼の見せてくれた初めての表情で、それだけで時雨は仲良くなれそうな気になった。


 雨はまだまだ止みそうになかったけれど、それもいいかななんて思い始めた。



「それにしても雨は陽気とは正反対に位置付けされてることくらい、いくら人間でも分かってると思ってたけどな。そりゃあ僕の周りが陰気なのは当たり前のことだよ。僕は雨の近くでないと存在していられないんだから」


 どうやらさっき"陰気臭い"と言ったことに対して言っているらしいけれど、何かずれている。

 でも話を複雑化させたくもないので放っておいて質問することにした。

 疑問に思うことなんていくらでもあった。



「ねえ、わたし最初全然気付かなかったけどウルはそこにはいなかったよね?」

「最初にも言ったけどずっといたよ?人間が僕ら精霊に気付くことがまれなだけだよ。今回みたいにこっちから声かけた場合は例外だけどね」


 あっさりと否定されてしまって自分の目が悪くなってしまって気付かなかったのかと思った。


「おかしいな。そこに誰もいなかったように見えたのに」

「そりゃね。別に君がおかしい訳じゃないよ。普通僕ら精霊がそこにいても人間はその後ろの風景を見てる。その辺に転がってる石と僕らは人間にとって大した差異はないんだよ」



 不思議な話だ。そんなことがあるものなんだろうか、と思うも時雨には何の反論も出来ない。実際自分は気付くことが出来なかったから。



――どういうことなんだろう。『後ろの背景を見てる』って…


 そう思ってるとそれを察してか更にウルが説明してくれた。

「ねえ、すぐ目の前に探し物があるのに遠くばかり探し回ることってない?」

「あるある。目の前にあるならすぐに気付くはずだからって注意力が散漫になるのよね。でもそれがどうかした?」

「基本的にはそういうことなんだよね、精霊も。気にしないから気付かない。それだけのことだよ」


――そうはいっても人間の知らない力……魔法っていうのかな、君たちは。そういうのの影響もあるけどね。

 そうウルは付け足すのを忘れなかった。

 ついでにこの木の下で『全く雨に濡れない』のはそのお蔭だとも。



「じゃあさ、何で声かけたの?さっきの『やっぱり…』って何のこと?」

「質問は一つずつにしようよ。声をかけたのはあんまりうるさかったから。それと『やっぱり…』ってのは"余計うるさくなっちゃったな"ってのと"声かけなきゃよかったかな"ってこと」


 そう言いながらも律儀にウルは両方の質問に答えた。

 真面目に対応したのが時雨にはちょっと意外な気もした。きっとぶっきらぼうに答えずにいるだろうなと思っていたから。


 何それ、ひっどい、とちょっと怒ったふりをしたけれど、それでも時雨にはこの時間が楽しかった。

 自分の知らないことを次々に知れてこれほど充実した時間を過ごすのは久々に思えた。子供にかえった気分になれた。


 なんだかんだでウルの方も楽しそうで、その顔を見ていると嬉しくなってきた。

 さっきまでの退屈な時間が嘘のようだった。




「あっ、そうだ。ウル、これあげる」

 雨が少し小降りになってきた頃、持っていたポシェットからチョコレートとキャンディを取り出して差し出した。

――ありがとう。

 そう言ってチョコレートの方を頬張ってキャンディを小さな手で握りしめた。


 そして突然、嬉しそうにウルは聞いてきた。

「お礼に何か一つだけ、願い事叶えてあげるって言ったら君ならどうする?」

 急にそう言われて時雨は考え始める。



「うーん…、芸能人に会ってみたいかな。でもそれよりは芸能人になってみたいし…」

 うんうん悩む時雨の姿をウルはじっと見つめる。

「お金もいっぱい欲しいし、欲しいマンガもいっぱいあるし、新作の化粧品だって欲しいし…」


 乙女は悩み多きものなのよ、とウルに微笑みかけて茶化しながら悩み続ける。

「綺麗になりたいし、頭もよくなりたいし、モテたいし」

 そんな時雨を楽しそうにウルは眺め続ける。これといって口出しはしない。

「さっきウルの言ってた"魔法"も気になるけどな…」




 雨が降り止みそうになってきた頃、不意にウルは口を開いた。

「さっきね、君と話してる時一回だけ嘘ついたんだ」

 散々悩み続けていた時雨は考えるのを止めてウルの方を見る。

「君に声かけた理由。どことなく初めて会った人間に似てたからなんだ」

「へぇ、どんなとこ?」

「一人でも騒がしいとこ、かな」

 返事を聞いて時雨はずっこけそうになった。


――聞くんじゃなかった。ちょっと嬉しかったのに…あんなウルが大切に思っているらしき人に似ていると思われたと聞いて。

 そう後悔する時雨を余所にウルは話し続けた。

「明るくて聞いてるだけで楽しいんだ。でも雨が降ることに苛立ってて、それが悲しかった」


 それを聞くと急に時雨は、自分のことを言われたような気がしてバツが悪くなった。

 確かに『雨なんかさっさと止め』って苛立ってたし明らかに悪態をついてた。

 そんな自分が時雨は恥ずかしかった。


「でもやっぱり根は優しくて『僕は精霊だ』って言ってもそんなことお構いなしに話してくれた。君のようにね」


 それでも手のひらを返したようにウルが言った言葉に救われ、心に染みた。

 バツが悪くて萎縮していた時雨はその一言の温かさに嬉しくなった。

 最初は憎たらしくてむきになっていただけだったのをウルは喜んでくれている。

 こんな嬉しいことはない。

 …そう思った。



 なのに。

「まあそれでも君の方が粗忽で口汚いけどね」

 笑いながらそう言われてがっくりきた。

――こいつ、オチつけやがった…

 喜んでいた自分が馬鹿らしく思えたがウルのことは憎めない。

 そんな時雨には何も触れずにウルは聞いた。


「さて、そろそろ時間がないや。さっきの質問の答え決まった?」

「え?」

「願い事を一つだけ叶えてもらえるなら何をして欲しい?できる範囲でなら叶えたげるよ。無理なら仲間にも頼んであげる。特別だよ?」


 真剣に考えていたとはいえ、冗談で話の種に聞いたのだと思っていたので時雨は驚いた。

「ち、ちょっと待って」

 ちょっとうつむいてまた時雨は考え始めた。

 自分が幸せになれる願い事がいい。興味のあることならたくさんある。

 そう思って考えていた願い事を吟味する。



 ややあって一つの願い事に絞りこんだ。多分今でしか叶えられない願い事。

 時雨は顔を上げてウルの方を向いた。

「決まったよ、願い事。"魔法"を使えるようになって…」


 でも、そこにはウルはいなかった。

「え?あれ?」

 少し目を離した隙にどこかに消えてしまったウルを時雨はキョロキョロと探す。

「どこ行っちゃったの?ウル」

 呼びかけるも返事は聞こえない。

 いつの間にか雨が土を打つ音も聞こえなくなっているのに時雨は気付き、空を見上げる。

 そこには未だ空を覆う雲があり、それでも雲の隙間からは太陽が顔を覗かせていた。



「あ…」

 ウルの言っていた言葉を時雨は思い出した。

『時間がない』とか『雨の降っている間だけ存在していられる』とかそんなことを言っていたことを。

「間に合わなかった…のかな」

 時雨は己の決断力の無さを恨めしく思い後悔した。

 でも頭に思い浮かぶのはウルに対する憎まれ口くらいのもので、時雨は叫んだ。

「ウルの…バカ〜!」

 大木に八つ当たりして蹴飛ばしたりしながら時雨は涙を流し、叫び続けた。



 ウルと話していた時間が楽しかった。

 それなのに別れの言葉も言わずにどこかへ消えてしまったことが、時雨には重大な裏切りにさえ思えてくる。

 そうしてここへ来た当初の目的が雨宿りだと言うことも忘れてぐずり始めた。



「何よ。"君"なんてよそよそしい呼び方して結局名前では呼んでくれなくてさ」

 すすり泣きながら時雨はどんよりと曇りながらも膨大な量の雨を抱え込んで取り落とさないでいる雲を、光が射し込むことも涙をこぼすこともしない空を、じとーっと見つめる。


「また会うことがあったら絶対文句言ってやるんだから」

 きっとまた会うことは出来ないだろうと予想しながら強く言う。予想と希望とは異なるものなんだなと憎々しく思いながら。

 ひとしきり言いたいことを言ったその後、時雨の口から驚くほど素直な気持ちが紡がれた。

「アイツに、ウルにもう一度会いたいな」

 ポロッとこぼれ出た言葉に涙腺が反応して涙がポロポロとこぼれ落ちる。

 止めようとしても止まってくれそうにないそれを無理に止めることはせずに時雨は流れるままに任せた。

 滲んだ景色がどの様に様相を変えようと後悔が消えないのならば、できうる限り洗い流してしまおうと思った。



 涙も枯れて少しは落ち着いた頃、時雨は目を泣き腫らしたままで歩き回りたくなくて木の根元に座っていた。

 あれほど雨に対して否定的だった自分が逆に雨が止むことを苦々しく思っていることを皮肉に思いながら、雨が降ったりやんだりするのはどうしてだろうとか、どうして存在するのにあそこまで限定的な条件の必要なものがあるのだろうだとか取り留めもなく考えていた。

 相変わらず雲は太陽を覆い隠していて意地悪く遥か上空を移動し続けている。

 時雨は魂の抜け殻と化したようにそれをぼんやりと見ていた。



「はあ〜。仕方ない、か。いつまでもここにいたってウルは出てこないし」

 長いこと座り続けて時間の感覚が麻痺してきた頃になって時雨はようやく腰を浮かせた。

 紺のジーンズについた汚れを片手で軽く払い落とす。

 軽く伸びをしストレッチをしてカチカチに硬くなった体を少しずつほぐす。

「さあ、帰りましょう」




 そう言って家に向かって足を一歩踏み出した時、後ろから声がした。

「その前に願い事、最後まで言ってくれないかな?」

 聞こえるはずのない声に時雨の体は先ほど以上に硬直した。足を止めて立ち尽くす。それと同時に冷たいものが頬を伝う。

「聞こえなかった訳じゃないよね。それとも目だけじゃなくて耳まで節穴になった?」

 紛れもないアイツの声に息をのむ。とっさに何か言うことなんて出来ない。

「何か言ってよ。寂しいじゃんか」

 声が少しずつ近付いてくる。

冷たいものは頬を伝う速度と量を増していく。


「ウル?」

「はい、何でしょう。なんなりと願い事をどうぞ」

 にっ、と笑ってウルは時雨の顔をのぞき込んだ。

「とりあえず突っ立ってたら濡れるよ。また雨宿りだね」

 そういうウルを時雨はギュッと抱きしめた。

 再び降ってきた雨など気にすることもなくお互い嬉しそうにしてそのままの状態でいた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇  


 ねえ、ウル。

 あなたはなんて私の心を温かくしてくれるんだろうね。

 だって雨って体を冷やしちゃうものでしょ?

 なのにあなたはこんなにも私を温めてくれる。

 私の気持ちに潤いと慈愛と喜びを与えてくれる。


 ……。

 ああ、そっか。

 "恵みの雨"だったね。

 あなたはたくさんの生き物たちに色んなものを与えてくれているんだね。

 楽しくなれたワケ分かった気がするよ。

 あなたの存在は生命(いのち)そのものだから。

 儚くて、でも力強くて元気一杯に輝いてるんだね。

 だから、きっと…。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇  


「…時雨ちゃん?時雨ちゃん!」

 時雨は呼びかけに気付かないほどに考え込んでいたらしかった。

 自分の世界に入り込んでいたのをウルに引き戻される形となった。

「あ…」

「どうしたの?大丈夫?」



 ……クスクス…ふふふふ…


 気遣うウルが妙にかわいらしくて時雨はつい笑い出してしまった。


 何がどうなってるのか訳が分からず、呆然としていたウルはすぐに我に返った。

「もう!何なのさ!」

 そんなウルをからかうように時雨はお茶を濁した。


「やっと名前で呼んでくれたね」

「え?な…」

 赤くなってオロオロし始める辺り精霊の癖にやけに人間臭くて余計に笑えてくる。


 アハハハ…フフフ…ハハハハハハハ…


 ひいひい言いながら腹をよじらせ抱えて笑う時雨の様子がおかしくてウルもその内釣られて笑い出した。

 長いこと笑い続けるその様子はカップルの様にも仲のよい兄弟の様にも見えた。

 二人ともそれくらい、いい顔をしていた。



 腹が痛くて笑うのを止めてから二人は再び木の下に入った。


「これはサービスだよ」

 そう言ってウルは"魔法"を使って服を乾かしてくれた。

 一瞬で乾くようなことはなかったけれどそれなりに早く乾いてくれたので風邪の心配はなさそうだった。


「ありがと、ウル」

 ほとんど不意にほっぺたにキスするとウルはまた真っ赤になってちょっとつっけんどんな態度を取るのがまた人間臭くて、時雨は笑った。

 途端にウルは釣られて笑う癖でもついたみたいに笑った。




「ねえ、願い事どうするの?」

 一緒に過ごす時間を満喫するだけ満喫して思い出したようにウルは言った。

「さっき『魔法を使えるようになって』って聞こえたんだけどそこから後が聞こえなくて…」

 消えちゃったからね、といたずらっ子が何かやらかした時のような表情で無邪気に言った。


「ううん。それはもういいの」

 ウルの小さな体に上体を持たせ掛けながら目を閉じる。

 そして時雨なりに考えたウルに一番して欲しいことを告げた。



「ただ…、側にいて。雨の時だけでもいいから側にいて欲しいの」

 その言葉にウルは嬉しそうに頷いた。

「分かった。できる限り側にいる。雨が降ったらいつでも隣に来られるようにするから」

 ウルの体重がかかってくるのを感じて時雨はほっとした。


 でも次の言葉に少し体を強ばらせる。

「またもうすぐお別れしなきゃいけないけれど、次に雨が降り始めたらまた会おうね。それまでのサヨナラだよ」




 空を見上げると雨はやみかけていた。

 太陽が出ており雲は散り、空のスカイブルーをバックに虹が出ている。

「もう会えないワケじゃないから。また会おうね」

 そう言いながらウルの姿は半透明になっていく。

「うん。また雨の日にね」

 時雨が微笑みかけるとウルも微笑み返す。


 突然いなくなったさっきとは全然違う。

 今度は約束が悲しみをかき消してくれる。

「じゃあね」

 ウルは完全に見えなくなり、同時に空は重い荷物をほとんど投げ出し終えて『ああ、すっきりした』とでも言わんがばかりに気持ちのいい色をしていた。




 快晴。

 ただし小さな雲が北の空に二つ三つ。 東の空には虹がかかっている。

 振り返れば西には夕陽が沈む。



 約束を胸に心を弾ませ、家に向かって時雨は歩き出す。

 その足取りの軽さは心持ちの軽さに比例している気がして時雨は、滅多にうたうことのない鼻歌をうたいながら歩を進めていった。


-FIN-

最後までお読みくださってありがとうございます。

まだまだ手探りで書いた作品ですが、お気に召したなら幸いです。


ウルは他にも色んな人たちと触れ合って人間という生き物について考えていく連載にしようかとも考えたのですが、作者の時間の都合諸々の事情で断念しました。

機会があったら書いてみたいですが、その辺は読者の評価・人気次第です。


では、後書きまでも最後まで読んでいただきありがとうございました。

感想や評価を楽しみにさせていただきます。


P.S.

改めて読んだら我ながらひどい...

改稿するのを諦めました。引き続き読み専で行こうかなと思います。

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