ナベキ+αシンドローム
渡辺一城。症候群に押し潰されそうなオレらの仲間。
【ナベキ+αシンドローム】
ナベキの苦手要素、ひとつめ、ナスビ。理由はぐにゃぐにゃした感じが最高に気持ち悪いから。
ふたつめ、学習。理由は単に、アホだから。
みっつめ、炎。恐いから。
「恐い恐い恐い」
帰り道の畑で、雑草処理のための炎を見た。泣き叫びながら過呼吸に陥ったナベキを慌てて増子さんのところに連れて行ったのは、小学校5年生のとき。
ナベキの『保護者』である増子さんが、手慣れた様子で呼吸を落ち着かせるのを見て、オレが思ったことは、
『こんな母親だったらなぁ』
というあまりにも自己中心的な考え。
「恐い恐い恐い。」
中学校の中庭で、3年の先輩がタバコの火を大きくさせた。
酸素をたくさん肺の中に押し込めて、ガタガタ震えるナベキを、シュウ君と一緒に保健室に引っ張って行ったのは、中学2年生のとき。
『学校一色っぽい』で有名な保健の先生が、ナベキのために目の前を駆け回り、オレが思ったことは
『ああ、今日も先生いい匂いがするなぁ』
といういかにも中2らしいイカ臭い考え。
「恐い恐い恐い」
ナベキが集めたガンダムやらエヴァンゲリオンやらで埋まったカラフルな(それでいて、ちょっとだけオタッキーな)部屋で、ナベキが炎の夢を見た。平均的な高校生よりも、薄くて、頼りない胸を激しく上下させながら、ソファの上でうなされるナベキを、急いで起こして涙を拭ってあげたのは、高校1年生のとき。
『ああ、もう嫌だ。無理。ダメ』と、素晴らしくネガティブなことを言い出すナベキを見て、オレが思ったことは
『ああ、なんて可哀想に』
という憐れみと同情。
「恐い恐い恐い」
シュウ君の部屋のテレビが火事の報道をした。
最近噂の連続放火魔。
久しぶりに聞いた荒く哀しい息使いに目を覚ますと、ナベキはお気に入りの場所(シュウ君のソファ)から転がり落ちて、ダラダラと汗を流している。
台所にジュースを取りに行っていたシュウ君は、部屋の扉を開くなり、ナベキのところに駆け寄ってきた。
「はっ……はっ……はっ……ひゅぅっ…」
「シュウ君、おま、袋どこ!?」
「えっ!?あ、あっち!あれ!あっちだって!!」
「台所な!?」
「そ!台所!!」 「はっ……はっ……はっ……ひゅぅっ…」
ガラにもなく慌てるシュウ君に、『使えねぇ』と心の中で吐き捨てながら、台所まで麻波ダッシュ。
ナベキの手は、しっかりとシュウ君のシャツを握っていたから、
大丈夫。
多分、生きてる。
「ああっ!!どこだっつの!クソシュウ!!」
他人の台所をここまで荒らすやつぁあ中々居ねぇな、とか思えてるオレは、結構冷静なのかもしれない。
骨々しくて男らしい自慢の指先は、小刻みに震えてはいたけれど。
「ナベキ!!てめ、死ぬなよ!」
シュウ君のせいで見つけるのに時間がかかりすぎたスーパーの袋を、シュウ君に投げつけナベキの口に当てさせる。
「ひゅうっ………ひゅうっ………」
もうだいぶおさまってきたみたいでホッとした。
シュウ君は相変わらず慌てていてメガネの奥は情けない。
こいつ、マジでためになんねぇ。
「マジ!死ぬかと思ったね!!」
「うん、死んだかと思ったよ?」 「本っ当!!シュウ君マジで焦ってたよな!!」
「え!マジでっマジでっ!?シュウ君オレが死にそで焦ったー!?」
「焦ったー!?」
「ぅっせ!!黙れチンカス共!!」
「ほら、照れてる照れてる」
「ウケるっウケるっ」
「あー。もうマジ死んでくださいますか、お二人さん」
今日のナベキはどうだった?
オレはどう思った?
「っあー、こんな過呼吸辛いとか!あんたらにはそれが分かんないとか!!ウザイんですけどっ!!」
昔、機嫌が悪かったナベキな吐かれた言葉。あれは効いたね。
「死にたい。もういや、辛い辛い恐い恐い」
昔、ひどい発作を起こしたナベキが絞り出した言葉。
死にたい死にたい。
もう無理もう無理。
なぁ、ナベキ。お前の母さんはさ、絶対お前を見てるんだぜ。 なぁ、ナベキ。お前の父さんはさ、絶対お前を見てるんだぜ。
なぁ、ナベキ。オレ等はさ、いっつもお前を見てるんだぜ。
だからさぁ、なぁ、ナベキ。
大丈夫だから。