トクちゃん+αリバウンド
松永徳太郎。ピアスで固められた、おれらの仲間。
「ぁあ!トクちゃん、耳穴増えてないっ!?」
トクちゃんの進化に、最初に気付いたのはナベキ。
「うっわー、何個目?」
何故か自分の耳を押さえながらそう言うナベキを横目に、トクちゃんの耳元を見てみると、確かに一つ、ピアスが増えている。
ピンクのプラスティックリングの下に光る、紫色のチャチな石。ぎっしりと金属で敷き詰められているその耳に、よくもまぁ、スペース見付けられたね(はぁと)。
「左は8こ?9こ?あれ、何個だっけ」
自分の身体に開いている穴の数も分からないそのオチャメっぷり。あれ?トクちゃんてそんなにイタイ子だったっけ?
「なぁ、どう?シュウ君、イかしてるべ?アツイべ?」
「つか、俺には自分の穴の数も数えられないあんたの脳内が、不思議でならんのですが」
「ぅっわ!つめた!!」
ケタケタ愉快そうに笑うトクちゃんを、隠れて心配している俺は、お節介だろうか。
トクちゃんのピアスは反発の象徴。
ピアスホールは落とし穴。
「なぁ、今日はどうする?」
「暇!果てしなく暇!」
「俺、勉強したいんだけど」
「よしっ!けてーい!!トクちゃん家に居候」
「ざっけんな!殺すぞアホナベキ!!」
「なぁ、俺の勉強計画はシカトなわけ?」
「だぁかぁら!トクちゃん家でしたらよい」
「超!迷惑」
「はい、けてーい」
そんな会話があって、トクちゃん家に初めて行ったのが、中学生のとき。
ナベキは幼馴染みなだけあって、『おれ、行き成れてます感』があった。初めて行く家というのは、どんなにクズ友達の家でも緊張するんだ、とこの日初めて知った気がした。ナベキんときはしなかったけど。
思っていたよりも広い家。というか、相当広い家だ。
『そういや、トクちゃんの親父って栄校の教師だったな』そんな事を思いながら、真っ白な扉を開ける。
玄関に入ると、微かにトクちゃんの匂いがした。
かったるそうなお邪魔しますの挨拶に、返ってくるのは何もなく、思わず『留守?』と尋ねてしまった。そんな俺から、ナベキは困ったように目をそらし、トクちゃんはとぼけたように黒目を上に向けた。
何がなんだかわからないって顔をしていたら、奥のドアから楽しそうな声が聞こえた。
『あ、そうだ。あなた、悠君ったら、またテストで一番だったんですよ。ね、悠君?』
『そうかそうか、流石父さんの息子だなあ』 『この間のテストは、結構問題が易しかったんだ』
『いや、悠が努力を惜しまなかった結果だと思うぞ』
『そうよ、悠君!毎日あんなに遅くまで勉強して、お母さん心配しちゃったのよ?』
『本当だぞ、悠!母さんったら、いっつも悠君に夜食はいらないかしら、ちゃんと寝てるのかしらって、うるさかったんだから』
『もう、やめて下さいな、あなた』
『全く、母さんは過保護すぎるんだよ』
『悠君まで、そんな事言わなくてもいいじゃない』
『はははっ。まぁまぁ、とにかく!悠は父さんの誇りだよ。いいかい、悠?これからの時代、最低レベルの学力はつけておかないと駄目だぞ』
『父さん、それ、さっきも聞いたよ』
『そうよ、あなたったら』
『はははっ。そうだったかな?』
うふふふ。あははは。
廊下の奥のリビングからは、『幸せな家族』の『幸せな団欒』の音がこだました。
外からの生温い空気が漏れる、玄関からは、その『幸せな家族』の次男が放つ、無関心な視線。それには微かな怒りと悲しみが隠れている。
俺は、テレビの特番であるような、『可哀想な子供』が、案外近くにいることに面食らった。
次の日、教室へ向かう俺の肩を叩いたのは、ゲラゲラ笑うナベキと、妙に清々しい顔のトクちゃん。
左耳には、人生一つ目の反発を光らせていた。