第九話 闘争と愛情と
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「ハハハハハハッ」
崩れ落ちる赤枝基一郎を抱きとめて、ニーダル・ゲレーゲンハイトは、まるで悪鬼のように壊れた表情で呵呵大笑した。
「ハハハハハハハハ、あーっはっは!」
負けフラグってのも馬鹿にならないな、なんて心の隅で零しつつ、次第に彼の笑みはくったくのない、無邪気なものに変わっていった。
ニーダルは、彼の背中で揺れるわずかな焔の残滓に向けて、楽しそうに語りかける。
「見ろよ、レヴァティン。千年の呪詛を只の拳が打ち破ったぜ! これがお前の憎むものが行き着くもう一つの明日だ。すべての武器を壊しても、戦いは終わらねェ。だから武道は、己を律して、遥かな高みを目指して昇り続ける」
応える炎の意思は不機嫌だ。呪詛と呼ばれる存在は、あたかも感情があるかのように激しい言葉で吐き捨てた。
「剣禅一如? ソンナモノハ詭弁ダ。見ロ。現ニ今立ッテ居ル勝者ハ!」
「こいつだよ。あの白い人形を護り、警官達を護りきった。でもってこっちはガス欠、追う事も出来やしねェ」
赤枝を横たえたニーダルは、石畳のめくりあがった道路にドッカとあぐらをかいて、青い空と流れてゆく白い雲を見上げた。
ユミルの未来予測を打ち破った時点で、もはやニーダルにはレヴァティンを振るう力は残されていなかった。
ナラールの装甲人形にもたれかかっていたのは、格好をつけていただけでなく、立っているのが精一杯だったのだ。
「それはともかく、だ」
ニーダルは、胸ポケットから、くるくると回して水性ペンを取り出し、十指に挟んで邪悪に猛った。
「俺をおっさんと呼んだことだけは許せん!」
「エエェー!?」
戦闘でよれたコートに、あごを覆う無精髭。今のニーダルのやつれっぷりといったら、おっさん呼ばわりされても無理はないだろう。
「寝ている間にひわいな落書きをしてやろう。まさに悪!」
「ノリノリネ」
「ふっ。当然だ。こいつの顔を見ていると、借りがある気がするんだ。たとえば学食でランチを5回オゴらされたり!」
「……うう、けど俺はモーニングを6回オゴってやっただろ?」
朦朧と呻く赤枝の抗議をニーダルは無視した。
「修学旅行で女子棟に忍び込もうとしたら邪魔されたり!」
「……ぐ、そのときコノエに投げ飛ばされたのはなぜか俺で、タカシロは紫崎先輩にからかわれただけじゃないか?」
痛そうに呻く赤枝の抗議をニーダルはまたも無視した。
「つまりっ、俺にはなんとなく腹立たしいこいつに落書きをする理由がある!」
「ナイダロ」
しょうがないのでレヴァティンがツッコミを入れた。秋の風が吹いていた。
「まずは額に目かな~、星6つかなあ、それとも、フフフフ」
そしてレヴァティンのツッコミもまた、やっぱりニーダルに無視された!
カツン。
ニーダルのマジックが赤枝の額に触れる寸前、誰も動くものがいないはずの商店街で、不意に小さな音が響いた。
「!?」
―――
――――
一方その頃、負傷したブルースと警官達を操縦座に保護した白い人形、ユミルは比較的テロの被害が少ない通りを選んで、病院まで急いでいた。
ブルースの容態が気になるのは勿論だが、それ以上に警官達が元気良すぎたからだ。
「出せ~」
「じっとしてくださいっ。怪我人なんですから」
「こんなものつばつけとけば治る。というか狭いっ」
「あの子達を放って置けるか!」
おしくら饅頭に詰め込まれた、ガタイのいい大人たちに、体内で騒がれてはたまったものではない。
冷静に観察してみれば、警官達は制服こそ焦げているが、爆竹で傷ついた程度の火傷しか負っていなかった。
おそらく、あの紅外套をまとった男は、炎以外に幻惑の魔法を併用して警官達を昏倒させ、ユミルの生体探査をレヴァティンで妨害した上で、主、赤枝基一郎との戦闘に臨んだのだろう。
(なぜそのように面倒な手順を踏んだのかという疑問は残りますが、……推測は可能です)
人ならぬ身には想像するしかないことだが、合理では説明できない何かがあることを、彼女は経験から学んでいた。
主、赤枝基一郎があの男との決闘に拘ったのと同様に、あの男もまた主との相対を望んでいたのではないか?
かつての創造主(母)たる魔女がそうであったように、あるいは、ユミル自身がそうで”ある”ように――。
(だから、この警官達の気持ちはわかりますが、今彼らを現場に帰すわけには……これはっ!?)
ユミルは、唐突に割り込んだ熱源探知によって思索演算を打ち切った。飛来する携帯誘導弾を跳ねるようにして回避。同時に、操縦座からおしくら饅頭のつぶれる音がして、悲鳴とクレームが響いた。
「ひひ、最後の最後で運に恵まれました」
攻撃を加えてきたのは、かまきりじみた陰鬱そうな男に率いられる、全身靴跡だらけの服を着たぼろっちい男達だった。
見かけこそどうしようもないが、彼らの手には共和国の発掘品らしい携帯誘導弾発射筒が握られている。
「その武器。ナラールの工作兵か!」
「コックピットだけを狙え。盟約者さえいなくなれば、あのアーティファクトは我々の物だっっ」
「愚かなことをっ」
傲慢も甚だしいとユミルは嫌悪する。自身の望みが叶うなら、盟約者を選ばぬ契約神器がいるのも事実だが、このような下衆をパートナーに選ぶのはお断りだ。
(主は無事でも、この警官達が亡くなれば、きっと、彼は悲しむでしょう)
操縦座周辺の装甲は、先ほどの戦闘でレヴァテインによって破壊されている。回避するしかないが、回避すれば中の彼らは悲惨なことになるだろう。
ならば、降ろすべきか? それも賭けになる。人殺しのための武装を手にした、人殺しを苦とも思わぬナラールの特殊部隊をあいてに、人を守る王国の警官が果たして生き延びられるか? 彼らは軍人ではない……。そして、あの紅コートの魔術師に応急の手当を受けたといえ、ブルースの容態は一刻を争う。
(無事なフレームを盾に漸進を続けるしかない)
ユミルが、半壊した筐体で、そう覚悟を決めた時――。
「ひははは。シネシネシネエエエエエッ! バカなっ!?」
かまきり男の歓声は、驚愕に変わっていた。
”聖剣”を失った今、ナラール兵達に残された虎の子ともいえる、携帯誘導弾発射筒が、飛来した弾丸によって片端から氷漬けになってしまったからだ。
「何者だ!?」
「共和国の殺戮人形!!」
探知妨害の迷彩は勿論かけていたのだろう。だがそうでなくとも、ユミルも、ナラール兵達も想像すらしなかった死角……銭湯の煙突の上から、フードをかぶった亜麻色髪の少女は氷結弾の狙撃を決めていた。
「ありえんっ」
小さな少女は、残弾が尽きたのだろう長銃を背負うと、命綱代わりに鋼糸を張り巡らせ、足場代わりの魔法陣を蹴って減速しながら、落下を始めた。
ナラール兵たちの目は彼女に釘付けだったが、ユミルの視覚素子は、むしろ少女の肩にしがみついた灰色熊のぬいぐるみに引き寄せられていた。
「ベルゲルミル……、貴女も目醒めていたのですか?」
母の手で生み出されて以来、いったい幾度砲火を交えたことだろう。ユミルにとって、大切な家族であり、最大の宿敵。
神焉戦争時の主に比肩する狙撃手、いや、年齢を鑑みれば、あの半神にも勝りうるパートナーを見出して、千年の因縁を結んだ妹、ベルゲルミルは再びユミルの前に姿を現した。
こちらに気づいているのだろう。主とともに着地した、ぬいぐるみの可愛らしい口元がもごもごと動いている。
口元に視覚素子の焦点をあてると……。
(やはりここは私に任せて先へ行け、でしょうか?)
「ア バ ヨ ヒ ン ニュ ウ」
(#ぶっつん#!!)
ユミルは再び加速して、意気消沈したナラール兵とすれ違いざまに、氷付けになった兵器のスクラップを力いっぱい踏み砕いた。
ああ、そうだ。感動の姉妹再会なんて盛り上がった自分が馬鹿みたいだ。
昔からあの破廉恥な妹は、フリルとリボンを重ねた子供みたいな服を着て、ぶら下がった淫乱な胸部と臀部の脂肪の塊をゆらして、男たちの目を釘付けにしていたものだった。
その癖表向きは男になんて興味ありません、とツンツンした顔で振舞って、ああなんていまいましいがさつな女!
(いいでしょう。この借りはいずれ熨斗つけて返します。覚えてなさいっ。無駄肉暴力脳筋妹…!)
☆
イスカの肩に抱きついたベルゲルミルは、憤怒の陽炎を残して去り行くユミルを見送った。
(ふん。落ちぶれましたね。貧乳堅物腹黒姉)
三歩下がって主のためにという態度とは裏腹に、姉が、その貧しい胸の代わりに、お腹にたっぷりの激情と策謀を秘めていることをベルゲルミルは知っていた。
だいたいちょっと先に作られたからって、姉貴風を吹かすところが気に食わない。
(最愛の娘に恵まれた私と、ド素人を選んだ貴女。どちらが優秀か、これで少しは理解できましたか?)
そんな風に勝ち誇っていたベルゲルミルとは正反対に、彼女達の援護により、肝心の確保対象を逃がしてしまったかまきり男こと、ドミトリー・カウフマンは、衝撃のあまりしばし呆然としていた。
けれど、失態はもはや取り返しようもない。彼は我にかえるや、おもちゃ売り場で泣き出す幼子のように、癇癪を起こして暴れ始めた。
「ふざけるな。ふざけるなよ。皆々邪魔しくさって」
白目を向いて涎を飛ばしながら、周囲のベンチや街路樹に当り散らし、最後は棒のようにやせこけた仲間の一人にくってかかる。
「そうだ。お前が悪いんだ。汚らわしい二重雑種め。いくら腕が立つといえ、おまえのようなクソガキを連れてきたのがすべての間違いだった!」
赤い髪の少年の胸倉を掴み上げ、抵抗のできない彼を何度も何度も力いっぱい殴りつけ、益体もないことをわめき散らした。
「我々は生き残る! そうだ。アーティファクト奪取計画など必要ない。なぜならもうすぐ王国は我々の手に落ちるのだから!」
王国の血税を手当としてナラール人にばらまくことも、王国予算や税金控除を削って偉大なる元帥の教えを広める学校を無償化することも、王国人が積み立てた年金を自由に扱うことも、王国人権救済の名の下、ナラール・ナロール人に目障りな存在を片端から抹殺して晒しあげる憲兵機関を作ることだってできる。
ここで死んでは甘い汁を吸うことさえできないではないか。
「罪を償えダブル。さあ行け! 生存が我々の勝利だ。混血の貴様には勿体無いほどの栄誉をくれてやる! 貴様は我々のために行って死んで来い」
そうして散々にいためつけた相手をひとり残し、ナラール兵達は一目散に逃げ出した。
ダブルと呼ばれた赤髪の少年は、鼻血をぬぐうこともせず、針金のように細い手で残された最後の武器、大振りのナイフと発煙筒を握り締める。
「ドミトリー、あのかまきり野郎。威張り散らして他人のせいにするしか能が無いのか。アキカン頭め」
生存が我々の勝利……、ドミトリーの捨て台詞に、少年はふとらちもないことを考えた。
あのかまきりも、かまきりが殺した聖剣野郎も無邪気に信じていた。いずれ、王国はナラールとナロールが賄賂、違法献金漬けにして、共和国とともに傀儡に落とした政党の手中に陥ると。
だが、その傀儡政党とやらに全く政権担当能力が無い、ありていに言えばこのかまきり男程度の無能だと気づいたら、果たしてどのように転ぶことやら。
「僕には関係ないことかっ」
かまきり達同様に、実にぞんざいに扱ってくれた王国政党のお偉方に、やせこけた少年は心の中で唾をはき掛ける。
無能を絵に描いたような重鎮に、会話の成り立たない宇宙人じみた自称調整役、金と野心のため犯罪にも手を出す欲深な実力者、外国人から賄賂を受け取る外務担当者、無計画で無謀な公的配送機関合併計画を立てたあげく致命的な不祥事を引き起こした総務担当者、未曾有の災害時に遊興ボートを引き出す災害担当者、愛人を議員宿舎に連れ込む公安担当者、部下へのパワハラが過ぎて追い出されたミスターネンキン、議事堂でファッションショーを行う事業仕分担当者に、痴漢で取調べを受けるその秘書、……まったく揃いもそろってろくでもない。
そも高貴なるナラール民族に比べ、王国民は豚の蹄程度の価値しかないのだ。無能は当然のこと――。
今集中するべきは、共和国の殺戮人形をいかに凌ぐか。契約神器を有する盟約者だ。たとえ打ち倒すことはできなくとも…、そう! 生き残れば勝利だ。
棒のような少年は、待ち受けるのではなく、あえて低い姿勢で敵対者の懐へ飛び込んだ。
「速い」
「つよいっ」
突撃する少年のナイフと、迎撃する少女の剥き出しの銃剣が噛み合う。
幾度目かの剣閃が交差した瞬間、少年はふいをついて、発煙筒を叩きつけ、逃げだした。
「にがさないっ」
イスカが銃剣を手に彼の背を追う。彼には残念なことだろうが、単に物理的な煙幕では、神器の加護を受けた盟約者にとっては目隠しにならない。
「イスカっ、待って」
けれど、ベルゲルミルは制止の声をあげた。
相手は卑劣な裏切り者だ。後顧の憂いを無くすため、この棒じみた少年を討ち、あのかまきり達を殲滅するのが確実な選択だ。
しかし、一瞬とはいえ邪険に扱われる彼の姿が、ベルゲルミルには、イスカや、彼女の姉兄達と重なって見えた。
「こわさないの?」
足を止めたイスカの問いかけに、ベルゲルミルはわずかに躊躇う。
あのカマキリじみた印象の男たちを逃がせば、より多くの血と涙が流れるだろう。今、このとき、姉が保護した警官たちが危うく殺されかけたように。
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、瀕死の民間人を手当てするために悪党を見逃し、結果、その悪党は再びその民間人と別の善人を死においやりかけた。
「……放っておきましょう」
しかし、ベルゲルミルやイスカもまた、王国の味方でもなければ、正義の使徒でもない。
機動部隊の足止めをやめた今、王国警察がなだれ込んでくるまで、そう時間はかかるまい。
もはや残弾も尽き、これ以上の戦闘は自身の生存を脅かすと、彼女は決断を下した。
「退路の確保が優先です。ナラールの用意したルートはもはや使えないでしょう。あの馬鹿を回収して、この町を出ます」
「ン!」
そうして、二人は戦場をあとにした。
神ならぬ彼女達には知るすべもないことだが、この選択は後のナラールに波紋を生み出す一石となった。
左遷されたかまきり男、ドミトリー・カウフマンは、ナラールの収容所所長に就任し、多くの血を流し続けた。そして、イスカと刃を交えた棒じみた体躯の少年兵、アレックス・ブラウンは、数奇な運命の果てに抵抗組織を率いることになる。
☆
義父と合流するため、無人の商店街をかけるイスカは、ふと心に浮かんだ疑問を母親役のぬいぐるみに問いかけた。
「ねえ、ベル。ひんにゅうってなに?」
「ロゼットの前では、絶対に言ってはいけませんよ」
「ン? ン?」
おまけ
七つの鍵のダメがたり
1 気まぐれな女神
ある日、ニーダル・ゲレーゲンハイトが、公園で夜桜を肴に優雅に酒を嗜んでいると、背中の炎がこんなことを言い出した。
「ナア宿主、ヒョットシテ我ハ、人気ガナイノデハナイダロウカ?」
ニーダルは酒をふきだし、「おい待て、自分のやってきたこと考えろ。本シリーズの諸悪の根源のひとつじゃねェか!?」と頭を抱えたが、炎は本編の仕返しとばかりに気に留めなかった。
「何ヲワカラヌコトヲ。我ハ人類ニ平和ヲモタラソウトシテイル。ソンナ我ガ悪ノハズハアルマイ?」
「いや、お前が悪いのはそういうところ……」
「外見デ損ヲシテイルノデハナイダロウカ? 機械ミタイナ呼ビカケデ現レル、獣ノヨウナ翼ノヨウナ炎ッテ、第一印象悪ソウダシ。ソコデ名案を考エタノダ!」
炎が小声で名案とやらを伝えると、ニーダルは卒倒し、鼻から魂のようなものを浮かべて、濁った目で虚空へ向けて呟き始めた。
「あ? 大きな桜が咲いたり散ったりしているぞ。あはははは、大きい。世界樹かなぁ? いや、違う、違うな。世界樹はもっとヴゥァーって動くもんな! 暑苦しいな、ここ。ふぅ。出られないのかな? おーい、出してくださいよ、ねぇ!」
「宿主ヨ。現実逃避ハヤメロ。ココハ外ダ。早速向カウゾ」
かくしてニーダルは背の炎によって、決戦の場へと引き連れられていった。
桜の散る公園の広場で待っていたのは、赤枝基一郎だった。
「貴様、本編で人が寝ている隙に落書きしようなんて、この悪漢め。俺の拳で目を覚まさせてやる」
前屈姿勢で構えをとった赤枝は、なんかもうやる気満々で、逃がしてくれそうになかった。
「よっしゃあっ。俺も男だ。覚悟を決めた。やってやるぜ」
ニーダルもまた、仕方なしに右腕を大きく振って、炎から聞かされた開戦の言葉を叫ぶ。
顕現せよ愛くるしい炎、吹き飛べ羞恥心、こんにちは新世界。
「しすたぁ れう゛ぁてぃん カモン!」
「きゃるーん。オニイチャン大好キッ!」
ロリっ娘ぽくツインテールのおさげを形作った人型の小さな炎がキメポーズで背中から飛び出した。
背負った赤い小学校のランドセルに火がついているのがなおのこと痛痛しい。
「(;T A T)」
赤枝は、眼鏡越しにものごっつい可哀そうなものを見る目でニーダルを眺め、大きく息を吐いて吸った。
「な、なんか言えよ」
「正拳中段突き! 正拳中段突き!! 正拳中段突き以下∞」
「ぐわああああっ」
「貴様というやつはっ。円ちゃん(実妹)に謝れ! イスカちゃん(養女)に謝れ、俺(好敵手)に謝れぇえええ!」
「むしろ俺が謝って欲しいぃい」
「ウーン。何ガ悪カッタノダロウ?」
首をかしげる炎と男二人の喧騒を他所に、月に照らされた公園の桜は、ただ静かに佇んでいたという。
2 戦士たちの宴
さて、その頃、少し離れた桜の下では、神剣の勇者と呼ばれた少年が、サンドイッチをかじりながら過去の情報をまとめていた。
『長女 猫かぶり(ちょっと腹黒)
次女 ツンガミ(鉄拳制裁おかん)
三女 シスコン(依存百合)
末女 ??? (しゅつえんみてい)』
神剣の勇者は、スケッチブックにまとめると、大きく息を吐きだした。
「(;^∀^)」
義弟に生暖かい目で見られ、彼の義姉たる黒衣の魔女と呼ばれる女性は、やかんでティーポットに湯を注ぎながら、顔を真っ赤にして頭からも湯気を沸かせた。
「な、なんだよお。我に言いたいことあるなら口に出して言えよう。だいたいお前の残したのだって」
『極悪ヤンデレ(性別不明☆世界平和ノ為ニ呪イ舛★)』
「じゃないか!」
ひとに黒歴史あり、である。
「口に出して言うなあ!」
「最初に言いはじめたのはお前だっ」
互いに痛いところをつきあった姉弟は、ぽかぽかと殴り合いをはじめた。
その有様を遠目で見た赤枝とニーダルは、一方的な乱闘を中止して、がっくりとうな垂れた。
「古代人がろくなものを残さないのは、今更言ってもしょうがない。でも今現在、噛まれたり、砲撃されたり、憑かれたり、被害を受けているのは俺達なんだよな」
「え、俺、被害なんてないぞ?(←直情径行過ぎて、むしろユミルがいないと危ない人)」
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、ふっと肩の力を抜いて、なんとも言えない様な顔で、赤枝に嗤いかけた。そして。
「……波動突き! 波動突き!! 波動憑きぃ以下∞」
「なぜ俺が殴られる? 意味わかんねぇぞおおおっ」
このような喧騒を他所に、月に照らされた公園の桜は、ただひたすらに美しかったという。
ツインテールの少女のコスプレをした炎は、淹れられたお茶を優雅に楽しみながら、ひとりごちた。
「ヤハリ争イハイケナイ。平和ガ一番! ノシ」
「「説得力ねえ」」