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第六話 乙女は道化師の過去を追う。……あるいは偽造された身分経歴(カバーストーリー)を。

12


 イスカとは、ニーダルの故郷にいる鳥の名前だという。

 ニーダルは一年間、イスカに遺跡探索の為のスキルを教え、掘り出したアーティファクトを与えて、ヤーコブ博士達の下へと送り返した。

 家族ごっこは終わり、かつてと同じ、殺戮人形としての血にまみれた生活が始まったが、以前と変わったこともあった。イスカの隣に契約神器(アーティファクト)の意志を宿す灰色熊のぬいぐるみベルゲルミルがいることと、彼女自身の胸の中に小さな、確かな夢ができたことだ。もう一度、ニーダルに逢う。その為に生きて、戦い続ける―――。だから、ジェニファ・ポプキンスの降伏勧告など受け入れられるはずもなかった。


「撃つなあっっっ」


 ゆえに、イスカは引き金をひき、ジェニファの突進は間に合わなかった。弾丸は射出され、神器の意志たるベルゲルミルの遠隔操作か、あるいは弾頭に物理的・魔術的な衝撃が加わった時点で、直径20mに達する球状魔法陣を展開、周囲に氷柱をばら撒きつつ爆散する。二人とも逃げられない。生き延びられない。

 せめて主を守ろうと灰色熊のぬいぐるみが即席の防御魔術を編み、ジェニファが覚悟を決めた瞬間、彼女は背後から何者かによって、イスカのいる前方の地面へと突き飛ばされた。当然のように、魔弾は新しい闖入者に直撃する。蛮勇なる犠牲者は、身体に巨大な風穴を空けつつ、魔法陣に飲み込まれるはずだった…… が。


「ジェン、『月夜』を使えっ。ベルは封鎖術式をっ。俺ごと封じろ!」


 弾丸を受け止めた男の魂消るような絶叫は、かつてのジェニファ・ポプキンスにとって最も信用できる声のひとつであり、ベルゲルミルの主が最も信頼するただひとつの声だった。


「了解。術盾――”月夜”――起動!」


 ジェニファの持つ半円形の巨大刃、第六位契約神器ルーンブレード『月夜』が、自身を複製しながら魔術文字を中空に刻み込んで飛翔、イスカと自身を守るための巨大な円形魔方陣の盾を創り上げた。その後方から、衝撃を受け止めるためのベルゲルミルが繰り出す鎖が、赤い外套を着た闖入者を幾重にも包み込んだ。

 直後、爆音と衝撃が墓場の入り口を揺るがし、何本もの木々が悲鳴をあげるように倒れた。

 そして、赤い外套を着た誰かは、黒い長髪を霜で凍らせた濡れねずみの姿で、べちゃりと潰れた蛙のように、すり鉢状にえぐれたあぜ道に倒れこんだ。


「死ぬかと、思ったぜ」

「あれで死なないとは存外にしぶとい」

「うるせーぞ性悪熊。煮て喰っちまうぞ」

「そんなにも飢えて、カルシウムが足りないんじゃありません?」


 ジェニファ・ポプキンスは信じられなかった。

 目の前でぬいぐるみと掛け合い漫才をしている赤い外套の男を、彼女はよく知っていた。生きている事も、今この国に来ていることも、情報を得た。けれど、本当に再び会えるなんて、信じられなかった。

 それは、イスカ・ライプニッツにしてもそうだった。生あるうちに、もう一度彼と巡り会えるとは、信じても信じても、信じられない夢だったから。


「パパっ…パパぁっ…パパぁっ…」


 少女は父親と呼ぶ男に抱きつき、胸に顔をうずめておんおんと泣き出した。

 赤い外套のろくでなしは、ふしくれだった指で人形のような少女の亜麻色髪を梳りながら、よしよしなんて言っていた。

 二人の抱擁を見て、ジェニファ・ポプキンスの胸のうちを、吹雪のように冷たい何かが吹き荒れた。


「ねえ、聞きたいんだけど、どぅしてアナタがここにいるのかな?」


 赤褐色の瞳に冷え冷えとした殺気を宿して笑う、とび色の髪をひとつにくくった警官に、ニーダル・ゲレーゲンハイトは、あいまいな表情を浮かべた。

 思わず飛び出してしまったが、ニーダルはジェニファ・ポプキンスにだけは、出会っては不味かったのだ。


(く、クソじじいめ)


―――

―――――



 それは、数日前のこと…ニーダル・ゲレーゲンハイトは、食客として世話になっている軍閥の主、万人長エーエマリッヒ・シュターレンの自室に呼び出された。


「ニーダル、王国に行ってくれないか?」

「嫌だ。じゃ、そうゆうことで」


 開口一番に部屋を出ようとしたニーダルに、灰色の混じった栗毛の髪の老紳士は、年齢と痩躯に似合わぬ足捌きで飛び掛かかった。慌てて横っ飛びに避けた空間を、エーエマリッヒの斬撃がまっぷたつに引き裂いた。


「ニーダル、年寄りの話はちゃんと聞くものだぞ?」

「問答無用に、第三位契約神器ノートゥングで斬りかかってくる妖怪の話なんざ聞きたくもねぇえ!」

「ちょっとした年寄りのお茶目じゃないか。そう腹を立てるな」

「お茶目で大量殺戮兵器をぶん回すなイカレじじいっ」


 エーエマリッヒが手に握った魔剣は、村一つくらいなら簡単に消し飛ばせるほどの威力を秘めた契約神器だ。位階こそ第三位だが、…… おそらくは第二位級の潜在能力を秘めた、共和国の切り札の一つだろう。彼はそんな魔術兵器を弄びながら、ニーダルにソファに掛けるよう促した。


「お茶目で大量殺戮兵器をぶん回すな、か。ふん。よい台詞だな。カイファンのアブラハム・ベーレンドルフ主席教主に近い筋から連絡が入った。我らが宿敵たる軍閥〝四奸六賊〟が前教主とナラール国を唆して、王国で発掘されたばかりのアーティファクトを強奪しようとしているそうだ」

「ほっとけよ。ナラール国の作った破壊兵器の構成部品のうち90%が王国製だぞ。自国の民間人を攫い、破壊兵器の照準を向けているテロリスト国家に、資材と金を流して支援だ賠償だと喜ぶバカどもにはいい薬だ。ぼかすか死んだらちったあ目が醒めるんじゃね? ははははっはははっ」

「ニーダル。君が王国を心底憎んでいることは承知している。が、ことはそれほど単純ではない」

「へえ、聞かせてもらおうじゃねーか。複雑怪奇な理由とやらを」

「とりあえず、両手と両脚を切り落としてから、とっくりと聞かせてやろう」

「待てじじいっ。ノートゥングを構えるなぁっ!」


 そんなこんなで一騒動あったのち、ニーダルは絨毯の上に正座で、エーエマリッヒの話を聞く羽目になった。


「君も知っての通り、今、大陸は、いやこの世界はテロとの戦いに入っている。大陸、浮遊大陸を含めて世界七〇ヶ国以上が、大量破壊兵器拡散に対する安全保障構想(PSI)に賛同し、化学・生物・放射性兵器や契約神器のテロリストへの拡散を阻止すべく連携している。具体的には、国際法・国内法の枠内で、各国が軍や警察、税関や情報機関を動かして、情報交換や阻止行動に努めているわけだ」

「我らがカイファンの中央政府も、テロリスト鎮圧の名目で、少数民族を弾圧、独立運動や抵抗運動を虐殺してるよなあ。わっはっはっ」

「茶化すな。ニーダル。……王国の一部政党が、この拡散防止の枠組みから王国を外そうとしている」

「はっはっはっ。はぁああっ!?」


 ニーダルの目が点になった。彼の記憶が確かなら、王国は今世界の安全保障において、経済面・軍事補給面において少なからざる貢献をしていたはずだ。そこから外れる……?


「魔法石が産出される中東海地域の安全保障に、王国が補給艦隊を派遣していただろう。あれの根拠となる時限法律の継続を阻止すると公言している」

「…………」


 ニーダルは虚空を見つめたまま、現状の国際関係、および共和国、王国のデータをねじり合わせた。


「ははははははははっ。そぉいつは面白い!」


 今、この世界で一番凶悪なテロリストは豊穣の神々であるヴァン神族の教えを曲解した「聖戦の基地」と呼ばれるネットワークだ。彼らは各地で自爆テロやら馬車爆破テロを行い、時には航空輸送人形機をも爆破する。「聖戦の基地」との主戦場となった中東海地域で、浮遊大陸アメリアやアルフヘイム連合諸国らが派遣した多国籍軍とともに主力となって相対し、民間人を守っているパルマーナ国の部隊に補給しているのは、他でもない王国だ。王国が抜ければ、パルマーナ国は軍を維持できず、自国のためにテロとの戦いから撤退するだろう。最前線を担っていた中核部隊が消えるのだ。中東海情勢は一挙に悪化する。


「魔法石の値段がまぁた上がるなぁ。『聖戦の基地』の活躍で、中東海の安全が悪化したこの五年で、魔法石の国際価格が四倍に跳ね上がったが、その水準でとどまらねえ。何せ海賊やらテロリストどもが遊び放題だ。そういやあ、浮遊大陸アメリアや派遣された諸国の軍隊が、西部連邦人民共和国製の武器兵器でテロリスト達が武装していただの、海賊の中に元共和国の軍人崩れを見つけただのって報告をあげてたが、死の商人ってのは儲かって羨ましいねえ」


 ナラール・ナロール国と密接な関係をもつ王国の一部政党に、目前の利益しか見えない共和国の軍閥が圧力をかけたのか、あるいは政局を望む王国勢力の独断か。


「ナラールの無能元帥が篭絡した王国議員に積極的な圧力をかけているそうだ。あの無能が引き起こしたデノミや数々の失策で困窮したナラールは、中東海地方のテロリストに自前の兵器を売りたがっているからな。熱核兵器の共同研究工場建設を中東海のシーラス国と交渉中という情報もある。彼らが安全に密輸するためには、王国の補給艦隊に支えられた中東海の多国籍警備部隊が障害となる」

「つくづく世界の平和にゃ邪魔な国だぁな」

「アブラハム・ベーレンドルフ主席教主も頭を痛めているよ。勿論、私もだが」

「中央政府のことだ。王国が撤退すれば、嬉々として補給艦隊を出すんじゃないか?」

「我が共和国にまともな補給艦隊があるものか。そもそも海軍は前教主とヴァイデンヒュラー軍閥の影響が根強い。あの巡航飛翔弾事件を忘れたわけではあるまい?」

「忘れるかクソじじい。てめえのせいで、あの時俺は死にかけたぁっ!」


 巡航飛翔弾事件とは、海軍の大将の首をすげかえて安心したアブラハム・ベーレンドルフ主席教主が視察に来た演習で、彼の乗艦に向かって魔術兵器である巡航飛翔弾が誤射されたという事件だ。

 エーエマリッヒの指示で乗艦していたニーダルは、何の因果か、散々暗闘してきたカイファン中央政府の首魁を庇って、沈む艦艇から脱出する羽目になった。


「説明したら乗らなかっただろう?」

「当たり前だあっ! あんな目に合わされて、俺が裏切るとは思わないのかクソじじいっっ!」

「大丈夫だとも。アブラハム・ベーレンドルフもマルティン・ヴァイデンヒュラーも、忌まわしい〝四奸六賊〟も君にとってはすべて仇だ。君はいい加減だが、絶対に筋を通す。間違っても、連中につくことはない」

「言うぜ妖怪じじい」


 エーエマリッヒは、ノートゥングを鞘に仕舞った。


「王国の一部政党がナラール・ナロール国籍の在留人達から多額の献金を受け、しかもそれが違法水準の可能性があることは、彼ら自身否定できていない事実だ。今回の強奪計画は、ナラール国の覇権を確立させるとともに、王国を恫喝して、共和国の一部軍閥とナラール国の支配下に置くことが目的だ」


 だか、と老人は息を切って続けた。


「中東海の治安が一定水準に回復するまで、王国がテロルとの戦いから身を引くことは、共和国にとっても実のところ望ましくない。アブラハム・ベーレンドルフ主席教主も、王国が『世界の敵と認定される』ことは求めても、制御不能な戦争の勃発は望んでいないのだ」


 ニーダルは正座をやめ、立ち上がった。


「ふん、じいさん。散々煽ってくれたが、アブラハム・ベーレンドルフもエーエマリッヒ・シュターレンも、実際のところ世界平和なんてどうでもいいんだろう。中東海情勢の悪化と魔法石の価格暴騰は、西部連邦人民共和国の経済を失速させる。急に膨れ上がった泡ほど弾ける時の勢いは笑えないモンよ。アンタ達はそれが怖いだけだろうがっ。最初っから本音を出せ、クソじじいめ」

「それでも君は行くのだろう?」

「ああ。王国を滅ぼすのは、七つの鍵を掴む、この俺だっ。王国の悪徳政党だろうと、ナラール・ナロールだろうと、他のヤツには任せん」

「時間がない。君に我が軍閥が調べ上げた情報を託す。アーティファクト奪取は阻止できないだろうが、事件の成立は、ナラール国の軍事強大化を招き、共和国内部派閥、ひいては大陸の均衡を崩す。必ず破壊、もしくは再奪取して、彼奴等の手には渡すな」

「承った」



―――――

―――


「ねえ、聞きたいんだけど、どぅしてアナタがここにいるのかな?」


 ジェニファ・ポプキンスに詰め寄られ、ニーダル・ゲレーゲンハイトは冷や汗をかいた。

 本当の理由など話せるはずもない。だから、もうひとつの理由を正直に答えた。


「墓参りだ。ウィリアム・エリン先輩に会いに来た」


 刹那、ジェニファ・ポプキンスの怒気が爆発した。髪が逆立ち、彼女の周囲を散りゆく無数の落ち葉が、真っ二つに裂けてゆく。


「そう、貴方が殺したウィリアム先輩の墓参りに来たんだ。ふざけないでっ」


 ジェニファが、あぜ道を蹴って、半円の魔法刃『月夜』で、ニーダルに斬りかかる。イスカは狙撃銃を構え、後ろ手に伸ばされたニーダルの腕に阻まれた。


「パパ?」

「イスカ、撃っちゃ駄目だ。俺が戦う。……来いっ」


 ニーダルが目前の空間に腕を伸ばす。炎が吹き上げ、穂先に三日月の刃がついた十文字鎌槍が召喚される。

 ジェニファの半円刃の突進を十文字鎌槍の穂先で受け止めて、火花を散らした。武器の長さと取り回しの良さは、ニーダルの得物が上回るだろう。だが、ジェニファの神器は同一存在を複製できる。後方へと跳躍した彼女の周囲を、十六夜月、寝待月……、複数の円刃が生まれて宙を舞う。


「もっと早く気づくべきだったのよね。アナタの槍同様、この世界の理から外れた長銃のデザイン。作ったのはアナタね」

「改造は神器自身と職人達がやったさ。俺は、アイデアを上げただけだ」


 ジェニファは、俯いた。彼女の瞳から、一粒の涙が頬を伝い落ち、ぽつりと、クレータとなったあぜ道に落ちた。


「ジェン?」

「私の知っているアナタは、外道で鬼畜で、どうしようもない女たらしだったけど、こんな子に手を出すほど堕ちちゃいなかったよ」

「おい、ジェン、なんかめちゃくちゃな誤解してないか?」

「アナタは、その娘に殺しの業と銃を与えた。それだけで、十分」


 ジェニファの半円刃が宙を舞いながら、増殖してゆく。


「普通の武器に毛の生えた程度の魔力付与武器(エンチャント・ウェポン)だけで、契約神器と闘うつもりですか?」


 イスカの狙撃銃の銃身にこしかけた灰色熊のぬいぐるみが、ニーダルに問いかける。


「出来るさ。俺は、イスカのパパだから、なっ」


「術剣――”月夜”――起動!」


 ジェニファが、魔法刃の力を解き放つ。自らを圧殺しようと迫り来る剣の殺界に、ニーダルは十文字鎌槍を構えて飛び込んだ。


13


―――――――――

―――――



 ジェニファ・ポプキンスが、ルドゥイン・ハイランドに出逢ったのは、王国暦1100年のある冬の朝だった。

 その頃のことは、あまり思い出したくない。彼女が仕官高等学校に入ったその年、王国は空前の大不況の真っ只中で、技術者だった両親は職を追われ、心労から相次いで他界した。いくら奨学金制度があっても、当時のジェニファに学費を払い続けることは不可能で、退学は止むを得なかった。

 だから、そんな自分を雇いたいという人が現れた時は、心底驚いた。

 レイチェル・ストレンジャー。政財界に強い影響力をもつエンフォード家に繋がる新興企業『ヴァルキリーズ』の取締役。長い銀の髪と、青灰色の瞳。北風すらかすむ、凛とした立ち居振る舞いに圧倒されて、高校を中退したばかりの少女は恐縮するばかりだった。そうして、彼女に案内された応接室で、ジェニファはテーブルに置かれた古びた短剣を手に取った。


「……オマエハ、何ヲ求メル?」


 それが、ジェニファと愛剣の出会い。

 突如半円の大刃に姿を変えた魔剣と、予想もしなかった状況に呆然とするとび色髪の少女を放置して、レイチェルが悪戯っぽくウィンクしたのが、お茶を運んできたルドゥインだった。


「どう? 一発合格。お母さんの予知もちょっとしたもんでしょ?」

「へいへい。俺は可愛い子が入るなら、何でもいいよ。よろしくな」

「ちょっと、ルドゥイン! 貴方は私の子供で秘書なのよ? もうすこし真面目に取り組みなさい」

「……レイチェル。俺は子供じゃなくて弟子だし、秘書役は人選ミスだ。私物化はよくない」

「”私の”会社なの!」

「潰れる。そんなんじゃ、絶対潰れるから」

 

 ジェニファ・ポプキンスは、この日を思い返すたび、苦笑いする。

 その日、試験を行ったのは、『合格』したのは、果たして誰だったのか? と。

 レイチェル・ストレンジャーは、予知の魔術を使って契約神器とパートナーたる盟約者を集め、全員を王国軍へ編入させた。

 かくして、王国史上数百年ぶりとなる特殊部隊が設立される。第604技術試験隊。共和国に比して、圧倒的に遅れた契約神器および魔術兵器の研究を行う為の部隊。――――歴戦の勇士であるロバート・アームズ大尉を隊長に、参謀部のウィリアム・エリン中尉を副長に迎えたこの部隊は、魔道を中心とする様々な試作兵器や実験技術の試験を行い、やがて王国と共和国の秘められた暗部にも関わって行くこととなる。


 そして、王国暦1102年、最後の日。晩樹の月(12月)25日。

 多くの人々の運命を狂わせた―――――王国大災害勃発―――――。

 王国全土で同時多発的に連鎖して起こった大地震は、インフラと交通網を寸断し、遺跡を封じる封鎖結界すらも崩壊させた。そのため、大断崖や各地の古跡から、数多の怪物たちが地上へと侵攻した。

 王国暦1103年、生樹の月(1月)20日。アルター州にて救援活動に従事していた第604技術試験隊に、大断崖から王国へ迫る怪物達を阻止せよという命令が下る。隊長、ロバート・アームズ少佐と、レイチェルの義弟ケヴィン・エンフォード中尉は王都へと召喚されて不在。また、救援活動中に負傷したジェニファは、作戦の参加を副長命令によって拒否され、後方の医療施設へ入院した。

 第604技術試験隊は、相談役を務めていたレイチェル・ストレンジャーとともに出撃し、二度と王国に戻ることはなかった。―――――ルドゥイン・ハイランドの裏切りによって。



 さて、ここから語るのは王国で真実と報道された結末である。

 王家縁のアーティファクトである第二位契約神器ミストルティンと盟約を交わしたルドゥイン・ハイランドは、いつしか自分こそが王に相応しい存在だという妄想を抱くようになった。

 そして、彼の理想とする「軍国主義国家設立のため」、大災害によって混乱した王国を制圧しようと仲間にもちかけ、断られた。激昂した彼は、制止するウィリアム・エリン大尉をはじめ第604技術試験隊全員と、運悪く同行していたレイチェル・ストレンジャーを惨殺、遺跡の怪物たちと共に王国へと攻め寄せ、アルター州サンフィス市の第8区を壊滅させた。死者四百余名。生存者は、わずかに少年ひとり。虐殺を目撃した彼は精神を病み、長い闘病生活を送ることになる。

 ルドゥイン・ハイランドは、第604技術試験隊の救援に駆けつけたケヴィン・エンフォード中尉と8492機械化混成部隊の命をかけた防戦によって野望を阻止され、遺跡のモンスターともども制圧されて、大断崖へ身を投げた。

 軍人が災害を利用してクーデターを目論んだという醜聞(スキャンダル)は、王国軍人の士気と国民感情を地の底まで落とし込んだ。

 その後の調査によって、ルドゥイン・ハイランドが戸籍も何もかも嘘っぱちな「存在しない人物」であったこと、クーデターを目論んだのが彼1人であったことが自室から見つかった計画書によって明らかになり……。

 また同じ第604技術試験隊のケヴィン・エンフォード中尉が命と引き換えに、第二位級契約神器ミストルティンを持ち帰ったことから、動揺は次第に収まることになる。これは王国軍人ひとりひとりの真摯な救護活動への姿勢とも無関係ではないだろう。

 一方で、ルドゥイン・ハイランドの名は「悪魔」と同義となる。伝説の黒衣の魔女もかくやという呪いを受け、忌まれる存在。巷では、第604技術試験隊の成果を悪用し、大災害を起こしたのすら彼の所業ではないかとまで囁かれるようになった。



 時間は、すべてを埋めてゆく。

 失ったものも、奪われたものも、日々の流れに埋もれて消えてゆく。

 多くの死者を出した大災害は、ずさんだった王国の対災害姿勢を大きく前進させた。町は復興し、人々もまた前を向く。だが、忘れられない者がいた。失ったもの、奪われたものを思い、血の涙を流す者がいた。ジェニファ・ポプキンスは軍を除隊し、難関を謳われる国家公務員一種試験を突破し、公安警察へと入った。事件を調べるために。

 おかしかった。大災害が起こった事までは、……受け止めよう。だが、なぜ第604技術試験隊は全滅しなければならなかった? 『あらかじめ天変地異を考慮に入れたクーデター計画』とは何だ? 『決行時に都合よく王都へ召喚された隊長』『定期的に風紀検査の入る自室に放置され、失敗後はじめて発見された計画書』……まるで後付のように、ルドゥイン・ハイランドが『反乱を首謀した』状況証拠が揃ってゆく。そして、時を同じくして、王国軍のすべてから、彼がいた痕跡が消えた。まるで幻であったかのように、全てのデータが破棄された。

 仕事ではない私事の捜査は困難を極めたが、ジェニファはくじけなかった。だが、やがて受け入れざるを得なくなる。『事件後に』提出されたすべての証拠がルドゥイン・ハイランドが無謀な反乱を企てたことを指し示していた。本人の自白すらあった。ルドゥイン・ハイランドは、王国暦1103年、霜雪の月(2月)1日に、上官の妻であり彼とは旧知の仲であったセシリア・エリンが宿泊するアスター州のホテルを訪ね、ウィリアム・エリンを殺したのは自分だと証言している。彼が軍に追い詰められ、行方不明となったのはその直後のことだった。

 事件の鍵を握るアルター州サンフィス市第8区ただ一人の生存者に、ジェニファ・ポプキンスは逢いに行った。何度も面会を断られ、会うことが叶ったのは、事件から三年が経ち、少年が退院してからだった。


「誰も信じてくれないから、いいです」


 口を濁す少年は、ジェニファの熱意に根負けしたかのように、呟いた。


「あの人は、たった一人で怪物達に向かっていったんだ。”一匹も先へは行かせない。ここは、あいつらが命をかけて守った俺達の国だ”って、そう言って」


 全ては、謎のままに消えてゆく。

 ルドゥイン・ハイランドは、レイチェル・ストレンジャーとともに、ジェニファ・ポプキンスに生きる場所と誇り、喜びを分かち合う仲間をもたらし、……全てを奪い去った。のちに、彼が共和国へ落ち延びたという噂を耳にする。否、王国軍と外務省は確かな生存情報を掴み、握り潰していた。ジェニファ・ポプキンスは、共和国およびナラール・ナロールの組織犯罪を追う外事二課に異動を志願し、捜査員となった。

 いつか、己の手で彼を捕まえるために。もう一度、……彼に会うために。


―――

―――――


 そして、遂に悲願は果たされた。最悪の形で。

 幼いテロリストを追うジェニファは、戦友の眠る故郷の墓地で、「父親」と呼ばれる赤いコートを羽織った男と再会する。

 容貌は変わり果て、昔年の面影も消えて、それでも確かにその男は、かつてルドゥイン・ハイランドと呼ばれていた。


「ねえ、教えてよ? ウィリアム先輩を、第604技術試験隊の皆を殺したのは、アナタ?」


 ジェニファの声は震え、かすれていた。胸が、喉が、心が張り裂けそうな程に痛い。

 立っているのも困難なほどに、激情が肉体の内側を満たし、溢れだしていた。


「そうだ。――俺だ。俺がレイチェルを、ウィリアム先輩を、第604技術試験隊の仲間を殺した」


 だからこそ、彼の返答は残酷で、一片の救いもなかった。

 ジェニファ・ポプキンスの赤褐色の瞳から、涙が零れ落ち、止めること叶わなかった。

 もはや言葉は要らない。求め続けた真実はあまりにも残酷だった。


「術剣――”月夜”――封殺!」


 ジェニファが懐かしい応接室で受け取った半円の魔法刃、第六位契約神器ルーンブレイド『月夜』が、彼女の手から複製される。三日月、十日夜月、十六夜月、寝待月、立待月、居待月……、月齢に従い姿を変えた魔刃の数は、全部で十二。その全てが空を舞い、360度全方位から、赤い外套を着た独りの男へと斬りかかる。球状に展開した魔刃の結界に穴はなく、ただ対象を殲滅するのみ―――。

 この危機に対し、ルドゥイン・ハイランドは、雑草の生えた墓地の大地を革靴で踏みしめ、十文字鎌槍を一旋させた。アーティファクトは、通常の魔術道具とは比べ物にならない破壊力を秘めている。ゆえに、ジェニファは防戦ままならずに倒れ付す、かつての友の姿しか想像しなかった。360度全方位から、斬り込まれた十二の魔法刃、…その全ての軌道をずらすことで相打ちさせるなど、完全に想像の余地外だった。


「あ―――」


 ジェニファに抱かれた半円の魔法刃を除き、ルドゥイン・ハイランドの一撃によって、複製された魔刃全てが追突して消失した。勝機を逃さず、十文字鎌槍を正面に構えた彼が迫り来る。


(ああ、そっか)


 ミストルティン。王国最強の神器のひとつを委ねられたルドゥイン・ハイランドは、第604技術試験隊の中でも、最も秀でた戦士だった。隊長のロバート・アームズと、相談役のレイチェル・ストレンジャーを除き、誰一人として土をつけられない程に。それは、きっと神器だけでなく―――。


(やっと私も、皆のところに逝けるんだ)


 ルドゥイン・ハイランドの槍が、ルーンブレイド『月夜』を叩き落した。ごつく厚い掌と腕が、背へと伸びて回される。そうして、彼は、ジェニファ・ポプキンスの身体をかき抱いた。


「お前には、俺を殺す理由がある。俺もお前になら、殺されていい。だけど」


 娘は、イスカは渡せない。


「眠りのルーン……」


 ルドゥイン・ハイランドは、ジェニファ・ポプキンスを抱きしめたまま、舞い落ちる枯れ枝を手に取り、炎で文字を刻んだ。

 枝を髪に差し込まれ、ジェニファは急速な眠りに落ちた。意識が途切れる寸前、彼女の脳裏に浮かんだのは、くだらないかけあいをしながら、仲睦まじく寄り添っていたルドゥイン・ハイランドとレイチェル・ストレンジャーの姿だった。


(何よ、結局、私がどれほど想ったって。アナタの中では、一番にはなれないんじゃない)


 心に刺さる宿木のような棘(ミストルティン)は、ほんの少し嫉妬に似ていた。

拙作をお読みいただきありがとうございました。

なお、作中のアルター州サンフィス市第8区壊滅の真相につきましては、『人形』第四話 炎の記憶 をご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルドゥインって、神剣の勇者が生きていたということでしょうか? でもニーダルと混じっている感じが。 ニーダルが神剣の勇者を名乗っていたとも読み取れますが。 『人形』のほうを読むと、この辺りが…
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