表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第三話 犬と猿は夢の中で踊る


 夕日が差し込む橙色の部室に、赤枝基一郎は足を踏み入れた。

 日に焼けた畳の上で、すらりとした長身の女学生が一人、今度の舞台で使う暗幕を縫っていた。

 俯いていた少女、苅谷近衛かりや・このえは、来訪者に華の様な笑顔を向けて、……即座にふてくされた。


「なんだ。赤枝か」

高城ぶちょうじゃなくて悪かったな。苅谷」


 鞄をロッカーに入れて、赤枝は部室の隅にあるカーテンで作られた更衣ブースに入る。

 粗大ゴミ置き場の放棄品を修理した扇風機が唸っているものの、夏の西日もあって、制服ではひどく暑い。

 カッターシャツをアロハシャツに、指定ズボンを薄地の綿パンツに着替えて、ようやく人心地ついた。


「俺がいるのに着替えるな」

「いいだろ、別に」


 これが後輩の美鳥や、紫崎先輩だったら遠慮もするだろう。だが、苅谷近衛は赤枝基一郎にとって天敵であり、異性として意識したり、配慮する対象ではなかった。


「あいかわらずちゃらついた格好だな」

「お前こそ堅苦しい格好じゃないか」


 近衛は背の中ほどまで届く長い髪を飾り気のないゴムで束ねて、下は青のドレスパンツを穿き、上に白のシャツを着て、サマージャケットを羽織っていた。

 ちなみにすべて男物である。ここまで固めたらいっそ制服の方が涼しいのでは、と赤枝などは思うが、彼女曰く「スカートなんてひらひらしたものは着ていられない」だそうだ。

 白椛高校の演劇部は、変人が集まっている。誰もがなんらかの問題を抱えて、孤立を選んでしまうはずの者達が、どういうわけか集まっていた。

 それは、部長の高城悠生たかしろ・ゆうきが部員数の少なさから、積極的な勧誘を繰り返した結果かもしれないし。勧誘された者達が、”演じる”ことに、なんらかの意味を見出したからかもしれない。赤枝の妹、まどかは、「類は友を呼ぶのよ、きっと」などと、実も蓋もない発言をしていたが。


「暑いな」

「ああ」


 苅谷は暗幕の修繕を続け、赤枝は照明と音響機の手入れを始める。二人に交わす言葉はなく、ただ針と糸を、そして雑巾を動かした。扇風機が蒸し暑い部屋の空気を、重くかき回す。


 もうすぐ選挙が始まる。

 熱心な教育系労働組合の一員である赤枝の父と、医療系労働組合の一員である母は、危険団体として公安警察の監視対象である支持政党の選挙活動のために、日夜街宣車を乗り廻していた。

 そして、政財界に野心をもつ新興宗教にのめりこんだ苅谷の母親も、担いだ政党のために汗を流していることだろう。

 赤枝の両親も、苅谷の母も、世界のため、恵まれない人のため、すべてを投げ打ち、闘っているのだ。

 たまに、阿呆かと思わないではない。己が家族の面倒も放り出して、デモやら集会やらの政治運動に生活の全てを捧げることに、何の意味があるだろう?

 赤枝は、友人の高城のように家族ぐるみで旅行に出かけた記憶もなければ、月一で家族と一緒に食事や買い物をする習慣もない。

 苅谷だってそうだろう。彼女がわざと男装したり、まるで男のように振舞うのは、それを好むと言うよりも、自分をまったく省みない母親へのあてつけだろうと、赤枝は薄々理解していた。

 みんなのために、みんなの幸せの為に。まるで催眠のように繰り返して、まるで自分が正義の味方のように振舞って。なのに、どうして、自分が「味方」であるはずの一般人を区別するのか?

 少し注意すればわかる。みんなのためといいつつ、共産主義者は民衆を二つに分けている。

 自分と同じ革命の志を抱いた同志や同じ価値観を有する民衆を「市民」と呼び、権力者に騙される犬やらノンポリやらのレッテルを張った他の民衆を「大衆」と呼ぶ。

 苅谷たち宗教団体に至っては、もっと明確だ。信者と、それ以外。

 罵倒中傷ときに暴力。二人の両親が支持する政党は、もはや選挙とは関係のない水準で互いを傷つけ、打ち倒そうとする。


 そんな親世代の因縁もあって、赤枝は苅谷を敵視していたし、苅谷もまた赤枝を敵視していた。

 今年の初夏、高城が苅谷を演劇部へと勧誘した際には、赤枝は演劇部を乗っ取られてはたまらないと断固として反対した。同様に、苅谷もまた演劇部が「洗脳(オルグ済み」ではないかと相当に警戒していたらしい。

 結局、赤枝は高城の説得に押し切られ、苅谷は高城を信じた。変人ぞろいの演劇部は新たな変人を迎え、今日も平常運転。騒がしい日々は続き、赤枝と苅谷は理解した。

 どうして互いがいけすかないのか。どうして互いを白眼視するのか。――きっと、似ているからだろう。

 赤枝は、表向き綺麗なものを求めながら汚い手で理想を踏みにじる、共産主義の欺瞞を知ってなお、捨てられなかった。

 苅谷は、宗教団体の活動や教義を嫌悪しながら、母親の存在ゆえに完全に否定することができなかった。

 

 赤枝が苅谷を見る時、苅谷が赤枝を見る時、中途半端な自分を相手の中に見てしまう。

 だから、二人は天敵。己が存在を許せないために、相手を許すこともできはしない。


 それにしても、今日の部室は酷く暑かった。

 赤枝がハンカチで幾度拭いても、額に汗がにじみ出てくる。

 眼鏡を外し耳元を拭いて、部室の隅に目を向けると、クーラーボックスが目に入った。

 高城か紫崎先輩が、朝のうちに保冷材を補充してくれているだろう。そうあたりをつけて、開くと、柔らかくなった保冷剤と、少し温くなったペットボトル入りの緑茶が二本、入っていた。


「飲むか?」

「お前のじゃないだろう?」

「あとで買っておくさ」


 苅谷は目を伏せて、やがて、頷いた。

 赤枝がペットボトルを投げ、苅谷は受け取る。

 まるでタイミングを合わせるように、二人はキャップを開けて口をつけた。

 赤枝は音を立てて喉に流し込み、苅谷は静かに喉を湿らし続ける。

 妙に礼儀正しいヤツだと、赤枝は思う。


「お前と、茶を飲む日が来るとは思わなかった」


 苅谷が神妙に呟いた。


「別に、嫌っていたわけじゃない」


 赤枝は応える。嘘ではないと思う。危険視はしていたが。


「俺はこの部活が好きだよ」

「……」


 苅谷の言葉に、赤枝はどう返事をしたものか、悩んだ。


「それだけは、わかってくれ」

「ああ。覚えておく」


 信じられると思う。信じたいと思う。

 けれど、苅谷自身を信じられても、彼女の周囲まではわからない。

 苅谷が高城に好意を抱いていることは知っていた。友人としての信頼か、異性としての思慕かはわからない。彼女自身、きっとまだどちらか、理解していないだろうから。

 もしも友人でなく、恋人となりたいと願ったら、彼女の周囲が高城を「囲い込み」に入る可能性は高い。勧誘は高城の家族親類に及び、結婚し子供を授かれば、その子も自動的に「入信」させられることになる。

 赤枝は、高城が家族を大事にする男だと知っていた。彼が自らの意思で入信するなら諦めもつく。だが、無理やりの圧力で入信などさせようものなら、高城が大事にしているものが失われるだろう。

 友人として、不幸を見過ごすわけにはいかない。赤枝は、全力で阻止に回る。たとえエゴであっても、赤枝にとっては、それが高城悠生と円を守ることだからだ。

 赤枝はペットボトルの中身を飲み干した。ダンボールで作った、分別済みのダストボックスへ投げ入れて、立ち上がる。


「補給に購買へ行ってくる」

「いや、俺が行く」

「その格好じゃ、部室棟から出れないぞ?

 それとも、俺の前で着替えるか、近衛ちゃん?」 


 つい、からかったのがマズかった。正座からとは思えない流れるような動きで、苅谷は間合いをつめて、ポンと手品のように赤枝は投げられていた。


「気絶させれば、問題ないだろう?」

「このオトコンナ……」


 苅谷は幼い頃から、祖父の居合いだか合気道だかの道場でしごかれていて、素人に毛が生えた赤枝よりは数段腕が立つ。

 多分、まともに闘っても、絶対に叶わない。が、それでは、赤枝のなけなしのプライドが許せない。


「いいぜ。表へ出ろ」

「仕方がない。遊んでやろう」


 挑発に乗っている時点で、十二分にこっぱずかしいのだが、気づいてはいけない。二人並んで部室のドアを開け放って。


「何してんの、二人とも?」


 安さで有名なソーダアイスと、茶や清涼飲料水のペットボトル入りの袋を提げた高城達、残りの部活メンバーと鉢合わせた。

 まさかつまらない理由で決闘だとか、殴り合って友情を深めようとしていましたなどとは、恥ずかしすぎて口が裂けても言えず。


「ちょっとトイレに」

「手を洗いに」


 はかったように一致したタイミングで咳払いして、二人はかくかくと反対の方向に歩き出した。


「相変わらず仲いいなあ」


「「よくないっ!」」


 否定のツッコミまで、見事にハモっていましたとさ。



―――――

―――――


 そうして、赤枝基一郎は夢から目覚めた。


「元の世界を夢見たのはいいが、なんであいつのことなんだ」


 もっとこう、『セピア色の思い出!』みたいなものなら良かったのに。……どんな思い出をそう言うのかは知らないが。

 沁みのついた天井を、霞む目で見つめて息を吸い、赤枝は布団を跳ね上げる。枕元に用意した眼鏡をかけて、共同の洗面台へと向かった。

 赤枝がこの世界に来て、およそ三ヶ月近くが経っていた。日本より涼しい夏は終わり、2階廊下から見える街は秋の紅葉で覆われている。

 濛々とした髭面の恰幅のいい中年の男が、アパート下の公園で柔軟体操をしていたが、赤枝を見つけて手を振った。


「おはよう、アカーシ。今日の仕事は一時間後だ。今日も頑張ろうぜ」

「おはよう、Mr.ブルース。世話になる」


 ブルース・ハックマンは、この古ぼけたアパートに住む日雇い労働者達のリーダーだ。

 追いはぎの一団と殴りあった胆力を認められ、赤枝はブルースによって、アパートに迎え入れられた。

 彼らはどこの馬の骨ともわからぬ異国人の赤枝に、気前よく仕事を斡旋してくれたり、言葉と文字を教えてくれた。

 特にブルースは、食事を分けてくれたり、小学校で使っている国語の教科書やドリルをプレゼントしてくれたりと、まるで我が子のように可愛がってくれた。

 なんとか言葉がわかるようになった頃、安ビールを飲みながら教えてくれた。

 赤枝は、故郷に残してきた子供に似ているのだという。

 およそ十年前、この国、ガートランド王国は、外需から内需への市場転換に失敗し、破滅的な大不況に見舞われたという。

 株や土地の異常な高騰、政策の失敗、外資外国の圧力、政府の失策、銀行の失敗、他にも様々な要因が絡んだようだが、辛うじて日常会話をこなせるようになったばかりの赤枝には詳細はわからない。

 ともかく王国の経済は、泡が弾けるように吹き飛んだ。運悪く大地震やら、カルト教団の魔導テロやら、モンスターの大規模襲撃やらが重なって、一時期は亡国の危機に瀕していたらしい。

 郊外の馬車組み立て工場で働いていたブルースは、突如遺跡からあふれ出たモンスターから仲間を庇い、左腕が思うように動かなくなったらしい。

 企業は深い同情を示しつつも退職を勧告し、ブルースは受け入れた。しかし、その無情さにブルースは荒れた。些細な事で妻を罵り、子を殴りつけ、家具を壊した。

 現実を拒絶して酒に溺れ、賭博に逃避し、あげくに消費者金融に金を借りるという愚行を犯した。


「アカーシ。オレは、弱かったんだよ」

「いいや、ブルース。あんたは強いよ。俺の知っている、誰よりも強い」


 全てが台無しになる寸前に、ブルースは良心を取り戻した。

 妻と子供を離縁し、家と土地と車を売り、借金を清算した。

 このアパートも不法占拠ではなくて、ちゃんと借りているものだ。勤め先の企業を退職したブルースの知人が、かなりの格安で提供してくれたらしい。知人に感謝したブルースは似たような境遇の仲間達を集めて、小さな日雇い労働の組合を作った。

 今も、奥さんと子供に、少ない稼ぎから仕送りをしていることを、赤枝は知っていた。

 大不況の傷跡は、今でも残っている。

 いくらかの企業は、熟練工をリストラし、安価な外国人労働者を招き入れた。が、ろくな教育も施さず、首切りと新規雇用を繰り返したため、件の追いはぎのような集団を形成したり、中にはいたいけな幼女を強姦、絞殺するという暴挙に出るものまで現れた。

 外国人労働者の流入もあって、労働市場は低価格を極め、壮年以上に再就職の機会はなく、未来を憂い命を絶つ若者もあとを絶たないという。つまりは、このガートランド王国も、赤枝の故国と同じで山盛りの問題を抱えていた。


 異世界というものがあるとして、そこが理想郷だと誰が決めた?

 人間がいる限り、問題は起こり続ける。

 完全なるユートピアなんて、マルクス達が夢見た妄想の中にしか存在しない。


「理想郷、か」


 歯を磨き終わって、赤枝は思う。

 理由があるはずなのだ。この世界に招かれた理由が……。

 あのとき、「元ある世界から逃げ出したかった」者がいるとするならば、それはきっと赤枝と苅谷だろう。

 仲間達の手がかりは、まったく掴めない。新聞にも、タブロイド紙にも、異世界人の出現なんて書かれてはいない。

 ―――嫌な事を思い出した。

 この木材と大型人形が中心を占める世界で、酷く似つかわしくないものがある。

 ブルースが持つ、小さな板状の端末。あれは、赤枝がいた世界のポケットベルそのものだ。


 世界を跳ぶというのなら、それは”空間だけとは限らない”

 あるいは、”時間をも越えるのではないか?”


 携帯電話の小型化に、元の世界は20年以上を費やした。だが、ポケットベルは、およそ5年で発展を極めた。

 電波技術が高いとは思えないこの世界で再現するならば、携帯電話よりポケットベルの方が楽だろう。

 それは、最悪の想像だ。もしも赤枝の推測が正しければ、演劇部七人は、バラバラの時間軸に飛ばされたことになる。


「……気の迷いだ」


 赤枝は眼鏡を拭いて、掛け直した。

 待っていても、仲間は見つからない。名残は惜しいが、そう長くないうちに、このアパートを出る事になるだろう。

 ブルースの周りでは、他の仲間達も柔軟を始めていた。


「親父、か」


 赤枝は思案する。自分は、ブルースに、政治活動にあけくれる実の父が見せてくれなかった、父親の背中を見ていたのではないかと。

 旅立ちの時は近い。

 そして、その日は前触れもなく訪れた。


6 



 王国暦1110年、紅森の月10日目。

 この日、ガートランド王国警察庁外事課とニューカルナフィア州警察は、狂騒状態にあった。

 大不況から続く10年、王国の治安は悪化し続けていた。

 その悪化に拍車をかけたのが、隣国ナロール国からの犯罪者の流入である。

 10年前、ナロール国で強盗団に対する石弓の発砲を許可する法律が成立し、銃殺を怖れた強盗団の多くが王国へと流れ込んだ。

 彼らは、短期ビザを使って王国へと侵入し、携帯用のガススプレーや包丁などを使って、王国民から金品と時に命まで奪い取った。

 放送媒体や新聞では、「武装スリ団による被害」などと報じられたが、そんな水準の問題ではない。

 れっきとした「武装強盗殺人団」だ。

 対する王国警察は、威嚇以外の石弓の発射を禁じられ、どうしても後手後手に回る。

 流入した武装強盗団は次第に組織化され、国宝規模の文化財までが管理人を殴り倒して強奪された。それらは闇商人を通じてナロール国へと運び込まれ、博物館などに飾られている。王国の抗議など馬耳東風で、このような抗議は王国ナロール国間の友好に水を差すと逆に非難される有様だ。

 外国人犯罪者の王国内の犯行は右肩上がりで増え続け、とどまるところを知らなかった。海上保安警察の行動拡充や入国審査の厳重化、銀行振り込みの制限など、現行法を駆使した対策が採られるのは、タカ派と呼ばれた首相が立つ数年後を待たねばならず、この時点では親ナロール議員とその勢力は圧倒的だったのだ。

 だが、この日ばかりは、枕を濡らして泣き寝入りするわけにはいかなかった。


「検問を敷け! 一車両も海岸へ向かわせるな!」

「駄目です。突破されています。ホシは、なんらかの魔道兵器を携えている模様」

「契約神器か!」


 午後十三時、ニューカルナフィア州の遺跡から発掘された、新しい契約神器を護送中の輸送車がナロール系の強盗団に奪取された。


「こんな真似をしてっ。外交問題に発展するぞ!」

「無理でしょうね。犯罪者のやることに感知せず、我が国はいつものように遺憾の意を表明して終わりですよ」


 いつもの温和さをかなぐり捨てて激昂する警部を、若手のキャリア警視が冷たく突き放す。


「だからと言って、見過ごすわけには行きませんが。彼らの後ろには、きっとナラール国がいる」


 ナラール国。

 幾人もの王国民を拉致して殺害した、王国の事実上の敵性国家。

 だが、政治献金や配下団体の武力を中心とした彼の国の魔手は、王国議会の代議士達にまで入り込んでいた。

 こと懐柔と傀儡化においては、ナラール国の手腕はいっそ見事といっていいだろう。

 ナラール国とナロール国は、もとはひとつの国ながら、長らく敵対関係にあった。少なくとも、そう見せかけていた。だが、ナロール国の先代大統領が融和策を進めると、瞬く間にナラール国に取り込まれてしまった。

 本来なら敵対していたはずの、在王国ナラール人組織と、在王国ナロール人組織も同じだ。在王国ナロール人組織のトップは、いつの間にやら在王国ナラール人組織の関係者に挿げ替えられ、祖国に先駆けての統一、融和と大いにはしゃいでいる。


「奪われたのは、第五位契約神器『人型陸上戦術兵器』。これを見過ごせば、七年前のテロを上回る被害が出ます」

「機動隊を投入する。異議はないな」

「ありません」


 ニューカルナフィア州北東海岸を封鎖すべく、州警察は人員のほとんどを投入し、……だが、阻む事はできなかった。



――――

―――――



 彼女は、ながい間、旅をしてきた。

 そして、今も。

 とおい昔に、約束したから。

 託された願いがあったから。

 いれものは壊れて、こわれていた仮の器を借りて。

 ながいながい時間をかけて修復した。


『何があろうとも、あいつらの意思を優先しろ。我はもう、あいつらを守れない。だから、お前が守るんだ。私のいとしい娘……』

『姉さんをお願い。いままで、ありがとう』

『ユミル。君は僕の誇りだった。あのひとを頼んだよ』


 ああ、そうだ。

 あれはもう、契約ではない。

 家族との、大切なひとたちとの約束だ。

 どれほど時間が経っても変わらない。

 千年の時の果て、再び訪れるだろう黄昏の刻に、母様ともう一度、あいまみえなければならない。

 伝えなければならない。

 もう戦う必要はないのだと。

 母様の家族は、さいごまで母様を案じていたと。


 でも、それは難しい事。

 だってそんな契約をのんでくれそうな人なんて。




 

「      見つけた」



 …………

 ……………………



 荷物運びの仕事を終えて、帰る途中、街はサイレンが鳴り響いていた。

 不安に思いながら、くたびれた足をアパートへと進める。


「Mr.ブルース。何か言ったか?」

「おいおい、幻聴か、アカーシ? 

 疲れているんだな。今日の飯は奮発しようか?」

「ち、ちがう。そんなんじゃない」


 秋の日は、もう随分と下がっていた。

 もうすぐ、黄昏。

 昼と夜の狭間で、赤枝基一郎は己が運命の選択を迫られる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 赤枝が異世界に転移した後も、部員たちを本気で心配して、絶対に助けると執念を燃やしていたのは、こういうバックボーンがあったからなのですね。 彼自身も他の部員たちと同じように、異世界に新しい居場…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ