第一話 白衣の研究者は教科書を読む
1
英雄にして国父たるユーリ・オールドマン大元帥様は、幼き頃から聖者としての徳と軍神の威風を備えられていました。
ご幼少のみぎり、大元帥様がお母様ととある小学校をお尋ねになられたときのことです。
教室に飾られていた大陸地図は、栄えある我らのナラール国と、憎くきガートランド王国が同じ赤い色で塗られていたのです。
憤りを感じられた大元帥は、筆で王国を黒く塗りつぶされました。
すると、驚くべきことが起こりました。
王国の空が真っ黒になって、稲光がさし、雷が轟いて、長い間、激しい夕立が降り注ぎました。
この時から、人々は、偉大なる指導者ユーリ・オールドマン大元帥様は、空と大地をも自由に動かされる偉大な才能をお持ちであると讃えました。
「……っ。……ぷっ。ぷわはは!!」
『しょういち、こくご』とナラール語で書かれた教科書を手にした女性は、乱雑なガレージの床に山と積まれた資材の上で、耐えられないとばかりに笑い始めた。
額に巻いた黒い油染みの付いたタオルが落ちて、短く刈られたとび色の髪と、活動的な光を帯びた茶褐色の瞳が露になる。
機械油で汚れた白衣が隠す豊かな胸をゆらし、細いお腹と腰をよじるように転がって悶絶すると、彼女の服に刺さっていたペンやら足元のスパナやらが、五月雨のように床へと落ちてきた。
「ジェニファ・ポプキンス警視正。何を笑っているんだ。危ないじゃないか?」
『警察庁公安部外事二課第8資料管理倉庫』―――――白地に黒文字で書かれたプレートのかかったドアをくぐり、資材置き場に入ってきた少年は、足元に突き刺さったコンパスやら釘抜きやらを見て、思わず眉をひそめた。
「だってっ。キイチロウ。天候をも自在に操る魔術師だぞ?まるで、流星雨を呼び、万軍を撃ち滅ぼす、伝説の黒衣の魔女みたいじゃないか。そんな力があるなら、是非見てみたいものだ」
赤枝基一郎。この世界では見慣れぬ厚手のコートを羽織り、黒い綿パンツとスニーカーを履いた少年は、奔放な女性のはしゃぎぶりにこめかみを押さえる。
「あんな詐欺師と一緒にされちゃ、世界を滅ぼした伝説の魔女も泣いて悲しむだろう。国語だけじゃない。道徳、社会、全ページが差別語と不道徳の塊だ」
赤枝は内ポケットから眼鏡を取り出し、敷き詰められた鉄パイプや金属板をひょいひょいと踏み越えながら、白衣の女性が居るガラクタ山のてっぺんへと登り始めた。
「社会教導の37Pを開いてくれ。こう書かれている。
祖父は孫に尋ねました。
『お前は大きくなったら何になりたいんだ?』
『はい、僕は軍人になって王国の豚どもを全員殺したいです』
『そうか、お前はいい子だ』
祖父は満面の笑みを浮かべて孫の頭を撫でました。」
「っひ、ははっ。ははっ。実に不道徳な社会教導だね」
よほどに教科書が笑いのつぼに入ったのか、まったく色気を感じさせない荒い息を吐きながら、二十代の半ばを越えた女性が、お腹を抱えてゴロゴロと転げまわっている。
「算数の教科書21P例題8。
『勇敢なナラール兵が10人の極悪な王国兵を攻撃し、5人を殺した。逃げた王国兵は何人でしょうか?』
人の命をなんだと思ってるんだ? こんなふざけた教科書は、俺だってそんなに見たことが無い」
「ブラックコメディの秀作じゃないか。編者にチップをはずみたいね」
踏み込むたびに足の裏に伝わる金属片の感触。さびた鉄の奏でる不調和音。ああ本当に酷い喜劇だと、赤枝は唇を歪める。
「ブラックコメディというなら、もっと面白い逸話を知っている。ガートランド王国という国は、こんなことを教えている国に何の抗議もしないばかりか、国内のナラール学校で本国に準じた教材を使うのを認めているんだ。その上、税金を免除したり、助成金を出したり、相場の僅か1%の値段で公共の土地を貸し付けたり、大学の受験資格まで認めている。挙句の果てに授業料まで無償化しようって動きもあるそうじゃないか?いったいぜんたい、王国の教育はどうなってるんだろうな?」
「そんなこと、私に怒られても困るよ」
ようやく落ち着いたのか、とび色の髪を手櫛で整え、茶褐色の瞳に涙を浮かべて、肩で息をつきながら、グラマーな女性は苦笑気味に笑った。
「外務省と文部教育省、市長や市議会に言ってくれ。予算を決めるのは、議会であって、私たちじゃない。王国はこれでも、民主主義の国だからね」
「民主主義、ね」
赤枝はようやく、資材の山の頂上へと辿りついた。
女性の隣に腰を降ろし、入り口からは見えなかった『山の向こう側』を眺めた。
そこには、バラバラにばらされた『巨大な人型の何か』があった。
背骨は鋼鉄、臓器は内燃機関、血管はパイプで、肉体もまた種々の金属板の集合体だ。
人を模して作られた玩具。魂なきヒトガタ。
そう考えた瞬間、首のはずされた人形の瞳が、血のようにあかい真紅の視覚素子が、赤枝を『見た』。
(違う)
ごくりと生唾を飲み込んだ。
そうではないのだ。
アレは生きている。魂を、己の意思を持っている。
赤枝の知る世界ではどれほど非常識な事でも、この世界ではそれが事実だ。
不意に、何もかもが崩れていくような悪寒を感じて、赤枝は孤独におびえる心を叱咤するように、思わず憎まれ口を叩いていた。
「何もかもが遅くて役立たない、できそこないの政治機構だ。ジェニファ・ポプキンス警視正。民主主義なんてものは、どこの世界でも無能な衆愚政治の代名詞だよ」
煽るような言い方だった。だから、かちんときたのかもしれない。
紅をひいた唇を、ほんの少しだけとがらせて、ジェニファは否定した。
「むぅ。拗ねた言い方をするなあ。私には、君の好きな『共産主義』とやらが、むしろナラールの政治形態に近いと思えるぞ?」
おそらくジェニファは意図しなかっただろうが、その感想は赤枝の腹に据えかねた。
「世襲を認めた共産主義なんて、俺の世界には存在しない。国家『もどき』のどぐされテロリストどもがいるだけだ」
共産主義が万民を等しく幸せにする思想と定義するならば、あの国家もどきが掲げたチュチェ思想、頂点に立つ”ただひとりを幸せにするため”万民に無条件の忠誠と犠牲を強いる『主体主義』は、その真逆に他ならない。
「あまり人を悪く言うもんじゃない。確か君が元の世界で支持していた政党は、その下部組織と随分懇意にしていたそうじゃないか?」
「ふん。どこだってやってることさ。俺の世界じゃ、あんたが好きな『民主』って二文字を看板に吊るした政党が、堂々とその下部組織から献金を受け取って、パーティー券をばらまいてる。他の政党だって怪しいものだ。権力をもつ奴はどいつもこいつも腐ってやがる」
「キイチロウ」
ジェニファ・ポプキンスは、赤枝基一郎の顔を正面から見た。
肩を抱き、眼鏡越しに黒い瞳を茶褐色の瞳に映し出す。
彼女の顔に映る赤枝の顔は、酷いものだった。
三つ編みに編んだ長髪にはつやがなく、頬は土気色、唇はぱさぱさだ。
ただ血走った瞳だけが、彼の執念を伺わせる。
「そう焦るな。君は必ず、君の故郷の仲間達を見つけられる。だから、そんなに、自分を追い詰めなくていい」
「追い詰められてなんてない。俺は帰るんだ。政治汚職ばかりのあの国へ。環境汚染で潰れそうなあの世界へ。皆揃って。必ず、必ずだっ」
ジェニファ・ポプキンスは、まるで幼子をあやすように、赤枝の背を撫でさすった。
一人異郷の地で、生きているかも分からない同胞を探す。その不安、その心圧はどれほど重いことだろう。
自分だけが綺麗な場所に立ち、他の全てを批判するのは自身の悪癖だと、目の前の少年は理解していた。
世界すべてを悪と弾劾し、自分だけが正しいと声をあげるなら、世界すべてから悪と弾劾されても文句は言えない。
それでも、まだ子供なのだ、この少年は。
有り得ない綺麗な理想に胸を焦がすほどに。
☆
ミズガルズという大陸がある。
浮遊する人工の大陸を除けば、この世界に唯一つ残された、人が住む事が可能な地上大陸だ。
千年前、あらゆる邪悪に心を染めた黒衣の魔女とその下僕たるモンスターによって、9つの大陸は次々に海へと沈められた。
魔女は、宇宙の根源であり、あらゆる願いを叶える世界樹へいたる虹の門を開こうと、最高位の神器である七つの鍵を集めたのだ。
そして、世界樹へ至る寸前、最後の鍵である炎の神剣を授けられた勇者によって討たれ、世界は救われたという。
俗に『神焉戦争』と呼ばわれる伝説である。
異説は多く、ガートランド王国では、勇者は、初代国王である『救世王』エレキウスが見出した盟友とされているが、他国では違った形で伝えられ、時には神の子だったり、異世界からの来訪者だったりもする。勇者がどこの国の生まれなのか、神剣を誰に授けられたのか、なぜ黒衣の魔女を討ったのか、伝承は星の数ほど多すぎて、今では真相などわからない。
されど千年を経てなお、確かな事があった。遺跡から現れて民里を脅かすモンスターの存在と、そこで発掘される現代の魔道技術では再現不可能な超兵器"契約神器"の存在だ。
この世界では、魔術の才能を持つ人間はルーン文字を使うことで、意思の力で物理法則を歪め、世界を書き換える事ができる。
指先にともし火を灯し、わずかな風を吹かし、ひとしずくの水を生み出す。それは、常人では奇跡ともいうべき"力"の発現だ。
だが、遺跡からさまよい出るモンスターは、そして人間と契約を結ぶ事で力を振るう「知性ある武器である「契約神器は、人間の魔術師とは比較にならないほどの規模で、世界を書き換える。
翼竜の吐き出す魔術の炎は町一つを消し飛ばし、巨人機と呼ばれる巨大なヒトガタの契約神器は、長大な槍でその翼竜すら叩き伏せる。
そういった希少な神器の存在は、各国で秘匿され、1000年の歴史の中で、決して表舞台に立つ事はなかった。
しかし、百年前、大陸西方の雄、西部連邦人民共和国の考古学者ルガナン=ゼファノスによって、遺跡の奥深くに眠る、新しい契約神器が次々と発見された。以来、各国を巡る状況は一変する。
あらゆる国が戦略兵器となりうる神器を求めて、各地に散らばる神話の時代の迷宮へと軍を進めた。
繰り返される軍拡と張り詰めてゆく国家間の緊張……。
幸運にも古代兵器の発掘に成功した国の中には、傲慢かつ無法なテロ行為へと手を染めるものもあった。
ナラール国。
同胞であるナロール地方と争い、分派した全体主義先軍国家。
国家主導者の無能から軍事費と指導部の遊興費に予算の全てをつぎ込んだ最貧国は、"契約神器"の存在と、政治的パトロンである西部連邦人民共和国の軍事力を盾に、各国から民間人を拉致し、麻薬や覚せい剤を売りさばき、あまたのテロリスト集団に武器を卸すという、大陸の平和を脅かす最低最悪の暴挙を続けていた。
ガートランド聖王国。
世界で最も古い王家を戴く東方の国家。
長らく続いた平和から専守防衛を謳った憲法を制定し、その結果、王国に敵意をいだく他国による領空領海侵犯にも警告しかできなくなってしまった平和ボケの国。
だが、そんな王国も、ナラールによる度重なる民間人略取の被害を受け続け、ついには拉致被害者を奪還すべく、一石を投じようとしていた。
2
大陸東方の経済国家ガートランド王国と、大陸西方の巨大軍事国家西部連邦人民共和国の間には、『大断崖』と呼ばれる天然の空隙が存在する。
『神焉戦争』の爪あとと伝えられる"それ"は、天を貫く巨大なむきだしの山と、地の底まで続く深い地割れが幾重にも連なっている。天候と地脈の異常から、人力による踏破は勿論、飛行や転移魔術によって越えることすら叶わない、絶対の壁。この『大断崖』の存在ゆえに、王国と共和国は陸戦による全面戦争が不可能となり、幾度かあった戦争の多くは海戦によって行われた。
だが、まったく無かったわけではない。
両国がぶつかるとき、陸戦の通路となるのが、『大断崖』に面した北のナラール地方であり、また南のナロール地方だった。地政学的に東西を結ぶ重要な拠点であるがゆえに、ナラール・ナロールの地は狙われた。『神焉戦争』以来、王国に併合されたわずかな期間を除いて、この地は保護者面した西部連邦人民共和国の代々の政権によって踏みにじられた。
ナラール・ナロールを治める王は、西部連邦人民共和国の使者を迎えるたびに土下座して床に頭を打ち付けて出迎え、数千人の女奴隷や農作物を貢がされた。
千年の属国……。歴史に残っていない『神焉戦争』以前を含めれば、より長いかもしれぬ陰惨な忍従の歴史。それゆえに、彼らは"西部連邦人民共和国でない"仮想敵を必要とし、史書や史物が残す「本来の歴史」ではない、「あるべき歴史」を必要とした。
ナロール国では、五千年前にはナロール国が西部連邦人民共和国の領土の大半を支配し、王国を打ち立てたのもまたナロール人であるという歴史が史実となっている。
王国は、ナロール人が「恵んでやった」ゴミのような文化をうやうやしく受け取り、繁栄したにもかかわらず、武力で以ってナロールの地を焼いて、ナロール人が受け取るべき正当な繁栄を強奪したのだと。
冷静になって、王国共和国間の文化交流の通路になっただけで、恵むも何も独自の文化なんてなかったのでは? とか、そんなに凄い文化だったのに、何で王国相手に瞬殺されるのよ? とか、粒ぞろいの英雄、文化人を輩出したとか言うわりに、残ってる名前がテロリストくらいしかいないってどうよ? とか、有名なサクセスストーリーで「医学に長じた女官が功績を称えられ、王の妾となることを許されました」って、それって出世じゃないやん、どんな酷い歴史……とかツッコミを入れてはいけない。ナロールでは、真実の歴史に気づいては、生きてはゆけないから。
そういうわけで、ナロール国では、ある程度以上のお金を得たり、海外に留学したりすると、そのまま海外に出てナロール国には帰らない。ナロール国の知的人材やら、財産やらは流出の一方で、国はどんどん傾いてゆく。
愚かだ。―――そう、ナラール国中尉、キリル・フラムチェンコフは、仇たる同胞を嘲笑う。
過去の歴史が恥辱に満ちている? だから、偽りの歴史を教え込み、自慰的な快楽に酔う?
それは結構。だが、そんなもので満足できるのか? だから南の奴隷階級は愚かなのだ。王国も、共和国も、その手でねじ伏せて支配してしまえばいい。
輝く未来の前には、過去など何の意味を持つだろう? 王国人も、共和国人も、ナロール人も、偉大なるナラール人のエリートたる自分に跪き、靴を舐める。
新世界では、王国と共和国の輝かしい歴史こそ、真なる華、ナラールを称える添え葉となるのだ。それだけの『力』が、"契約神器"には在る!
「我らナラールの黄金なる未来の為に、貴様らのような反政府主義者は邪魔だ。わが聖剣の錆となれ!」
ナラール軍によって追われ、『大断崖』へと追い詰められた反政府活動家たちを、キリル・フラムチェンコフの駆る、巨大な黄金の翼と剣をもった白銀の巨人が狩り尽くす。
一部の者は、裏市場から購入したらしい十数体の青銅巨人に乗り込んで、がしゃがしゃとボウガンを構えたが、……遅すぎる。
まるで止まっているようだと、キリル・フラムチェンコフは、細い目と彫りの深い顎を歪めて笑った。
共和国との国境にある山から吹き降ろす風と、大断崖から吹き上げる風に煽られるように、赤土の大地の上で、三体の青銅巨人は四肢を断たれて吹き飛んだ。
彼らには、何が起こったのかすらわからなかっただろう。白銀の巨人が右手に構えた黄金の剣。その刀身が、輝きを発しながら、十二に分かたれ、360度全方位から斬り込んだのだ。
黄金の翼をはためかせて飛ぶ白銀の巨人には、青銅巨人の放つ矢などかすりもしない。
白銀の巨人は、常人には認識すら不可能な超絶機動で青銅巨人を翻弄し、破壊する。
決して傷つくことなく、ただ邪悪なる剣のみを折る様は、まさしく聖剣!
「…………」
そんな白銀の巨人による一方的な処断劇を、近くの禿山から、一人の少女が見下ろしていた。年の頃は未だ10に足らずで、硝子人形めいた面差しはあどけない。少女は、亜麻色の髪と細い肢体を白いローブに包み、虚ろな青灰色の瞳に戦場を映しながら、小さな両の腕で灰色熊のぬいぐるみをだいて、山間を渡る風になぶられるまま、無言で立ち尽くしていた。
山肌に立つ少女の姿を先に視界にとらえたのは、追われるゴーレム達の方だった。彼らは砂糖菓子を前にした蟻のように、あるいは天上から降りる一本の糸を見つけた地獄の虜囚のように、口々に人質にしろと叫びながら、幼い獲物を目掛けて殺到した。
「イスカ。準備を――――」
か細い腕に抱かれた灰色熊のぬいぐるみが、否、ぬいぐるみに宿る契約神器の意思が、戦闘の開始を告げた。
盟約者たる少女のわずかな肯きに呼応するように、ぬいぐるみの背の糸が解れ、無骨な黒い金具が飛び出した。ボルト、銃身、マウント、弾倉、それらは瞬時に組みあがり、主の身の丈を越すほどに長大な一丁の狙撃銃を完成させる。銃に似つかわしくないぬいぐるみは、背の解れを短い前足で器用に編みなおし、銃身にしがみついたまま、観測手としての役目を全うする。
「標的まで距離1000。1時方向より30Nの風、障害多数。拡散氷結弾の使用を進言します」
「ベル。……だいじょぶ、だから」
イスカは、首を横に振った。必要ない、と。
彼女の持つ対物狙撃銃の有効射程はおよそ2500m。特製の25mmの徹甲弾は多少の障害などものともしない。薄い岩壁を溶けたバターのように切り裂いて、青銅巨人の装甲に風穴を空けることだろう。
この契約神器こそは、少女がかつて師事した、一人の冒険者から与えられた大切な贈り物。相棒にして……
「これから行動を共にする以上、我がほうの力を見せることが必要です。弾丸は惜しまずに。頑張りましょう、イスカ」
イスカにとって頼れる保護者、だった。
「……ン」
ゴーレム達が迫ってくる。都合、七体。彼らは、少女が銃を所持していても、怯えはしない。
誰が信じられる? いたいけな少女が、自身の体重よりも重い狙撃銃を、立ったまま構えるなど。
反政府主義者達は、彼女が銃を扱えないと疑いもしなかったし、幼子を盾に使うことになんら良心の呵責を覚えなかった。
「おい、この娘を殺されたくなければっ」
小さな四肢を引きさかんばかりの勢いで、巨大な鋼の腕を伸ばす青銅巨人達。……ここに、反政府主義者達の命脈は尽きた。
イスカは、本来ならば伏せて撃つだろう超重量の長銃身を迫る脅威へ向けて、引き金をひいた。接近していたゴーレムが三体、たった一発の銃弾に胴と腕と肩を貫通されて転倒する。けれど、これはまだはじまりに過ぎない。
「いかりの日。
その日は、ダビデとシビラのよげんのとおり
世界が灰にかえる日です
審判者があらわれて
すべてがきびしく裁かれるとき
そのおそろしさはどれほどでしょうか」
反政府主義者達にとっては、悪夢だったろう。
「くしきラッパのひびきが、かくちのお墓から、あらゆる者を玉座の前にあつめるでしょう。
つくられたものが、裁くものに、いいひらくためによみがえる時、
死者も生者もおどろきふるえるでしょう」
次々と対物狙撃銃から撃ちだされる、蒼く輝く魔術文字を刻み込んだ弾丸は、首元や脇下といった装甲の薄い箇所を的確に撃ちぬき、コックピットを操縦者もろともに氷室へと変えた。
「書物がさしだされるでしょう。
すべてが書きしるされた、この世をさばく書物が。
審判者がきたる時、かくされていたことはすべて明らかにされ、罪をのがれるものはありません。
その時あわれな子羊は何を言えば良いのでしょう? だれにかばってもらえば良いのでしょう?
ただしい人ですらおののくさばきの時に」
反政府主義者達の悪夢は終わらない。
弾丸に刻み込まれた魔術文字は組み合わさって魔法陣を形成し、青銅巨人達を内部から乗っ取るように魔法陣の一部に組み込んだ。
刹那の後、数百の魔法陣は蒼い閃光を発して連鎖爆発を起こし、反政府主義者達とその乗機を氷の柱へと変えてしまった。
「救われるべき者を救われる、おそるべきみいつの王よ、あいをたたえる心の泉よ、お救いください」
遺されたのは、もうもうとけぶる冷たい霧と、荒涼たる赤い大地に立つ墓石のような氷柱の群れだけ。
「やすらかなねむりを(エイメン)」
(もう少し、ですね……)
灰色熊のぬいぐるみは、銃身の上で千年前の戦いに思いを馳せた。
金色の髪の半神に抱かれた長銃(自分)と、赤毛の青年が持つ杖(姉)が、戦場で向き合っている。神がかった狙撃の腕を持つ盟約者と、圧倒的火力で友軍を屠った宿敵は、いくども戦場であい見え、時には味方として、多くは敵として銃弾と砲撃を交わした。かつての盟約者が、宿敵に劣っていたとは思えない。撃ち倒せなかったのは、自身の"契約神器"としての非力ゆえだ。
(姉様。……今度こそは、負けない)
破壊せねばならない。あの裏切り者を。あの契約神器あればこそ、『神焉戦争』で盟約者と創造主は破れ、すべての邪悪を押し付けられたのだ。許せるはずなどありはしない。断罪し、贖わせねばならない。
「共和国の殺戮人形か。良い性能だ」
白銀の巨人が、轟音と共に少女の前に降り立った。
油断なく、黄金の剣を向けて、随伴兵たちに指示を飛ばす。
「生存者は手足を折って連れてゆけ。死者は腹をさばいて、吊るしてさらせ!」
「……」
悲鳴が荒野に響きわたり、赤黒い血がびしゃりと大地を濡らした。
イスカはただ黙って、硝子のような目で惨劇を見つめていた。
ベルゲルミルが見ていられないとばかりに抗議の声をあげた。
「捕虜と戦死者には尊厳をもって接するべきでは?」
「フン。墓を掘り返して鞭打つのが共和国の流儀と聞いているぞ」
……否定できない。こと敗者への蹂躙という点において、共和国の闇の深さはナラールの非ではないのだから。
イスカはたしなめるようにベルゲルミルの背を撫で、銃をおろして敬礼した。
「あなたがキリル・フラムチェンコフ大尉? 共和国からきたイスカ・ライプニッツです」
「そうだ。ナラールが誇る”聖剣”。偉大なる勇士、キリル・フラムチェンコフとは私のことだ」
白銀の巨人の頸部が開き、黒髪を脱色して金色に染めた、細い眼の青年が身を乗り出した。
銃身に腰掛けたぬいぐるみと視線で火花を散らし、値踏みでもするかのようにイスカの小さな体躯をねめつけた。
「……フン。知っているぞ。紅い道化師の性奴隷、ヴァイデンフュラーの殺戮傀儡。さぞかし主人に可愛がられてきたのだろうな」
「もう一度、その汚い口をっ」
「ベル……だめ」
イスカは、そっとぬいぐるみの首筋を撫でる。
ベルゲルミル。彼女のアーティファクトに宿った意識は、聡明ではあるのだが、少々血の気が多いのが玉に瑕だ。
「あいさつに……きたの。キリル・フラムチェンコフ大尉。共和国前主席教主マルティン・ヴァイデンヒュラーと、ナラール国元帥ユーリ・オールドマン元の命により……アナタの王国行きに同行します」
「ほう。慰安人形風情が、ナラールの栄誉あるアーティファクト奪取計画に参加すると? いったい何のために?」
「王国をうちたおし、大陸にあたらしいちつじょをきずくために……」




