秋の廟所
人、とあなたが呼ぶとき、人は果たして人だろうか?
数多の人の中から1人と巡り合うとして、そうしてその人の名前を呼ぶとしたら、それはやはり人だろうか?
中秋の名月は今年は分厚い雲に隠れてしまい、真っ暗な中に虫の声だけが響く十五夜となった。
次の名月は十三夜。今よりは寒くなるし、そろそろ秋のやつを埋葬する準備を始めねばならないだろう。いくら初冬が温暖化で暖かいとは言っても、秋の寿命はそんなに伸びない。精々11月末までが限界で、12月まで生き延びたような秋は身体の傷みが本当に激しく、むごくて見ていられない。
「あー……残念だなぁ、お月様は今回お預けかぁ」
「残念だよなぁ、今年に限ってこうなんだから」
残念がる秋。人の姿をしているけれど、人ではない。今年来た秋の、精神の核のようなものが、人の姿をとって現れる。四季それぞれに人の姿を持つ実体があり、寿命は本当に短い。三か月そこそこの寿命を終えた彼ら、彼女らを、人とは別に葬るお墓がある。
四季の廟所。季節を葬り、悼んで、記憶する場所。巡る季節を毎年尊ぶための、廟所という象徴。僕はそんな四季の廟所の、秋の廟を清掃、保全する秋の墓守だ。春と夏に比べれば、秋の廟所は素朴なものだけれど、それでもやっぱり廟所は静謐なのに荘厳な雰囲気があって、訪れる人も少なくない。
「夜の月も良いんだけどね、よく晴れた日の昼の月も良いんだあ、すごく。君は見てる?」
秋の問いかけに、僕は、ああ。と笑って頷いた。
「もちろん見てる。秋の空の月は昼に見ても本当に見事だ。輝いてなくても。なんであんなに綺麗なんだろうな」
口にしながら、心の奥がじんと痺れるのを感じた。秋の墓守になって何度目かの秋。秋は毎年訪れて、同じ秋は二度とはない。でもこうやって、秋と言葉を交わせば、毎年来る秋のたましいは、その芯の部分に同じものがあるのを感じる。月夜だけでなく、真昼の月を愛する心も、そういう秋らしい心の発露だ。
「綺麗さってね、知ってる?」
「うん?」
「自分の心も大切なの。綺麗なものを綺麗と感じるには。私の心が萎びたり腐っていたり、冷えて乾いたりしたら、綺麗なものは見れないんだ。私の目がダメになるから」
「心構えも大切って話?」
秋はたまにこう、謎めいた詩的な言い回しをしてくる。ちょっと頭が追いつかなくて胡乱な返事をすると、秋は、なんだかもどかしそうに、もう。と苦笑した。
「君がいるから月も綺麗に見えるんだよって話なんだけど」
「えっ」
「……遠回りなことはやめにしようよ。私、ね、君のことが好き。たぶん、私だけじゃないよね?前の秋も、その前の秋も、ずっと君のことが好きだった」
「……覚えてるのか?」
「覚えてるのとはちょっと違うかな、わかるの。去年の秋の心って、次の秋にも少し引き継がれるから。だから、何回も続くと、最初から君のことが好きな、私みたいな秋が来るんだよ」
「そうだったのか……あの、知らんぷりして、ごめん」
端から季節としての秋は好きで、そして墓守になった年、僕は秋に恋をした。良くないことだとはわかっていて、両想いになって、そうして、秋の運命どおりに命を終えた彼女を、泣きながら見送った。
その次の年も、またその次の年も、秋は来て、いずれ終わることが分かっていたけれど、好きにならずにいられなくて、秋の間僕らは恋人同士になった。そうして僕は、秋を見送る瞬間に毎度泣いた。
「ちょっとびっくりしたけど、去年もだった?」
「あ……えーと」
「びっくりしただけ。気持ち悪いとかじゃないの」
「うん、去年もだったよ」
「そっかあ……」
墓碑にも残っているが、去年来た秋は男性だったのでそりゃ見る人から見れば常識的ではない。単純に同性だからというより、お前は秋だったら何でも、誰でも良いのかと、そういうことを言われたら反論ができない。
秋だから好きなんだと強弁してみても、毎年来る秋は完全な同一人物じゃないのだから。そこにエゴにまみれた汚らしい欲望が無いだなんて、とてもじゃないが僕は言えない。
「私のこともちゃんと、秋のひとりとして覚えててくれるかな」
「当たり前だろ。忘れるわけない」
「でも、来年も再来年も、秋は来るよ?何人も何人も秋を好きになって、そうしてるうちに、私のことなんて、たくさんいる秋のうちのひとりに埋もれちゃうんじゃないかなって」
今になって急に闇夜が重苦しい。僕はひどい浮気者だろうか。秋が好きだからといって、目の前の彼女を泣きながら葬るくせに、来年も再来年も、僕は巡ってきた秋を愛してしまうだろう。それはもしかして、ぞんざいにだらしなく複数の女と関係するどこかの人でなしと、大差ない行いなのだろうか。
「違う。君を、ちゃんと特別にしたい。君のことが特別だって、君にも信じてほしい。……どうすればいい?」
すがるような自分の言葉がひどく醜く感じた。今までの行いに自信がなくなったから。だから、急に目の前の彼女に、こうやって責任をかぶせたがるのだ。
だめだとわかっていて、それでもやってしまう。僕は、自分が愚かだということに今の今まで気が付かなっただけだ。
「あのね……。少し、とんでもない話。驚かないで聞いてくれる?」
「うん」
「季節はね、ちゃんと人になれるんだって」
「人に?」
「そう。ちゃんと、その、人の精を受けて、その他にもこう、ちょっといろいろ。そうすると、私の身体も全く人間になるんだって。秋の終わりにこの廟所に葬られなくてもいいんだって……君と、ずっと生きられる」
ためらいがちに、そんなことを言う秋。色っぽいのか生々しいのか。
たぶんこれも、良くないことだ。空の下に誰でも、分け隔てなく来る秋を、独り占めしたいだなんてことを、考えることがすでに罪に近いし、それを実際にやってしまったら、僕は墓守をクビになるくらいではすまないだろう。
けれど。たとえ、大馬鹿者とそしられようとも。
「ちゃんと教えてくれるか?頑張る。やってみる。君を人間にして、ちゃんと恋人になって……それで、死ぬまで一緒にいよう。」
暗闇の中、秋の手を握る。ぎゅっと握り返す秋の手が暖かくて、いとおしい。
「ちょっと……君の手、冷たいよ」
秋が不満げにそんなことを言う。
「ごめん、緊張するんだ」
世の男の中でも、僕は多分けっして出来の良いほうではなくて。これからも不完全に、迷ったり悩んだり、自分がいかに大馬鹿か突きつけられたりして、いつまでもちゃんとした男になんかなれないんだろう。
……いいや、なれなくったっていい。秋のことが好きだから。彼女が欲しがった愛の証というものを、一生かけたって彼女に届けよう。闇夜のなかで、互いに握り合った手の感触だけは、この世の何より確かな気がした。
「……これで引き継ぎは終わりです。休みがほとんどないので、けっこう大変ですよ」
今度来た新しい秋の墓守に、ひと通りの仕事を教えてからそう言う。新しい墓守は活力に満ち満ちている若い男で、ハイッ!と元気な返事をにこやかに返す。
「秋も美人揃いだから。うっかり惚れちゃだめだからね?私たちみたいになっちゃうんだから」
横からすっと出てきてそんなことを言う彼女。うーむ。おっしゃるとおりだ。そんなうっかりがあったら最後、右目をここに置いて、ここで築いた貯金も何も取り上げられて一文無しで街に放り出される羽目になる。なるべくならそういう人生は回避するのが賢明だ。
「ノロケだなあーそれ、あっはっは」
惚気てると言われればそれはそうか。
僕の後任は重ね重ね元気が良い。僕はこの後任のことが少しだけ心配で、それもきっと、よくあることなのだと今さら気がついた。
「よい秋が来ますように」
墓守の離任の挨拶をして、彼女と共に街へ歩き出す。無くなった右半分の視界。でも、その半分と引き換えの彼女との人生は、失ったものを補って余りある。振り返ると、後任の彼はまだにこにこと笑いながら僕らに手を振っていた。
恋愛もの試作ふたつめ。裏テーマは「愛していることの証明ってなんだろう」
だめだぁ……どうしても流れがまとまらない、書いているときはなかなか楽しいのに読み返すとおかしな作品しかのこってない。
気を抜くとまたぞろ暗ーいお話をぐずぐず書きそうな気配を感じたので、ハッピーエンドを自らに課して書いた。中秋の名月には投稿間に合わず残念。




