蜜柑色の手紙
夕闇の中、私の家の前に一人の郵便局員が立っている。彼は右手に封筒を一枚持っていた。
「毎年、ごくろうさまです」
私がそう言うと、彼はにこりと笑い、その封筒を私に手渡した。彼がバイクで立ち去るのを見届けてから、私は家の中に入った。
買い物袋を机に置き、椅子にゆっくり腰を下ろす。そして、封筒を開いた。オレンジ色の便箋が一枚。そして、懐かしい丸文字が目に入った。
『やあ、元気だったかい? 今年もまた君がこの手紙を見てくれて嬉しいよ。美里の様子はどうだい? そういえば、今年から小学生か。あの子は君に似て小柄だから、合うランドセルがなかなか見つからなかったかもしれないね。
仕事の方はどうだい? 君はなんでも一人で背負いこもうとするから、それだけが心配だ。あまり無理をしないでほしい。じゃないと、僕みたいにいつかパンクしちゃうから。
そうそう。ここの病室の窓から蜜柑畑が見えるよ。実をつけるのはまだ先になりそうだけど、窓を開けると僕の大好きな香りがするんだ。君がつけていた香水によく似ている。柑橘系の、甘酸っぱくて温かい香り。目を閉じてそれを感じていられる瞬間が、今の僕の唯一の楽しみなんだ。その一瞬だけ、僕は悲しみや、恐れみたいな感情の類を忘れることができるから。
残り一ヶ月。その間に、僕はどれだけの手紙を君達に遺せるかわからない。伝えたい言葉はたくさんあるのに、時間がそれを待ってくれないのは、僕にとってひどく酷なことだ。だから会いに来てほしい。一年に一度でいいから、美里と一緒に。これが、僕のたった一つのわがままだ。
ちょっと長くなってしまったね。読んでくれてありがとう。じゃあ、また来年。』
私は手紙を読み終えると、そばにあった小箱を開けた。中には同じ色をした便箋が四枚入っていた。あなたが亡くなってから、もう五年が経つ。私はいったい、あと何枚、あなたの遺してくれた手紙を見ることができるだろう。願わくは、この箱がいっぱいになるまで――そう思い、私は箱を閉じた。
今年もまた、会いに行きます。あなたの好きだった、蜜柑の花が咲くころに。
ふと、どこからか蜜柑の香りがした。