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【完結】【連載版】悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の婚約破棄を阻止するのも私の仕事です  作者: 天地サユウ


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第九話 無期限延期

 プロポーズから一夜明けた、午前6時。

 私はいつものように、お嬢様の寝室へ向かう。


「おはようございます、お嬢様」


 私が扉を開けると、そこは異様な熱気に包まれていた。

 壁一面に張り出された羊皮紙。床に散乱する図面。

 そして、ベッドの上で仁王立ちし、血走った目で指示棒を振るうお嬢様。


「遅いわよ、アメリア! タイム・イズ・マネーでしょ! 挙式までの時間は1秒たりとも無駄にできないわ!」


 お嬢様は、昨日の『か弱き乙女(気絶)』が嘘のように、女帝モードに入っていた。

 愛の力が羞恥心をねじ伏せ、野望へと変換されたようだ。

 その周囲では、数名のメイドたちが青ざめた顔で直立不動のまま、お嬢様の演説を聞かされていた。彼女たちは完全に怯えきっている。


「いいこと? この結婚は聖戦よ! 見つめる女は目を潰し、触れる女は手首を切断、名前を呼ぶ女は舌を抜いてやるわ! これこそが永遠の愛よ!」


 完全に『ヤンデレ』の極みである。

 お嬢様にとっての結婚は、ゴールインではなく『侵略』に近い。


 メイドたちは涙目で私に助けを求めている。

 これ以上、彼女たちに共犯者の片棒を担がせるわけにはいかない。

 私はパンパンと手を叩き、冷徹な声を響かせる。


「はい、そこまで。解散です」


 私の静かな一言に、メイドたちが弾かれたように顔を上げる。


「さあ、通常業務に戻ってください。ここからは私が引き取ります」


 私の言葉が終わるや否や、メイドたちは「アメリア様、後は頼みます……!」と目で訴えながら、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。


 部屋には不満げに頬を膨らませた、お嬢様だけが残された。


「むぅ……何よ、アメリア! せっかくみんなに『愛の心得』を説いていたのに!」

「却下です。それは犯罪予告です」


 私はため息をつき、お嬢様が書いていたメモを拾い上げる。


 『挙式会場爆破計画』。

 『ライバル抹殺リスト』。

 『新婚旅行(無人島サバイバル編)』。


「お嬢様、その情熱は素晴らしいですが(殺意が高いですが)、一つ致命的な問題があります。王家が、その『過激思想』を許容するかどうかです」


 その時、部屋の扉がノックされ、エルシーさんが青ざめた顔で飛び込んでくる。


「アメリアさん、大変です! 王宮から使者が……グレン卿がいらっしゃいましたです! それも、なんだかすごく胃が痛そうな顔です!」

「そうでしょうね……」


 お嬢様のこの『愛の殺害予告』のような独り言は、おそらく屋敷に潜む王家の密偵、もしくは庭師あたりによって筒抜けだったのだろう。


「お嬢様、着替えてください。戦闘服ではなく、一番おとなしい服で。王家からの『待った』がかかりましたよ」

「そ、そんな……」


 ◇


 応接室の空気は重かった。

 グレン卿は昨日よりもさらに深くなったクマを指で押さえながら、目の前に広げられた『お嬢様考案・結婚式計画書(凶器リスト付き)』を眺めている。

 

「アメリア、これは本気か?」

「はい。主人は『愛の障害は全て物理的に排除する』という、純粋かつ過激な愛の信奉者ですので」

「『参列者全員に誓約書(破れば死)を書かせる』というのは?」

「愛の重さの表現です」

 

 グレン卿はバインダーをパタンと閉じ、天井を仰いだ。

 隣に座るお嬢様は、不満げに扇子をパタパタさせている。

 

「これの何が問題なのよ!? 愛する殿下のために、世界を敵に回しても戦う覚悟を示しただけよ!」

「ロザリア嬢、その『世界を敵に回す』という発想が、王太子妃として問題なのです」

 

 グレン卿は冷徹に告げた。

 

「国王陛下より勅命です。『婚約は認める。ただし、結婚は無期限延期とする』とのことです」

「はあぁっ!? なんでよ! 相思相愛じゃない!」

「相思相殺の間違いでは? 殿下はともかく、貴女のその……溢れすぎる殺意と独占欲、そして破壊的な美学。これらが矯正され、真に国母となるべき『慈愛』と『教養』が身につくまで、結婚は許可できないとのことです」

 

 お嬢様が「慈愛ならあるわよ! 殿下限定でね!」と叫ぼうとしたが、私が口を塞いで止めた。

 グレン卿は一枚の書類を提示する。

 

「条件は一つ。『王立淑女アカデミー』への入学。そして『あなた王妃教育課程を首席で修了すること。期間は最低2年。その間、殿下との個人的な接触は『月1回のお茶会(監視付き)』のみに制限されます」

 

 ――接触制限。

 その言葉が、お嬢様の逆鱗に触れる。

 

「ふざけないで! 月1回ですって!? 殿下成分が足りなくて死ぬわ! 干からびてミイラになるわ!」

「死にません。それに、これは殿下を守るためでもあります。今の貴女を解き放てば、殿下の周囲が物理的に焦土と化す懸念がありますので」

 

 正論だ。

 お嬢様はギリギリと歯ぎしりをする。

 扇子の柄にピキピキとヒビが入る。

 けれど、てっきり泣き出すかと思ったが、お嬢様は違った。

 バッと顔を上げ、爛々と輝く瞳でグレン卿を睨みつけたのだ。

 

「……上等じゃない」

「はい?」

「王家がわたくしに喧嘩を売ろうって言うのね? いいわ、買ってあげるわ! そのアカデミーとやらを制圧して、最短記録で卒業してやるわ! 見てなさい! 一年……いや、半年で淑女の中の淑女になって、文句のつけようのない状態で、殿下を奪いにいってやるわよ!」


 お嬢様はやる気満々だ。

 卒業は最短で2年はかかるが、まあ、黙っておくとしよう。

 だが、これだ。この『障害があるほど燃え上がる』面倒くさい性格こそが、お嬢様だ。

 

 私はグレン卿と視線を合わせる。

 彼は「頼むぞ」という目で私を見ている。

 つまり、「この猛獣が学園を破壊しないよう、首輪を握っておけ」という意味だ。

 

 私は手帳を開き、素早く計算する。

 アカデミーへの潜入、情報操作、そしてお嬢様の暴走の後始末。


 これは莫大な経費と残業代が見込める一大プロジェクトになる。

 それに、今すぐ結婚されて王宮入りするよりも、学園という閉じた箱庭の方が、私の資金稼ぎには都合がいい。

 

「承知いたしました。私の業務プランに『学園潜入』と『更生プログラム』を追加します。当然、危険手当は上乗せでお願いいたします」

「承認する。アメリア、君がいてくれて本当によかった」


 常に氷のように冷徹な銀色の瞳が、この時ばかりは眼鏡の奥で、熱く揺らめいていたように見えたが、気のせいだろう。

 

「さあ、お嬢様。早速準備をします。まずはその『殺害リスト』をシュレッダーにかけるところからです」

「なんですって!? せっかく『毒薬の調合比率』までメモしたのよ!?」

「没収です」

「なっ!? 待ちなさい、アメリア!」


 プロポーズ成功でハッピーエンドならよかったが、『淑女アカデミー』への花嫁修業。

 私の安らかな南の島ライフは訪れるのだろうか。

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