第七話 清楚と反省
『ポエム公開朗読事件』から三日後。
サザランド公爵邸、ロザリアお嬢様の寝室。
ベッドの布団が小山のように盛り上がり、お嬢様の陰気な声が聞こえてくる。
「アメリア、私はもう死んだわ」
「お嬢様、死人は喋りませんし、朝食のパンを五つも完食しません」
私は空になった皿を片付けながら、冷淡に告げる。
あれ以来、お嬢様はこの有様だ。
愛する王子と、王国の重鎮である宰相、さらに若き補佐官の前で、あんな恥ずかしいポエム(魂の叫び)を朗読されたのだ。
乙女としての尊厳は、すでに消し炭になっている。
だが、私には慈悲という感情はあっても、業務放棄という選択肢はない。
「お嬢様、いつまでダンゴムシのように丸まっているのですか? 布団の中で腐っていても、あの日の事実は消えませんよ」
「うるさいわね! あの日、私の心は死んだのよ! 一生ここで天井のシミを数えて暮らすわ!」
「そうですか。では、この白い封筒も破り捨てておきますね。王家からの書状を破損した罪は、公爵家の資産没収で償うことになりますが、よろしいですね?」
「お、王家からの書状……?」
私が銀のトレイに乗せた手紙をゴミ箱へ入れようとすると、布団から目にも止まらぬ速さで手が伸びてきた。
「アメリア、待ちなさい!」
お嬢様がのそりと布団から顔を出す。
ボサボサの髪、真っ赤な目、ひどい顔だ。
「はい。クロード殿下からの『お茶会』の招待状です」
その瞬間、お嬢様が固まる。
時が止まる。
そして爆発する。
「ぎゃああああっ!! 無理無理! あんな醜態を晒した後に、どんな顔して会えばいいのよ!? 顔面を削ぎ落としてから行けばいいの!?」
「グロテスクですので却下です。殿下は『先日の誤解を解き、ゆっくりと語り合いたい』と仰っています」
実のところクロード殿下は、あのポエム事件を情熱的なアプローチとして好意的に受け止めていた。
鈍感力も極まれば、それも才能だ。
「断るわ! 『腹痛で死にそうですの』と書いて送り返してちょうだい!」
「王族からの招待を断れるのは、冠婚葬祭か重篤な病のみ。仮病がバレれば、それこそ不敬罪。私のボーナスが罰金に消えるのは御免です」
「ううぅ……鬼! 悪魔! 守銭奴! アメリア!」
「お褒めにあずかり光栄です。最高の褒め言葉として受け取っておきます」
懐中時計を確認する。
出発まであと1時間。これ以上の問答は時間の浪費。
私は実力行使に出ることにした。
「支度を始めますよ。出発は1時間後です」
「絶対に嫌よ! わたくしは、この布団と結婚するの!」
お嬢様がベッドの柱にしがみつく。
その握力は火事場の馬鹿力、いや、羞恥心が生み出した野生のパワーだ。
「往生際が悪いですよ。エルシーさん、応援を」
「はいです!」
控えていたエルシーさんが飛び出し、お嬢様の左足を掴み、私が右足を掴む。
ズルズルと引き剥がされる、お嬢様。
爪が大理石の床に痕を残すほど抵抗するが、多勢に無勢だ。
「嫌ぁぁぁ! 売られるぅぅぅ!」
「売りません。ただの化粧というメンテナンスです」
私たちは暴れるお嬢様をドレッサーの椅子へと連行し、強制的に座らせる。
鏡に映ったのは、ボサボサの髪と目元のクマ。さらにパジャマ姿という、まさに世紀末の令嬢の姿。
「ひっ……!? あ、あんた誰よ! この化け物!」
「お嬢様です」
私は冷徹に告げ、櫛と化粧道具を構える。
「ここからは時間との勝負です。この事故物件レベルの外見を、1時間以内に『深窓の令嬢』へとリフォームします。総工費は、私の技術料込みで金貨1枚です」
「工費が高いわよ! というか、リフォーム扱いしないで!」
文句を垂れる口にスコーンを放り込み、私は作業を開始する。
髪を梳かし、蒸しタオルで顔の血行を良くする。さらにクマをコンシーラーで隠蔽工作。
その間も、お嬢様は「お腹痛い」「殿下の顔を見たら爆発するわ」と呪詛を吐き続けているが、全て聞き流す。
そして仕上げはドレス選びだ。
お嬢様はクローゼットから、喪服のような漆黒のドレスを引っ張り出してきた。
「今日はこれで行くわ。わたくしの死んだ心を表現するの」
「却下です。お茶会にお葬式気分で参加されては、サザランド家の株価が暴落します」
私は喪服ドレスを奪い取り、代わりに用意しておいた淡いブルーのドレスを押し付ける。
「本日のテーマは『清楚』と『反省』です。この淡い色は殿下の警戒心を解き、かつ肌のくすみを飛ばす効果があります」
「ううぅ……こんな可愛らしい色、今のわたくしには似合わないわよ……」
「中身とのギャップは計算済みです。パッケージ詐欺と言われようと、今日はこの清楚な皮を被っていただきます」
コルセットを締め上げると、お嬢様から「ぐえっ」という声が漏れたが、これも美しさのためだ。
最後に髪をハーフアップにし、真珠の髪飾りをさす。
完璧だ、鏡の前には先ほどの化け物が嘘のような、儚げで美しい公爵令嬢が立っていた。
口を開かなければの話だが。
「アメリア、やっぱり無理よ。足が震えて立てないわ」
「大丈夫です。その姿も生まれたての小鹿のようで庇護欲をそそります。それに今日の任務はリハビリです。お嬢様のメンタルを修復し、殿下とのデートを成功させること。失敗すれば、私の老後資金計画に遅れが出ますので、死ぬ気でやってください」
「貴女の老後のために死にたくないんだけれど!?」
涙目のお嬢様を、エルシーさんと引きずりながら、私たちは馬車へと押し込む。
戦いの舞台である王宮は、もうすぐそこだ。




