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【完結】【連載版】悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の婚約破棄を阻止するのも私の仕事です  作者: 天地サユウ


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第五十話 孤立無援の晩餐会

 限られた王族のみが足を踏み入れることを許される『夜会の間』。

 今宵、ヴィクトリア大皇太后陛下が主催する晩餐会。

 長いテーブルの上座に、大皇太后とクロード殿下が座し、右手には隣国から招かれた美しい大公息女、セシリア嬢。そして左には、孤立無援となったお嬢様が静かに座っている。


 私とエレノア嬢は、テーブルから遠く離れた壁際で、近衛兵の監視下に置かれていた。

 

「クロード殿下、我が国との婚姻は両国に『開かれた国境』と莫大な利益をもたらします」

 

 静寂を破り、大公息女セシリアが優雅に微笑みながら口を開いた。

 

「一人の感情に縛られた閉鎖的な関係は、王室を停滞させます。私は殿下の良き理解者として、他国との架け橋となり、殿下に自由で開かれた治世をお約束いたしますわ」

 

 それは大皇太后の意を汲んだ、完璧な王妃候補としての模範解答だった。

 外交による利益と、健全な王室の在り方。

 私という翻訳を禁じられたお嬢様は、この正論に対し、『嫉妬に狂うだけの令嬢』であることを露呈し、追放される手筈となっている。

 

「……さあ、ロザリア。お前はこの大公息女の提案に、どう反論しますか? メイドの言葉を借りず、お前自身の腹の中にある『狂気』で答えてみなさい」

 

 王宮の絶対権力者からの冷酷な引導。

 しかし、お嬢様は一切の動揺を見せず、ただ静かに、淑女の微笑みを浮かべたまま手元のワイングラスを揺らした。

 

「開かれた国境。自由な治世。ずいぶんと薄っぺらく安上がりな愛ですこと」

 

 お嬢様の瞳から光が消え失せた。

 それは私という『手加減』を取り払った、底知れぬ権力者としての絶対的な威圧だった。

 

「大公息女セシリア様、貴女の国の主要産業である魔石輸出、その最大顧客が我がサザランド家であることをご存知かしら? わたくしが今ここで扇子を一度叩き、『取引停止』のサインを出せば、貴女の国は三日で国家破産に陥りますけれど」

「なっ……!?」

 

 セシリア嬢の顔から血の気が引く。

 

「利益や架け橋などという紙切れ同然の約束で、わたくしのクロード様に触れようなどと傲慢にも程があります。貴女が殿下に近付くなら、わたくしは明日、貴女の国が抱える国債をすべて買い叩き、国家ごとサザランドの属国として焦土に変えて差し上げますわ」

「ば、馬鹿な! 個人の嫉妬で国家間の経済を破壊するなど……!」

「ええ、破壊しますとも。それが何か?」

 

 悲鳴のようなセシリア嬢の言葉を、お嬢様は冷酷に切って捨てた。

 

「王家の玉座を支えるのに、他国との協調などという不確かなものは不要。わたくしの愛は、殿下の視界に入るゴミを排除するためなら、大陸の経済を支配し尽くすことすら厭わない。わたくし以外のすべてを焼き尽くし、殿下を永遠の安全圏(鳥籠)で管理する。……それが、わたくしの愛の形ですの」

 

 剥き出しの狂気。純度百パーセントの独占欲。

 けれど、その狂気を実行できるだけの『圧倒的な財力と覚悟』が伴っているがゆえに、それは単なる嫉妬ではなく、他国を震え上がらせる『究極の国家防衛(抑止力)』として成立してしまっていた。

 

「……ロザリア、お前は一人の男への執着のために、世界を敵に回し、すべての憎悪を一身に背負うと言うのですか? それが、お前の言う王妃の覚悟だと……?」

「男? いいえ、私のすべてですわ」

 

 お嬢様は大皇太后の鋭い眼光を怯むことなく真っ向から受け止めた。

 

「大皇太后陛下、貴女の時代の王室は、さぞかし脆かったのでしょうね。他国の顔色を窺い、妥協で玉座を保たねばならなかったのですから。ですが、わたくしのクロード様には、そのような惨めな思いはさせません。世界が殿下を憎むなら、わたくしが世界を黙らせる。わたくしの狂気のすべてをもって、クロード様の玉座を永遠に守り抜いてみせますわ」

 

 静まり返る夜会の間。

 大公息女は恐怖で声も出せず、近衛兵たちすら圧倒されていた。

 

 私の翻訳がなくとも、ロザリア・フォン・サザランドという令嬢は、異常な愛の重さだけで、世界の理をねじ伏せる怪物(女王)だったのだ。

 

 長い、長い沈黙の後。

 大皇太后はふっと息を吐き、口元に微かな笑みを浮かべる。

 

「……まったく、近頃の若者は愛の重さの使い方が狂っていますね。これでは有能なメイドが『防衛理念』に翻訳してやらねば、他国が恐怖で機能不全に陥るわけです」

 

 大皇太后の言葉に、謁見の間の緊張がふっと解けた。

 彼女はセシリア嬢へ「お下がりなさい」と告げると、クロード殿下へ向き直る。

 

「クロード、お前はとんでもない猛獣の首輪を握らされましたね。……ですが、これほどの狂気を飼い慣らせるのなら、お前の治世は盤石でしょう。この娘の愛は、確かに王室を背負うに足る重さです」

「お祖母様……! あ、ありがとうございます!」

 

 大皇太后からの正式な王妃としての承認。

 殿下は感極まった様子で立ち上がり、お嬢様の手を強く握りしめた。

 

「ロザリア……! 僕のために世界を敵に回してでも玉座を守り抜く覚悟を決めてくれていたんだな! 君のその深く、強大すぎる愛……僕の生涯をかけて応えよう!」

「ッ……!?」

 

 殿下の無自覚で真っ直ぐな感謝と熱烈な言葉を浴びて、お嬢様の顔が、ボンッと音を立てるように真っ赤に染まる。


 大陸の経済を脅かした、お嬢様の仮面が吹き飛び、ここでも照れ隠しが暴走する。

 

「ば、馬鹿じゃないの!? わたくし以外の女がアンタの視界に入るのが許せないから、大陸の経済ごと更地にしてやるって言ってるだけよ! 世界を敵に回すとか美談にすり替えて、嬉しそうに手を握ってんじゃないわよ! おめでたい博愛主義の国庫泥棒!」

 

 お嬢様は扇子で真っ赤な顔を隠し、大皇太后の御前であることも忘れて、早口にまくしたてた。

 殿下は「こ、国庫泥棒……」と苦笑いしているが、その手は決して離さない。

 

 絶対的な狂気の解放からの、愛する人の前でだけ見せる理不尽な暴言。

 王宮の絶対権力者すらも呆れ返る、主君たちの騒がしい愛情表現であった。

 

 ◇

 

 晩餐会が終わり、誰もいなくなった王宮のバルコニー。

 私は夜風に吹かれながら深く息を吐き出していた。


「……生きた心地がしなかっただろう」


 背後から声をかけられ振り返ると、ネクタイを少し緩めたグレン様が、二つのグラスと年代物のワインを持って立っていた。


 いつもの隙のない補佐官ではなく、ただの一人の疲労困憊した男の顔だ。


「お疲れ様です、グレン様。フィルターなしのお嬢様は劇薬ですからね。他国の要人があの場で卒倒しなかっただけでも重畳です」

「同感だ。王室財務局からの特別手当を用意しようと思ったが……今夜ばかりは、金の話よりアルコールが必要だと思ってな」


 グレン様がグラスにワインを注ぎ、私へ差し出す。

 受け取ったグラスの冷たさが、火照った思考を少しだけ冷ましてくれるようだ。


「大皇太后陛下はロザリア嬢を認められた。明日からは、いよいよ逃げ場のない本物の政治の泥沼が相手になる。……君の完璧な翻訳がなければ、この国はもたないぞ、アメリア」

「ご心配なく、お嬢様の暴走で世界が燃え尽きる前に、私がきっちりと算盤を弾いて火消しを行いますから」


 乾杯の言葉もなく、グラスを軽く打ち合わせる。

 大皇太后が去り、狂気の女王が君臨する新しい時代。

 その幕開けを祝うかのように、澄んだ硝子の音が、静まり返った王宮の夜風に溶けていった。

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