第四十八話 卒業式
卒業式。
最低二年という過酷な壁を乗り越え、特例で卒業を許されたのは、お嬢様とエレノア嬢の二名。
在校生たちと教職員、そして来賓として訪れた殿下が見守る中、卒業生代表として、純白のドレスに身を包んだお嬢様が演壇へ上る。
「わたくしはこの学び舎を巣立ちますが、それは自由な空へ羽ばたくためではありません。王宮という玉座の周囲に、いかなる外敵も寄せ付けない『絶対の城壁』を築くために赴くのです。在校生の皆様、ならびに諸卿……」
お嬢様は優雅に微笑みながら、講堂に並ぶ下位の令嬢たちへ、ゆっくりと視線を巡らせた。
「春から、クロード殿下の隣にはわたくしが立ちます。ですから、貴女たちが王宮へ上がる必要はありません。殿下の視界に入ることも、同じ空気を吸うことも、御名を口にすることすら不要です。もしも不純な野心を抱いて玉座に近付く者がいれば……わたくしがこの手で一族もろとも跡形もなく消し去って差し上げますわ」
極めて美しく、淑女の微笑みを浮かべたまま全校生徒に突きつけた、恐るべき『殿下への接近禁止命令』と『絶対的独裁の宣言』。
感謝と希望を語るべき答辞の場で、未来の王太子妃候補が「玉座に近付く者は一族ごと消す」と大真面目に宣誓したのだ。
講堂の空気が凍りつき、在校生たちが恐怖で顔を青ざめさせる。
「見事な国内治安維持宣言ですわね、ロザリア様」
演壇の脇に立つエレノア嬢が、軍の総司令官のような真顔で深く頷いた。
「新政権の発足時において、最も警戒すべきは『内部派閥の乱立による権力闘争』です。玉座への接近を物理的かつ社会的に封じることで、貴族間の無益な派閥争いを未然に防ぐ。これは国家の分断を許さない、極めて冷酷で完璧な国内統制ですわ」
お嬢様の狂気的な独占欲による脅迫を、軍事的な治安維持と、派閥統制の観点から絶賛するエレノア嬢。
学園長が「神聖な答辞の場で、一族の抹殺などと……」と、震える声で立ち上がると、私は静かに歩み演壇の横で深く一礼した。
「失礼いたします、学園長、ならびにクロード殿下。主人が宣誓されたのは他者への排斥ではなく、春からの新体制における『絶対的な国家安定の確約』でございます」
ただの嫉妬による全校生徒への脅迫が、見事なまでに『国家の分断を防ぐための、強固な政治的決意表明』へとすり替える。
「王室の周囲に不確定要素である他家の令嬢を置かず、すべての責任と重圧をサザランド家が背負い抜く。これは、いかなる内部抗争の火種も許さないという、未来の国母としての重く、そして慈悲深い『中央集権の誓い』に他なりません。主人は自らが憎まれ役となってでも、殿下の治世に平和をもたらすことを、この場で誓われたのです」
完璧な論理の構築。
「独占欲」という私情が「国家と玉座を守るための自己犠牲と覚悟」へと反転し、講堂の空気が恐怖から、一種の畏敬へと変わっていく。
演壇から下りたお嬢様へ歩み寄り、殿下は深い感動の面持ちで恭しく手を取った。
「素晴らしい答辞だったよ、ロザリア。君の気高く、すべてを懸けた愛と覚悟、しかと受け取ったよ。これからは王宮で共に歩んでいこう」
「ば、馬鹿じゃないの!? アンタが誰にでも甘い顔を向けるから、わたくしが視界に入る害虫どもを事前に駆除する羽目になってるんじゃないの! この無自覚顔面凶器!」
お嬢様はバサッと扇子で顔を隠し、殿下にだけ聞こえる小声で、またしても早口にまくしたてた。
殿下は「が、顔面凶器……」と苦笑いしながらも、その手を離そうとはしなかった。
◇
卒業式が無事に終わり、春風が吹き抜ける学園の正門前。
私は王宮へと向かう馬車の前で、移送する荷物の最終確認と、膨大な『王宮内への私物持ち込み申請書』の束と睨み合っていた。
そこへ王宮からの迎えを先導してきたグレン様が、静かな足取りで歩み寄ってくる。
「……見事な手際だった。ただの全校生徒への脅迫が、国家安定の確約と中央集権の誓いに変わるとはな。おかげで在校生の親である貴族たちも、王宮への過度な干渉を控えるだろう」
「お疲れ様です、グレン様。お嬢様の愛(独占欲)は極めて強固ですので、中途半端な派閥争いなど起きる前に鎮圧されます」
私が淡々と答えると、グレン様は微かに苦笑し、鞄から王室の紋章が入った革張りの手帳を差し出してきた。
「王室補佐室の、君の新しい身分証と、王宮内の全権通行証だ。明日からは学園という箱庭ではなく、本物の政治の泥沼が相手になる。君のその完璧な翻訳と計算処理が、これまで以上に必要だ」
「それは重畳です。王宮という巨大な金庫の管理、腕が鳴りますね。私の老後資金の運用も、いよいよ本格的なフェーズに入りますから」
「ああ。君という有能な頭脳への投資は、私の生涯賃金を懸けた長期プロジェクトだからな。……王宮でも、私の向かいのデスクで頼むぞ、アメリア」
「補佐室の予算の底の底まで回収させていただきますね、グレン様」
春の光に包まれた正門で、私は少しだけ口角を上げ、静かに一礼した。




