第三十六話 運命の占星術
青薔薇サロンでの歓待を終え、私たちは学園祭の一般公開エリアへと足を踏み入れた。
お嬢様がクロード殿下の腕を引き、真っ先に向かったのは、怪しげなテント――『運命の占星術の館』。
「さあ、ここよ。わたくしと貴方が前世からどれほど太い鎖で結ばれ、間に割り込もうとする泥棒猫にどのような呪いが降りかかるのか、星の巡りで証明してあげるわ!」
「……ロザリア、占いに呪いという項目はあったか……?」
顔を引きつらせる殿下と共に、お嬢様は意気揚々とテントの中へ入っていく。
水晶玉の前に座っているのは、ローブを深く被った占星術同好会の生徒。
彼女は未来の国王と公爵令嬢の威圧感に震えながらも、カードを引き、水晶玉を覗き込む。
「……見えます。お二人の間には、決して逃れることのできない、重く深い『宿命』が横たわっております。死すらも分かつことのできない、漆黒の鎖のような絆が」
オカルトめいた鑑定結果に、お嬢様の目が歓喜に見開かれた。
「素晴らしいわ! そうよ! わたくしたちの愛は、互いを永遠に縛り付ける漆黒の呪縛! もし、この鎖を断ち切ろうとする者がいれば、わたくしが、そいつの息の根を止め、クロード様ごと奈落の底へ落ちてあげるわ!」
占星術師の生徒が「ひぃっ!?」と短い悲鳴を上げて水晶玉の後ろに隠れた。
殿下の顔から、スッと血の気が引いていく。
「奈落の底……? 僕たちは、どこか暗いところへ落ちていく運命なのだろうか……」
絶望的な解釈による、悲劇のバッドエンドの予感。
私は静かにテントの入り口から進み出る。
「失礼いたします、殿下。主人の言葉は破滅的な心中を意味するものではございません」
「ア、アメリア……。奈落の底へ落ちるというのは?」
「はい、『漆黒の鎖』とは、王族という逃れられない重い責任と義務の象徴です。主人は、どれほど困難で厳しい政局に突き落とされようとも、決して殿下の手を離さず、共にその重圧を背負い抜くという、未来の国母としての覚悟を口にされたのです」
私は水晶玉の横に立ち、涼やかな声で言い切った。
「『何者にもお二人の絆は壊せない』。星の導きが示したのは、いかなる困難にも揺るがない、強固な王室の未来そのものでございます」
私の解説を聞き、殿下の瞳から恐怖が消え去る。
代わりに、お嬢様への深い感動と、次期王としての責任感が力強く宿る。
「そうか、王という重い宿命の鎖を、君は僕と一緒に繋がれてくれるというんだな。ありがとう、ロザリア。君が共に奈落まで落ちてくれる覚悟があるなら、僕は絶対に君を暗闇にはさせない。必ず、光の当たる場所へ導いてみせる」
「っ……! あ、当たり前でしょ! わたくしが守ってあげなきゃ、アンタなんてすぐに潰れちゃうんだから!」
お嬢様は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その手はしっかりと握り返していた。
私はそっと後ずさりし、怯える占星術師の生徒の手に、こっそりとチップ(口止め料込み)を握らせてテントを後にした。
◇
テントの外へ出ると、エレノア嬢が周囲を警戒し、その後方ではグレン様が静かに頷いていた。
彼らが安全とスケジュールの管理を完璧にこなしてくれているおかげで、私の業務は『翻訳』だけに集中できている。
その後、私たちは学園祭ならではの多彩な催しを巡る。
令嬢たちが平民の労働から奉仕の心を学ぶ、という名目で開いていた『メイド喫茶』。
最高級の絹で仕立てられたフリルのエプロン姿で不慣れに給仕する令嬢たちは、見学に訪れていた貴族たちからも好評だった。
けれど、お嬢様は「あんなはしたない丈のスカートでクロード様の視界に入るなんて!」と扇子をへし折りそうになったため、長居は無用と判断し、早々に退室した。
他にも、大講堂で開かれていた『伝統的な刺繍細工の展示』。
中庭での『弦楽四重奏と詩の朗読会』など、優雅な出し物を次々と見て回る。
一通り見回ると、太陽が西の空へ傾き、王都の空が燃えるような茜色に染まっていた。
「……終わりましたね。昼の部は」
大講堂の入り口へと向かう二人の背中を見送りながら、私は隣に立つグレン様に声をかけた。
「ああ、大きなトラブルもなく完璧な采配だった。君がいなければ、殿下は今頃、奈落の底に怯えていたはずだがな」
「それはお互い様です。グレン様の警備計画がなければ、お嬢様は他派閥の令嬢たちを排除しかねませんでしたから」
私たちは、夕日に照らされた廊下で、互いの労をねぎらうように小さく笑い合った。
「さあ、令嬢たちはこれからドレスアップの時間だ。アメリア、後夜祭の準備はいいか?」
グレン様が片眼鏡の奥の瞳を細め、一段低い声で尋ねてきた。
私はエプロンのシワを軽く伸ばし、真っ直ぐに彼を見つめ返す。
「はい。ですが、私の時間は高くつきますよ。心してエスコートしてください」
「ああ、私の全てを懸けよう」
身分も建前も忘れることを許された特別な夜が幕を開けた。




