第二十六話 一年生、修了式
一年生の修了式を明日に控えた、大講堂。
本日は第一学年の最終課題として、『春季休暇における、国家ならびに王室への貢献計画』の発表が行われていた。
令嬢たちが「休暇中は領地の特産品を王宮へ献上します」などと可愛らしい発表をする中、審査席に座るクロード殿下の視線は、次に登壇する深紅のドレスの令嬢に釘付けになっていた。
「――次。サザランド公爵家、ロザリア様」
司会の声と共に、お嬢様が優雅な足取りで演壇へ進み出る。
そして、ドンッ! と音を立てて、演台の上に『辞書のように分厚い、黒革の装丁本』を叩きつけた。
「わたくしが春休みに実行する計画は、この『周辺諸国・広域害虫駆除リスト』に基づく、殿下の絶対防衛ですわ」
お嬢様が扇子を開き、微笑みを浮かべる。
「いいこと? わたくしは入学前、国王陛下から『殺意が高すぎる』という言いがかりをつけられ、殿下との接触を『月に一度のお茶会(監視付き)』のみに制限されるという不当なペナルティを受けておりますの。それなのに! 殿下は明日から一ヶ月間、隣国への長期間の外交視察に出られますわ! わたくしの貴重な面会枠が消滅した挙句、外国の泥棒猫どもの群れに殿下が放り込まれるなど、断じて許せるはずがありませんわ!」
月に一度のデート権を奪われた、お嬢様の悲痛な叫びが、響き渡る。
「ですから、殿下の視察ルートに存在するすべての外国の王女、令嬢、果ては城のメイドに至るまで、接近する可能性のある『害虫』をすべてリストアップいたしました。この本に載っている女たちが、視察中の殿下に半径五十メートル以内に近付いた場合、我がサザランド家の財力を総動員し、その国への魔石輸出を即時停止、経済破綻へと追い込みますわ!」
一ヶ月会えないという絶望が海を越え、周辺諸国を巻き込む極限のストーカー宣言に、大講堂が凍りついた。
「な、なんという凶行! 面会が潰れた腹いせに、同盟国の経済を人質に取るなどありえない! これは貢献ではなく、外交問題……いや、国際テロです!」
審査長が泡を吹いて倒れそうになった、その時。
「素晴らしい先制拒否の戦略ですわね、ロザリア様!」
最前列で、エレノア嬢が興奮気味に立ち上がる。
「外交という王宮の護衛が最も手薄になる敵地での任務! そこに50メートルの絶対不可侵領域を設定し、接近する前に経済制裁という、遠距離攻撃で敵を無力化する! 我が国の兵を一人も血を流させずして王の安全を確保する、完璧な非対称戦術ですわ!」
お嬢様の狂気的な嫉妬を、広域制圧戦術として大絶賛するエレノア嬢。
審査長が「外交の場を戦場にする気ですか!?」と叫ぶ中、私は壁際から音もなく進み出る。
「失礼いたします、審査長の皆様、ならびにクロード殿下。主人が提示したこの名簿の真意について、補足させていただきます」
静まり返る講堂に、私の事務的な声が響く。
「主人が行おうとしているのは、テロでも制圧でもありません。他国という、最もハニートラップが仕掛けられやすい環境における『王室の完全なる防諜と威信の保護』にございます」
ただの嫉妬による他国への脅迫が、『王室の安全と品位を守るための自己犠牲的な防諜対策』へとすり替える。
「本来であれば、他国で殿下に群がる有象無象を牽制するのは極めて困難です。その外交的摩擦とヘイトを、主人は自らの私財と一族の権力を盾にして、一身に背負おうとされているのです。これほどまでに献身的で、愛国心に溢れた外交支援が、他にあるでしょうか?」
完璧な論理の構築。
「狂気の国際ストーカー」が、「莫大なヘイトを背負って王を守る、無償の外交の盾」へと反転し、講堂の空気が非難から、深い畏敬へと変わっていく。
演壇から降りたお嬢様を、来賓席の殿下が立ち上がって出迎えた。
「……ありがとう、ロザリア。君は月に一度しか会えない寂しさを堪え、さらに僕の外交の安全のためにと、世界中の憎しみを背負ってくれるというのか。君のその不器用で、重すぎるほどの愛……しかと受け取った」
「なっ……!?」
殿下の感謝の言葉を至近距離で浴びたお嬢様の顔が、一瞬でボンッと音を立てるように真っ赤に染まる。
冷徹な支配者の仮面が吹き飛び、極限の照れ隠しが暴走する。
「ば、馬鹿じゃないの!? アンタが外国の視察先で、無防備なまま、誰にでも愛想を振りまくからでしょ! 私の貴重な月一回の面会枠を潰した挙句に、ちょっと都合よく解釈されたからって感動しないでよ! 本当なら一ヶ月間、アンタを王宮の地下金庫に梱包材でぐるぐる巻きにして保管しておきたいくらいなんだから! この危機感ゼロの、歩くハニートラップホイホイが!」
お嬢様は扇子で顔を隠し、殿下にだけ聞こえる小声で、強烈な罵倒を早口にまくしたてた。
殿下は「ホイホイ……」と苦笑いしているが、その実、お嬢様の耳まで真っ赤に染まって震えているのは、誰の目にも明らかだった。
狂気の国際経済テロ予告からの、月に一度の面会を潰された寂しさを隠すための理不尽な暴言。
第一学年最後の発表会も、翻訳と、主君たちの騒がしい愛情表現をもって、無事に完了したのである。




