第二十四話 勝負服
決戦の朝。
バルコニー会議に現れたグレン様は、もはや生者の顔をしていなかった。
目は虚ろ、頬はこけ、手には数珠のようなものを握りしめている。
「……お、おおおはよう、ア、アメリア……」
「おはようございます。念仏ですか? 改宗されたのですか?」
「い、いや、あらゆる神に祈っていたところだ。今日の舞踏会で、殿下の御身が無事であるようにとな」
グレン様が空を見上げる。
今日は澄み渡るほどの快晴だが、彼の心は土砂降りのようだ。
「警備体制は?」
「万全だ。近衛騎士団を会場の四方に配置し、さらに給仕に扮した護衛を10名投入した。……だが、それでも不安だ。相手は災害だからな」
「ご安心ください。私も『対・お嬢様用拘束具』をドレスの下に仕込んでおきますから」
「……頼む。私のボーナスと胃は、君の肩にかかっている」
グレン様が震える手で、分厚い革袋を私に手渡す。
ジャラリと重い音がする。
過去最高額の特別危険手当だ。
「確かにお預かりいたしました。では、戦場でお会いしましょう」
◇
昼下がり。
『白百合の館』の自室は、衣装部屋と化していた。
本日の勝負服を選ぶため、お嬢様がベッドの上で仁王立ちしている。
「決めたわ、アメリア。これが今日の私の勝負ドレスよ!」
お嬢様がクローゼットから取り出したのは、純白のドレス……ではなく、銀色に輝く金属製の鎖かたびらのようなドレスだ。
「見なさい、この輝きを! ミスリル銀を糸状に加工して編み上げた『聖騎士のドレス』よ! これなら殿下に近付く泥棒猫の爪も通さないわ!」
「却下です。重すぎます。床が抜けます」
「愛は重いものよ!」
「物理的な重さは不要です。それと金属音がうるさくてワルツが踊れません」
私はミスリルのドレスを軽々と放り投げ、代わりに用意しておいた深紅のドレスを差し出す。
「こちらにしてください。情熱的な赤。背中には隠しポケットがあり、ハンカチや扇子も収納可能です」
「ふん。まあ、悪くないわね。赤は返り血も目立たないし、仕方ないか」
「血が流れないようにしてください」
着替えを手伝いながら、お嬢様が鏡の前でポーズを取る。
やはり、黙っていれば絶世の美少女だ。
輝く金の髪と、意志の強い瞳。
深紅のドレスが恐ろしいほど似合っている。
「……アメリア、変じゃないかしら?」
ふと、お嬢様が弱気な声を出した。
鏡の中の自分を見つめ、少しだけ震えている。
「クロード様、わたくしのこと嫌いになってないかしら? あんな手紙を送っちゃったし……」
「大丈夫です。私の検閲(改ざん)を通した手紙は、文学賞以上の出来栄えですから」
「そ、そうよね! わたくしの愛は芸術だもんね!」
お嬢様が復活した。
単純で助かる。
その時、ドアがノックされた。
現れたのは、淡いブルーのドレスに身を包んだエレノア嬢だ。
手には、何やら布包みを持っている。
「ごきげんよう、ロザリア様。……まあ! なんて攻撃的……いえ、情熱的なドレス! まるで闘牛士のようですわ!」
「褒め言葉として受け取っておくわ。アンタこそ、水溜まりみたいに地味なドレスね」
「清楚と言ってくださる?」
二人は軽く火花を散らすが、以前のような険悪さはない。
エレノア嬢は私の方に向き直り、包みを差し出す。
「アメリア、これは貴女によ」
「私にですか?」
「ええ。メイドとはいえ、今夜は会場に入るのでしょう? 私の家で手配した、特製の『戦闘用メイド服』ですわ!」
「戦闘用?」
嫌な予感がして包みを開ける。
中に入っていたのは、黒を基調としたシックなメイド服だが、素材が異常に伸縮性に富んでいた。
スカートのスリットが深く、動きやすさを極限まで追求したデザイン。
「これなら、いざという時にハイキックも可能ですわ! それに、このエプロンの紐は緊急時には止血帯にもなりますのよ!」
「素晴らしい機能性です。私の業務(実力行使)をご理解いただいているようで、何よりです」
「そうでしょう!? 貴女の筋肉美を阻害しない最高の布地を選びましたの!」
エレノア嬢が目を輝かせる。
お嬢様が「むぅ」と頬を膨らませた。
「アメリア、それを着なさい。センスだけは上出来よ。わたくしの護衛も完璧なことだし」
「承知いたしました。では、お言葉に甘えて」
私が着替えて見せると、エレノア嬢は「なんて素敵な肉体美なの! 広背筋のラインが美しいわ!」と拍手し、お嬢様は「やっぱり私のアメリアが一番ね!」とドヤ顔をする。
何はともあれ準備は整った。
いざ、舞踏会場へ。




