第二十三話 歴史の解釈は恋愛観
翌朝。
バルコニー会議。
グレン様は修理費の支払いで財布が軽くなったのか、遠い目をしていた。
「……おはよう、アメリア」
「おはようございます。今朝は空気が澄んでいますね。財布の中身のように」
「言うな。君への報酬が滞らないことだけを祈っていてくれ」
切実だ。
私はサービスとして、手作りのサンドイッチを差し出す。
「どうぞ、朝食代の節約に」
「……君は飴と鞭の使い方が上手すぎる」
グレン様がサンドイッチを頬張る。
さて、本日の作戦会議だ。
「午前の課題は『歴史』です。講師はドクター・クロニクル。史実の正確な暗記を求める、歩く教科書のような老教授です」
「暗記か。ロザリア嬢は勉強はできるのか?」
「記憶力は抜群です。ただし、殿下に関連すること以外は脳の容量を割きません」
「つまり……?」
「歴史上の英雄も、お嬢様にかかれば『殿下の引き立て役』か『恋の噛ませ犬』に変換されます」
「そろそろ私の胃壁が破壊されそうだな……」
◇
歴史の講義室。
黒板には建国の英雄王と聖女の肖像画。
講師のドクター・クロニクルは、眠くなるほど単調な声で語り続けている。
「――こうして、英雄王アルトリウスは聖女マリアの祈りに支えられ、魔王を封印したのです。この史実から学ぶべきは、王を支える献身の心です。では、ここまでの流れを、ロザリア様。要約して説明しなさい」
指名されたお嬢様が、自信満々に立ち上がる。
「はい! つまり、英雄王は聖女マリアにベタ惚れだったということですね!」
「は……?」
「だって、わざわざ魔王討伐なんて危険な旅に、祈るしかできない聖女を連れて行くなんて、下心以外に考えられませんもの! 『守ってあげる俺、超カッコいい』アピールですわ!」
教室がざわつく。
ドクター・クロニクルの眼鏡がずり落ちる。
「な、なんという俗物的な解釈……!? 彼らの絆は、もっと崇高なものであるぞ……!」
「いいえ、違いますわ! 記録によれば、王は聖女のために『竜の鱗のドレス』を贈ったそうですが、これは明らかに『他の男に見せないための独占欲』の表れですわ! 英雄王は元祖ヤンデレだったということですの!」
お嬢様の独自解釈が続く。
「聖女マリアも表向きは清楚ですが、実際は王を『魔王討伐』という、吊り橋効果で落とそうとした策士に違いありませんわ! なんとも計算高い女ですの!」
「け、建国の父と母を侮辱するか!」
ドクターが激昂し、チョークをへし折る。
今日も今日とて、退学の危機が訪れた。
私はルーティンのように、黒板の前に進み出る。
「お待ちください、ドクター。これは侮辱ではありません」
「アメリア君、ヤンデレだの策士だの、これが侮辱でなくて、なんだと言うのだ!?」
「これは『人間味の再発見』です」
私は実に真顔で肖像画を指し示す。
「歴史上の偉人は得てして神格化され、遠い存在になりがちです。しかし主人は、彼らもまた『恋に悩み、嫉妬し、愛に狂う一人の人間』であったと説いているのです」
「一人の人間……?」
「はい、英雄王が聖女に抱いた独占欲。それは愛の深さゆえの苦悩。そして聖女の策、それは平和な時代を二人で生きるための知恵。どうでしょう? ただ清廉潔白と教わるより、彼らの愛の重さを知ることで、歴史が、より身近に鮮やかに蘇りませんか?」
完全に詭弁だが、教室の令嬢たちが食いつく。
「確かに英雄王がヤンデレだと思うと、急に萌えてきましたわ」
「聖女様の計算高さは、とても参考になりますわね」
恋愛脳の令嬢たちには、お嬢様の解釈の方が刺さったらしい。
エレノア嬢も頷いている。
「そうですわ! 英雄王が魔王を倒せたのは、愛する者を守るために極限まで筋力トレーニングをした結果! やはり、愛と筋肉は偉大ですわ!」
ドクター・クロニクルが、困惑しながら髭をさする。
「ふむ……。歴史を現代的な恋愛観で読み解くか……。確かに、学生たちの興味を惹くという点では、画期的なアプローチかもしれんな……。英雄王の人間臭さか。……悪くない」
ドクターもチョロくて助かります。
「よろしい。解釈の大胆さは認めよう。ただし、テストの答案には『ヤンデレ』と書かないように。評価はAプラスだ」
◇
午後。
私はグレン様の元へ報告に向かった。
「……英雄王をヤンデレ認定したと?」
「はい、おかげで図書室の『英雄譚』が貸出中になり、令嬢たちの愛読書になったようです」
「歴史が歪んでいく音が聞こえると同時に、私の胃壁も溶けていく気がするな……」
グレン様が、頭と腹を同時に抱える。
「……まあいい。明日はいよいよ『中間試験』だ。筆記試験だけではなく、実技もある」
「実技ですか?」
「『舞踏会』だ。学園主催のパーティーで、これまでの成果を披露する。もちろん殿下も視察に来られる」
その言葉に、私は戦慄した。
殿下が来る。それはつまり、お嬢様のリミッターが完全に解除されることを意味する。
「グレン様、警備の増員をお願いします。それと、私の『特別ボーナス』の準備も」
「分かっている。私の全財産を賭けても、このパーティーを乗り切らねばならない」
私たちは固い握手を交わした。
戦友として、そして共犯者として。
嵐の前の静けさ。
何も起こらなければいいと、心から祈る私たちだった。
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