第二十話 愛を花と緑で
翌朝。
バルコニー会議に現れたグレン様は、目元に濃いクマを作り、げっそりと頬がこけていた。
「……お、おはよう、アメリア……」
「おはようございます、グレン様。ついに死神が見えるようになりましたか?」
「ああ、昨夜はずっと『邪神像』の処理に追われていたからな。埋めても埋めても、雨で溶け出して地面から這い出してくる夢も見たぞ……」
ホラー映画のワンシーンだ。
私は同情しつつ、自作の栄養ドリンクを差し出した。
「お疲れ様です。本日の午後は『華道』。つまりフラワーアレンジメントです。心安らぐ時間になるといいですね」
「……花か。花なら襲ってはこないだろう」
「植物を甘く見てはいけません。お嬢様の手にかかれば、花も凶器に変わります」
「除草剤を用意しておこう」
グレン様が虚ろな目でドリンクを一気飲みした。
その背中には、中間管理職の悲哀を通り越し、殉教者のようなオーラが漂っていた。
◇
午後。温室の教室。
色とりどりの花々が用意され、甘い香りが充満している。
講師のマダム・フローラは、花を愛するあまり、頭に本物の花冠を乗せている、メルヘンチックな女性だ。
「さあ、皆様。花は言葉を持たぬ詩人です。貴女の心にある『愛』を、花と緑で表現してくださいませ」
お嬢様は、目の前に積まれた花材を鋭い目つきで選別し始めた。
「愛……そうね。愛とは優しさだけではないわ。時に厳しく、逃げ場を塞ぎ、相手を絡め取る。つまり、『捕獲』こそが愛の本質だわ!」
お嬢様が選んだのは、可愛らしい花ではない。
棘だらけのうねるような『ツタ』、食虫植物の『ハエトリソウ』だ。
「見てなさい、アメリア。これが私の『絶対捕獲領域』よ!」
お嬢様が剣山に罠を仕掛けるようにツタを突き刺していく。
一方、隣の席のエレノア嬢は、なぜか『流木』と格闘していた。
「エレノア様、それは?」
「あら、アメリア。見ての通り大木ですわ。雨風に負けない、揺るぎない精神……そう、貴女の体幹のような強さを表現したくて!」
エレノア嬢がうっとりと流木を撫でる。
花を一輪も使わず、ただ木を立てただけの前衛的な作品だ。
タイトルは『マッスル・ツリー』といったところだろうか。
「素晴らしい安定感です。嵐が来ても倒れそうにありませんね」
「そうでしょう!? 貴女になら分かってもらえると思いましたわ!」
エレノア嬢が嬉しそうに微笑む。
その横で、お嬢様が完成の雄叫びを上げる。
「できたわ! タイトルは『愛の鳥籠』よ!」
お嬢様が作品を披露する。
……酷い。
中央に置かれた一輪の哀れな白バラ(殿下)を、無数の棘のツタが締め上げ、周囲をハエトリソウが包囲している。
どう見ても『処刑台』か『密林の遭難現場』だ。
私の予想通り、マダム・フローラが悲鳴を上げてジョウロを落とした。
「ひぃっ!? な、なんですか、この殺伐とした光景は! 花たちが苦しんでいます!」
「何ですって!? これは永遠の愛の抱擁ですわ! 二度と離れないように、愛で包み込んでいるのですわ!」
「包み込んでいるのではなく、絞め殺しています!」
マダムが震えながら後ずさる。
本日も退学の危機。
私は剪定バサミを片手に、お嬢様の作品の横に立つ。
「お待ちください、マダム。これは『束縛』ではありません」
「では、なんなのですか!? バラが青ざめて見えますよ!」
「これは『共生』です
「共生ですって……?」
「はい、自然界において、植物たちは互いに支え合って生きています。このツタは、か弱いバラを外敵から守る『騎士』。そしてハエトリソウは、悪い虫を寄せ付けない『親衛隊』なのです」
「……親衛隊?」
「そうです。主人は愛する人を孤独にさせないため、自らが盾となり、鎧となって寄り添う。そのような『献身的な愛の生態系』を再現されたのです」
私は言い切った。
マダム・フローラが、ハッとして眼鏡を拭う。
「生態系……確かに、バラを守るように配置された棘……。害虫を駆逐するハエトリソウ……。言われてみれば、鉄壁の守りとも見えます……」
そこへ、エレノア嬢が口を挟む。
「そうですわ! この締め付け具合は、まるで限界まで筋肉を追い込むトレーニング器具のような愛の厳しさを感じますわ!」
「エレノア様、それは違います」
私の小声の反論は無視されたが、マダムは納得したようだ。
「なるほど。過保護なまでの守護愛。少し息苦しいですが、それもまた愛の形と言えます。評価はBプラスとします」
◇
放課後。
私はグレン様の元へ、お嬢様の作品を届けに行った。
「……これを、殿下に?」
「はい、『愛の鳥籠』です」
「……脅迫状に見えるのは、私だけか?」
「ご安心ください。殿下ならきっと『僕を離したくないんだな。ロザリアは本当に情熱的だな』と、好意的に解釈されます」
「殿下のフィルターも大概だな……」
グレン様が遠い目をして、ハエトリソウに指を噛まれた。
「痛っ!?」
「お気をつけください。その草は肉食です」
「なぜ、そんなものを教室に……?」
私はエレノア嬢の流木の作品の写真も見せる。
「ちなみに、こちらはエレノア様の作品です」
「……薪か?」
「『揺るぎない精神』だそうです。私の体幹をイメージしたとか」
「……彼女の中で、君は女戦士なのか?」
「『筋肉の女神』あたりでしょうか」
私たちはため息をつき、ハーブティーを啜った。
窓の外では、お嬢様が「クロード様、今すぐこのツタで縛り上げて差し上げますわ!」と叫び、エレノア嬢が「まずは丸太を背負ってスクワットですわ!」と指導している。
学園の平和は、今日もギリギリで保たれていた。
私は新しい剪定バサミのカタログを眺めながら、明日の課題に思いを馳せるのだった。




