第十九話 美術とは魂の彫刻
翌日。
バルコニー会議に現れたグレン様は、防刃チョッキを着込んでいた。
「準備がいいですね」
「有言実行しただけだ。今日の『美術』は彫刻だそうだが、対象は?」
「『愛する人の胸像』のようです」
「……ロザリア嬢にノミと金槌を持たせるのか。今度こそ死人が出るぞ」
「ご安心を。大理石ではなく『粘土』に変更させましたので刃物は使いません」
「それは上々」
グレン様が安堵のため息をつき、防刃チョッキを脱いだ。
重い装備から解放された彼は、少しだけ軽やかに見えた。
「粘土か。それなら爆発もしないし、鼓膜も破れない。今日は平和かもしれないな」
「フラグ建設、お疲れ様です」
私は不吉な予感を覚えつつ、お嬢様を起こしに向かった。
◇
美術室。
白いエプロンをつけた令嬢たちが、それぞれの作業台で粘土と格闘している。
講師のムッシュ・ダリは、ベレー帽をかぶった気難しい芸術家だ。
「いいかね、諸君。粘土は正直だ。君たちの心の形がそのまま表れる。愛する人の顔を思い浮かべ、指先に魂を込めるのだ」
お嬢様は、巨大な粘土の塊を前に、鬼気迫る表情で対峙していた。
「クロード様……私の指先で、貴方様を生み出してみせるわ! 360度、どこから見ても完璧な貴方様を!」
お嬢様の手が動く。
コネて、叩いて、ちぎって、盛る。
その動きは彫刻というより、もはや『格闘技』だ。
一方、エレノア嬢は、可愛らしい少年の胸像を作っていた。
おそらく、彼女の理想の王子様なのだろう。
「ロザリア様、進んでいますの? 私の作品は天使のような微笑みを表現しましたのよ」
「ふふん、甘いわね。私のクロード様は、天使をも凌駕する神々しさよ!」
お嬢様が最後の仕上げに入る。
「できたわ! タイトルは『私の全てを受け止めてくれるクロード様』!」
お嬢様がバッと覆い布を取る。
そこに現れたのは巨大な顔だが、目が4つあり、口が耳まで裂け、頭部から無数の触手が生えている。
どう見ても『邪神』だ。
あるいは深海から来た未知の生物。
ムッシュ・ダリが、悲鳴を上げてイーゼルを倒した。
「な、なんだ、この冒涜的な物体は!?」
「クロード様ですわ! 多角的な視点を取り入れ、彼の全知全能性を表現しましたの!」
「全知全能だと!? どう見ても人類を捕食する魔物だ!」
「失礼ね! これが芸術よ!」
お嬢様が逆ギレする。
エレノア嬢も顔を引きつらせている。
「ロザリア様、貴女の目には、殿下があのように見えていらっしゃるの……?」
「何よ! 心が広すぎて、全てを包み込む包容力を形にしたら、こうなっただけよ!」
抽象画的なアプローチが行き過ぎて、ラヴクラフト的なホラーになっている。
ムッシュ・ダリが震える指で出口を指差す。
「退室したまえ! これ以上、私の教室を汚すでない! この邪神像は即刻封印だ!」
またも退学の危機。
私はすかさず、邪神像の横に立つ。
「お待ちください、ムッシュ。これは『写実主義』ではありません」
「当たり前だ! 現実にあんな王子がいてたまるか!」
「これは『キュビズム』と呼ばれる立体派のさらに先を行く魂の彫刻、『ソウル・スカルプチャー』です」
私は4つの目を指差す。
「この4つの目は、東西南北、国の全てを見渡す王者の視座。裂けた口は民の嘆きを食らい尽くす慈悲。そして頭部の触手は、あらゆる才能へと伸びる可能性の枝なのです」
私は一気にまくし立てる。
「つまり、主人は殿下の外見ではなく、内面……その強大すぎる魂の器を、粘土という物質に封じ込めたのです。見てください、この圧倒的な存在感を。凡庸な彫刻にはない、畏怖すら感じさせるオーラを」
ムッシュ・ダリが、ハッとして眼鏡を直す。
「……い、畏怖か。た、確かに背筋が凍るようなプレッシャーを感じる……。これは、ただ下手なだけでは出せない原初的な恐怖……いや、崇高なエネルギーか?」
芸術家は「畏怖」や「狂気」という言葉に弱い。
そこへ、エレノア嬢が助け舟を出す。
「……言われてみれば、そうですわね。この筋肉のような盛り上がり……。まるで鍛え抜かれた肉体美を、精神的な形で表現したような力強さを感じますわ!」
エレノア嬢、それは筋肉ではなく、ただの粘土の塊だ。
だが、彼女のフォローは効果的だった。
「なるほど。内なる力の具現化か。悪くない。いや、むしろ新しいではないか! 評価はAだ! ただし、この像は魔除けとして中庭の奥に飾ることにする。夜に見ると心臓に悪いからな」
◇
放課後。
私はグレン様の執務室へ報告に向かった。
「……邪神像を作ったと?」
「はい、中庭の『魔除け』として安置されました。カラスも寄り付かないそうです」
「……殿下の評判が下がりそうだが、まあいい。退学にならなければな」
グレン様が疲れた顔で笑う。
その手元には、エレノア嬢からの差し入れの『プロテイン入りスコーン』があった。
「エレノア嬢も、最近は妙に協力的だな」
「はい、『アメリアが仕える主人なら、何か秘密のトレーニングをしているに違いない』と勘違いされているようです」
「……筋肉の絆か。強いな」
私たちは苦笑し合い、お茶を啜る。
だが、やはり平穏は長くは続かない。
窓の外から、お嬢様の絶叫が聞こえてきた。
「いやあぁぁぁ! あ、雨よ! 私のクロード様(粘土像)が溶けちゃうわ!」
突然の夕立。
中庭に安置された『邪神像』が、雨に打たれて溶け出している。
4つの目が流れ落ち、触手が崩れ、ただの泥の塊へと還っていく。
「ク、クロード様が液状化していくぅぅぅ!」
「ロザリア様、諦めないで! 筋肉は裏切りませんの! もう一度練り直せばいいのですわ!」
「うるさい! 私の傑作がぁぁぁ!」
泥の中で泣き叫ぶお嬢様と、励ますエレノア嬢。
私は窓をそっと閉めた。
「グレン様、明日の予報は?」
「晴れだ。……だが、私の心はずっと雨模様だ」
私たちは深く頷き合い、残りのスコーンを口に運んだ。
口の中のパサパサ感が、今の私たちの乾いた心を象徴しているようだった。
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