表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】【連載版】悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の婚約破棄を阻止するのも私の仕事です  作者: 天地サユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/52

第十七話 想い人に贈る焼き菓子

 翌朝。

 バルコニー会議に現れたグレン様は、今生の別れのような顔をしていた。


「……おはよう、アメリア」

「おはようございます。今朝は一段と顔色が悪いですね。まるで処刑台に向かう囚人のようです」

「あながち間違いではない。今日の午後は『菓子作り』の実習だ。そして私は、その『試食係』を命じられているのだ」


 グレン様が胃のあたりを押さえて呻く。

 この学園の料理実習は、令嬢たちが初めて厨房に立つ場でもある。


 砂糖と塩を間違える程度なら可愛いものだが、愛と称して、『謎の粉末を混入する』ケースが後を絶たないらしい。


「ロザリア嬢は何を作る予定だ?」

「『殿下のハートを射止める・愛の媚薬入りフォンダンショコラ』のようです」

「……媚薬だと? 毒物の持ち込みは禁止のはずだ」

「現地調達する気満々でしたので、私が裏庭の怪しい草は、あらかじめ除草しておきました」

「それは助かる。だが、それでも不安だ……」


 グレン様が震える手で、私に何かを手渡す。

 分厚い封筒だ。


「これは?」

「『生命保険』の受取人を君にしておいた。私が死んだら、これで南の島へ行ってくれ」

「重いです。物理的にも精神的にも」


 私は封筒を突き返……さずに、懐にしまった。

 万が一の時は、私が全力で蘇生措置を行いますのでご安心を。


 ◇


 午後。

 調理室は甘い香りと、焦げ臭い匂いが入り混じった空間となっていた。


 本日の課題は、『想い人に贈る焼き菓子』。

 お嬢様は真剣な眼差しでボウルの中身を撹拌(かくはん)している。

 その中身は禍々しい紫色だ。


「見てなさい、アメリア。これぞ、サザランド家に伝わる……わけではないけれど、私が独自に開発した『絶対服従・ラブ・チョコレート』よ!」

「お嬢様、色が毒沼です。カカオの含有率を無視していませんか?」

「隠し味に裏庭で捕まえたマムシの粉末を入れただけよ!」

「没収です」


 私はお嬢様の手から怪しい小瓶を取り上げ、窓の外へ放り投げた。


「あっ!? 私の精力剤が!」

「殿下はお元気です。必要ありません。普通のチョコを作ってください」


 私が監視を強めていると、背後から視線を感じた。

 振り返ると、エレノア嬢がモジモジと立っている。

 手には可愛らしいラッピング袋。

 エプロン姿が似合っているが、その頬はやけに赤い。


「……ア、アメリア」

「はい、エレノア様。何かご用でしょうか? オーブンの火加減でしたら、180度がベストでございます」

「ち、違うの。これ……受け取ってくださる?」


 彼女が差し出したのは、無骨なほど大きいクッキーだった。

 昨日の今日だ。まさか、本当に?


「私にですか?」

「ええ、昨日の話を聞いて、私なりに考えましたの。貴女のような……その、強靭な肉体を維持するには、普通のお菓子では不十分かと思って」

「はあ……」

「その、だから、プロテイン……いえ、『大豆の粉』と『鶏のササミ』を練り込んだ、特製マッスル・クッキーですわ!」


 斜め上の努力だ。

 どうやら彼女の中で、私は『筋肉の化身』として崇められているらしい。

 ササミ入りクッキー。味の想像はつかないが、その純粋な勘違いという名の好意は無下にはできない。


「光栄です。トレーニング後の栄養補給にさせていただきます」

「よ、よかった……! お口に合うか分かりませんが、愛(筋肉への敬意)は込めたので!」


 エレノア嬢が花が咲いたような笑顔を見せる。

 可愛い。もちろん、ご令嬢として。

 その背後で、「バンッ!」と、お菓子作りにあってはならない大きな音が響いた。

 お嬢様が、ボウルごとエレノア嬢のクッキーを叩き落としていたのだ。


「……だから、何、私のメイドに餌付けしてんのよ!」


 お嬢様の目が据わっている。

 手にはドロドロの紫色の物体が付着した泡立て器。

 完全にホラー映画のワンシーンだ。


「ロザリア様!? 私の力作を叩きつけるなんて!」

「こんな物はどうだっていいのよ! アメリアは私のものよ! その汚らわしい筋肉増強剤で、私の大切なメイドをムキムキのマッチョにする気!? アメリアは今のままで十分美しいのよ!」

「あ、あら!? 貴女こそ、その毒沼のような物体は何ですの!? それを食べさせられる殿下が不憫でなりませんわ!」


 一触即発。

 調理室の空気が凍りつく。

 講師のマダム・ガトーが泡を吹いて倒れかけたその時、扉が開いた。


「そこまでだ……」


 死相を浮かべたグレン様だった。

 彼は私の顔を見て、目で「助けてくれ」と訴えている。


「試食の時間だ。ロザリア嬢、その紫色の物体を提出したまえ」

「ふん、光栄に思いなさい! これは殿下への予行演習よ!」


 お嬢様が皿に盛られた『物体』を差し出す。

 見た目はスライム。匂いは東の大陸の漢方薬。湯気がドクロの形に見えるのは気のせいか。


 グレン様がスプーンを持ち、震える手で物体をすくう。

 会場中が固唾を飲んで見守る中、彼は覚悟を決めて口に入れた。


 3秒後、グレン様の白目が剥かれた。

 体がビクンと跳ね、そのまま椅子から崩れ落ちそうになる。

 私は瞬時に背後に回り込み、彼の体を支えながら、懐の『解毒剤(胃薬入り)』を口にねじ込み、皆に聞こえるように大声を上げる。


「素晴らしい!!」


 教室中が「えっ?」と振り返る。

 私は気絶寸前のグレン様の口を無理やり動かし、腹話術のように声を張り上げた。


「こ、これは……なんという衝撃! 口に入れた瞬間、脳天を突き抜けるような刺激! まるで雷に打たれたような……そう、『恋の稲妻』だ!」

「えっ? そ、そうなの?」

「はい! 甘いだけの恋など偽物! 真の愛とは、時に苦く、時に痺れ、全身を駆け巡る衝撃そのもの! 主人はこのチョコレートで、殿下への『電撃的な愛』を表現されたのです!」


 私はグレン様の頬を叩いて意識を覚醒させる。

 グレン様、合わせてください。死ぬ気で。


「あ、ああ……そうだ。実に刺激的な……愛の味だ……」


 グレン様が涙目で親指を立てた。

 生存確認、よし。

 お嬢様がパァッと顔を輝かせる。


「やっぱりそうよね!? 私の愛が伝わったのね! 痺れるほどの愛が!」

「はい、物理的に痺れました」


 講師のマダム・ガトーが、恐る恐る点数を告げる。


「独創性、および審査員へのインパクト……A評価とします。ただし、次は可食部を増やしてください」


 ◇


 放課後。

 保健室のベッドで横たわるグレン様の元へ、私は見舞いに訪れていた。

 手には、エレノア嬢からもらった『ササミ入りクッキー』。


「生きていますか?」

「地獄の川が見えたぞ。……君の解毒剤がなければ、今頃向こう岸だ」

「お役に立てて光栄です。ところで、これはお口直しにどうぞ」


 私はクッキーを差し出す。


「これは?」

「エレノア様からです。筋肉に良いそうですが、味は保証します。普通に美味しいですよ」

「……なぜ、エレノア嬢が筋肉を?」

「深い事情があります。詮索しないでください」


 グレン様がクッキーを手に取る。

 表情が、少しだけ和らいだようだ。


「普通の味がする。涙が出そうだ……」

「よかったですね。これで明日も戦えます」


 私は窓の外を見る。

 夕日に染まる校庭で、お嬢様がエレノア嬢を追い回している姿が見えた。

 

「待ちなさい! アメリアに渡したクッキー、吐き出させてやるわ!」

「嫌ですわ! あれは友情のプロテインですもの!」


 平和だ。少なくとも、今日は死人は出なかった。

 私はグレン様の枕元に請求書をそっと置き、部屋を出た。


 明日の課題は『音楽』。

 お嬢様の『呪いの歌声』が、学園に響き渡る予感がしていた。

 耳栓を仕入れておかないと。

 私のカバンの中身が、不審者じみていくのが悩みになった。

ここまで、お読みいただきありがとうございます。

ぜひぜひブックマークと、【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】の評価を、何卒よろしくお願いいたしますm(__)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ