第十四話 おもてなし
翌朝。
定例のバルコニー会議に現れたグレン様は、杖をついていた。
「……おはよう、アメリア」
「おはようございます、グレン様。素敵なステッキですね。老後の予行演習ですか?」
「誰のせいだと思っている。君の主人の『タックル』と『足踏み』のせいだ。昨夜は湿布の匂いで眠れなかった」
グレン様が恨めしげに私を睨む。
私は涼しい顔で、懐から小瓶を取り出す。
「お見舞い申し上げます。こちらは我が家に伝わる『秘伝の塗り薬』です。打撲、筋肉痛、心の傷にも効きます」
「……いくらだ?」
「通常は銀貨5枚ですが、お得意様割引で3枚にしておきます」
「商魂たくましいな。……全て買わせてもらう」
チャリンと硬貨が手渡される。
これで今月の私の『おやつ代』は確保された。
「さて、本日の予定だが、午前は『茶会マナー』の実技だ。講師はマダム・ブリュー。紅茶の淹れ方一つで家柄を見抜くという、別名『茶葉の魔女』だ」
「茶会ですか。平和な響きですが、お嬢様にかかると毒殺未遂になりかねませんね」
「笑えない冗談だ。頼むから、誰も殺さずに終わらせてくれ」
グレン様が杖をつきながら部屋に戻っていく。
その背中には、王国の未来を憂う政治家の哀愁が漂っていた。
◇
優雅なサロン風の教室。
テーブルには白磁のティーセットが並び、芳醇な茶葉の香りが漂っている。
本日の課題は『招いた客人を最高のおもてなしで満足させること』。
くじ引きの結果、お嬢様のパートナー(客人役)は、またしても宿敵エレノア嬢だった。
これは運命のいたずらか、あるいは学園長の陰謀か。
「あらあら、ロザリア様。貴女のような野蛮な方が、繊細な紅茶を扱えるのかしら? お湯を沸かすことすら怪しいのではなくて?」
エレノア嬢が扇子で口元を隠しながら挑発するが、お嬢様は無言でティーポットを睨みつけていた。
その目は、茶葉の抽出時間を計っているのではなく、敵の急所を探している。
「ふん、見てなさい。私の『おもてなし』で、その減らず口を塞いでやるわ」
お嬢様が動く。
その手つきは恐ろしいほど洗練されていた。
サッと懐から取り出したのは、自前の『銀のスプーン』。
それをポットのお湯に浸し、じっと見つめる。
「……変色なし。ヒ素は入っていないわね」
続いて角砂糖を一つ手に取り、魔道ライトで照らす。
「……結晶の形に異常なし。即効性の毒もクリア」
さらに茶葉の匂いを嗅ぎ、少しだけ舌先で舐めて確認する。
「……トリカブトの麻痺もなし。よし」
完璧な毒味だ。
お嬢様の設定では、「将来、王太子妃として殿下にお茶を淹れる=暗殺者との戦い」
『おもてなし』とは、『安全確保』と同義であるようだ。
だが、その光景を目の当たりにしたエレノア嬢は、顔面蒼白で震えている。
「……何をしているの? 毒? ヒ素? まさか、私に毒を盛るつもりなの!?」
「うるさいわね。今、安全確認をしているのよ。黙って待ってなさい」
お嬢様はカップに紅茶を注ぐと、エレノア嬢の前にドンと置いた。
「さあ飲みなさい。私の愛がたっぷり入っているわ。残さず飲み干して味わいなさい」
完全に「毒を盛った犯人の台詞」だ。
エレノア嬢が「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちそうになる。
マダム・ブリューが、血相を変えて飛んできた。
「ロザリア様、なんてことを! 客人を脅すなど、おもてなしの精神に反します! それと毒だなんて、不穏すぎます!」
またも退学フラグが立った。
私はすかさず、銀のトレイにお茶菓子を乗せて介入する。
「失礼いたします、マダム。少々誤解がございます」
「アメリア! これが誤解ですか!? どう見ても毒殺の強要でしょう!?」
「いいえ、これはサザランド公爵家に伝わる、最上級の『ロイヤル・セキュリティ・スタイル』でございます」
私はお嬢様が使った銀のスプーンを掲げる。
「高貴な方々のお体は常に危険にさらされております。主人は万が一にも客人に害が及ばぬよう、自らの舌と最新の科学知識を駆使し、食材の安全性を極限まで高めたのです」
「……え?」
「つまり、『毒が入っていないか疑っている』のではなく、『私の命に代えても貴女様の安全を保証します』という、究極の献身。騎士道精神にも通じる、命がけのおもてなしなのです」
私はエレノア嬢に向き直り、静かに微笑む。
「エレノア様、どうぞ安心してお召し上がりください。この一杯は世界で最も安全で、最も潔白な紅茶です。主人が毒味をしてまで守り抜いた、友情の証でございます」
沈黙。
エレノア嬢が、恐る恐るカップに手を伸ばし、一口だけすする。
「美味しい……」
「でしょう? 毒など入っておりません」
マダム・ブリューが、ほうと溜息をついた。
「なるほど。昨今の平和ボケした貴族社会へのアンチテーゼ……。常に死と隣り合わせの覚悟を持つことこそ、真の貴族のたしなみ。ロザリア様、貴女はそこまで考えていたのですね!」
マダムの目頭が熱くなっている。
この学園の教師陣は、どうしてこうも「深読み」が好きなのか。
「評価はSです! その命がけの配膳、感動いたしました!」
お嬢様が「ふふん、当然よ!」と胸を張る。
エレノア嬢は「命がけ……? 私を守るために……?」と、なぜか頬を染めて、お嬢様を見つめている。
どうやら吊り橋効果で変な友情が芽生えかけているようだ。
◇
放課後。
私はグレン様の執務室を訪れ、本日の報告を行った。
「……つまり、ロザリア嬢は『毒味』を披露し、それを君が『ロイヤル・セキュリティ』と言い換えて高評価を得たと?」
「はい。エレノア様も無事です。誰も死んでいません」
「……奇跡だな」
グレン様が机に突っ伏した。
その手には胃薬の袋が握られている。
「だが、問題は次だ。明日の課題は『乗馬』だぞ」
「乗馬ですか」
「ロザリア嬢の運動神経は、ダンスで証明済みだ。馬に乗せれば、今度こそ物理的な破壊活動が行われる」
想像するだけで恐ろしい。
お嬢様が馬にまたがり、暴走する未来しか見えない。
私は手帳を開き、明日の対策を練る。
「グレン様、明日の馬ですが、一番大人しい老馬をご用意ください。それと私は『馬丁』に変装して潜入します」
「……君は何でもできるな」
「追加料金さえいただければと」
私はニヤリと笑う。
グレン様は力なく笑い返し、引き出しから新たな金貨袋を取り出した。
「頼む。私の胃壁が溶けきる前に、何とかしてくれ」
袋を受け取り、重みを確かめる。
よし、これで南の島の別荘の『プール設置費用』が貯まった。
私の夢(老後)のために。
明日は馬と踊るとしよう。
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