表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】【連載版】悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の婚約破棄を阻止するのも私の仕事です  作者: 天地サユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/52

第十三話 愛アレルギー

 早朝のバルコニー。

 いつもの定例会議の時間だ。

 だが、今朝のグレン様の顔色は、ここ数日で最も悪い。


「もう帰りたい……」


 開口一番、王国の重要人物の息子とは思えない弱音を吐いた。

 片眼鏡(モノクル)がずれている。

 どうやら徹夜明けらしい。


「お疲れのようですね。昨夜のお嬢様の『交換日記』の検閲業務が原因ですか?」

「それもあるが、午後の授業のことを考えると、胃が裏返りそうだ」


 本日のメインイベント『ダンス』の授業だ。

 私は手すりに身を乗り出し、小声で囁く。


「手はず通り、お願いできますね?」

「……本気か? 私がロザリア嬢のパートナーを務めるなど自殺行為だぞ」

「他に選択肢はありません。お嬢様は『殿下以外の男性に触れられたら、その腕をへし折る』と公言しています。腕を折られても公務に支障が出ないのは、この学園では貴方様だけです」


 グレン様が頭を抱えた。

 私は懐から一枚の請求書を取り出す。


「これは『特別危険手当』の見積書です。ダンス中に発生した打撲、骨折、精神的苦痛に対する慰謝料を含んでおります」

「……君は本当にブレないな」

「私の老後の安泰のためですので」


 グレン様は諦めたように笑い、懐からサインペンを取り出し、請求書にサラサラと署名する。

 

「承認する。その代わり、私の足が動かなくなったら、君が責任を持って王宮まで運んでくれ」

「善処します。その時は台車でお運びします」


 商談成立。

 私たちは無言で頷き合い、それぞれの戦場へと戻った。


 ◇


 午後。ダンスホールは優雅なワルツの調べに包まれていた。

 シャンデリアの下、色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、外部から招かれた若手の騎士たちとペアを組んで踊っている。

 だが、フロアの隅だけが空気が淀んでいた。


「嫌よ! 近寄らないで! この発情したチンパンジー!」


 お嬢様が、パートナー役の騎士見習いの青年を扇子で威嚇している。

 青年は困惑し、助けを求めるように周囲を見回す。

 講師のマダム・ヴァルスが、眉間に皺を寄せて歩み寄ってきた。


「ロザリア様、何事ですか!? パートナーへの礼儀を欠くなど言語道断ですよ!」

「この男が私の腰に手を回そうとしたのよ! セクハラよ! 死刑にしてちょうだい!」

「ダンスなのだから当たり前でしょう!」


 マダムの怒号が響く。

 退学のサイレンが、またも聞こえる。

 私はすかさず滑り込む。


「失礼いたします、マダム。少々誤解があるようです」

「……誤解? どう聞いても暴言でしょう!」

「いいえ、主人は『殿下への操を立てるあまり、異性との接触に過敏になっており、殿下以外の男性に触れられると蕁麻疹が出る体質なのです』と申しております」

「……そ、そのような体質があるのですか?」

「はい。『愛アレルギー』の一種です」


 私が真顔で言い切ると、マダムは「まあ、なんと不憫な……」と毒気を抜かれた。

 けれど問題は解決していない。


「しかしながら、ペアを組まなければ採点ができません」


 その時、扉が開かれ、コツ、コツと硬質な足音が響いた。


「私が相手を務めよう」


 現れたのは、燕尾服を完璧に着こなしたグレン様だ。

 その凛々しい姿に、令嬢たちが「きゃあ!」「グレン様よ!」と色めき立つ。

 だが、彼が向かったのは、フロアの隅で威嚇している、お嬢様の元だった。


「ロザリア嬢、殿下の代理として、私が相手を務める。これなら文句はないだろう?」

「ク、クロード様の代理?」

「ああ、殿下から『君のダンスの腕前を見てきてほしい』と頼まれている」

「本当!? クロード様が見ているのね!?」


 お嬢様の瞳が輝く。

 やはり、ちょろい。

 お嬢様は「仕方ないわね、練習台にしてあげるわ!」とグレン様に手を差し出す。


 音楽が始まり、優雅な曲調に合わせて二人が動き出す……はずだった。


「痛っ!?」

「あら、ごめんなさい。足があったから踏んでしまったわ」

「……わざとだろう? リードが強すぎる。私が回すんだ、君が私を振り回してどうする」

「うるさいわね! 主導権は私が握るのよ!」


 優雅なワルツに合わせて、鈍い音が響く。

 お嬢様のステップは、ダンスというより『格闘技の足技』に近い。

 グレン様の顔色がみるみる青ざめていく。


 このままでは、私の『慰謝料請求』が現実のものとなり、彼が再起不能になってしまう。

 見かねたエレノア嬢が、扇子で口元を隠して嘲笑する。


「あらあら、あれがダンスですって? サザランド家には『優雅さ』という言葉が存在しないのかしら」


 周囲からクスクスと笑い声が漏れる。

 お嬢様の顔が真っ赤になり、恥ずかしさと怒りで涙目になってきた。

 このままでは暴発する。

 私はグレン様と視線を交わす。

 彼は痛みに耐えながら、わずかに頷く。

 『手本を見せろ』という合図だ。


「失礼いたします」


 私はお嬢様の元へ歩み寄り、一礼する。


「お嬢様、少々休憩を。靴紐が緩んでおります」

「えっ? あ、そうね……」


 お嬢様をベンチに座らせると、私はグレン様に向き直る。


「グレン様、主人がイメージを掴みかねているようです。不肖、私が練習台になりますので、模範演技をお願いできますか?」

「むしろ助かる。私の足指が粉砕される前でよかった」


 グレン様が私の手を取る。

 身長差は頭一つ分。

 彼の手は大きく、そして温かかった。

 けれど、そこに甘い雰囲気はない。あるのは、『業務遂行』への意志のみ。


 曲が変わる。少しテンポの速い曲だ。


「行くぞ、アメリア」

「はい、グレン様。最短ルートで」


 私たちは滑るように踊り出した。

 無駄な動作を極限まで削ぎ落とし、互いの呼吸を完璧に合わせたステップ。

 私が右に回れば、彼はその軌道を予測してスペースを空ける。

 彼が手を引けば、私は滑らかに追従する。


「角度、30度修正」

「了解」

「次のターン、速度上げます」

「問題なし」


 小声で業務連絡を交わしながら、私たちはフロアを制圧していく。

 周囲の喧騒が消えた。

 令嬢たちが、騎士たちが、そしてマダム・ヴァルスまでもが、ポカンと口を開けて見とれている。


 メイドと補佐官。

 身分違いのペアだが、その技術と統率力は、この場にいる誰よりも洗練されていた。

 なぜなら、私たちは毎日『お嬢様の暴走』という不測の事態に対処し続けているからだ。

 予定調和のダンスなど、朝の体操より簡単だ。


 曲が終わる。

 最後のポーズを決めると同時に、静寂が破られた。

 「ブラボー!」と、マダム・ヴァルスが拍手喝采を送る。

 つられて生徒たちからも割れんばかりの拍手が湧き起こった。


「す、すごいわ……!」

「あんな完璧なステップ、初めて見たわよ!」


 エレノア嬢さえも言葉を失い、扇子を落としている。

 私たちは呼吸一つ乱さず、互いに一礼して離れた。


「さすがだな、アメリア。君と組むと仕事が早い」

「グレン様こそ、的確なリードでした」


 私たちは満足げに頷き合う。

 視線を感じて振り返ると、お嬢様が鬼の形相で震えていた。


「ア、アメリア……」

「いかがでしたか、お嬢様? これが殿下を支えるパートナーとしての理想の動きです」


 私がフォローを入れると、お嬢様の表情が一変した。


「わ、分かったわ! つまり相手の動きを先読みして、隙を見せずに制圧すればいいのね!」

「制圧ではありませんが、まあ、おおむねそうです」

「そうと分かれば、グレン、再戦よ! 今度こそ完璧に踊ってやるわ!」


 お嬢様が気合を入れて飛び出してくる。

 グレン様が「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。


「待て、ロザリア嬢! 私の足はまだ回復してな……ぎゃあぁぁぁ!」


 再び響く、鈍い音と悲鳴。

 お嬢様は私の動きを真似ようとして、なぜか『高速タックル』のようなステップを習得してしまったようだ。

 私は壁際で紅茶を一口啜り、懐中時計を見る。

 授業終了まで、あと15分。

 グレン様の足が持つか、お嬢様が退場になるか。


(特別手当3割増しで請求書を書き直しておきましょう)


 私は痛みに顔を歪めるグレン様に、心の中で合掌した。

 これが、私たちの『ビジネス・パートナーシップ』の形なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ