誰も読まない祈り
少女の隣にいると、言葉の輪郭が遠ざかり、思考が溢れた水のように広がり、世界の端までも届いてしまう気がした。
そのとき、私はもう、世界の中にいるのではなく、世界が私の中で瞬いていた。
少女のいる世界は、どこか静かで、それでいて途方もなく壮大なのだ。
私はその世界の中にいるのか。
時々、そんなことを考える。
少女は音楽を聴いていた。
知識の墓標を積み上げ、少女の中で死んだものにまで意味を与え、芸術に仕立て上げた。
その少女がどんな音を、いま、耳の奥で響かせているのか。
そのことが、どうしようもなく気になって仕方がなかった。
私は少女が怒らないことを祈り、肩を指で突く。
少女は、イヤホンを外さずに、微笑むとも嘲るともつかぬ声で言った。
「誰も届かない場所に沈んでたのに、君は、そこまで降りてきてしまうのね……」
声というより、呼吸が光を撫でた。
意味は遅れて届き、その遅さが、確かに生きている感じがした。
少女は片方のイヤホンを外し、私の耳に差し込んだ。
その瞬間、世界が薄く震え、言葉の輪郭が溶けていくのを感じた。
そしてようやく——少女の言葉の意味が、音の奥で、かすかに理解できた気がした。
音楽を別にすれば、すべては虚偽なのかもしれない。
言葉も、愛も、希望も、誰かを信じるという身振りさえも。
言葉はすべて、他者に届く前に自分の中で腐る。
だが、音だけは違う。音は意味を持たない。だから、裏切らない。
孤独や恍惚といった感情もまた、言葉の影にすぎない。
孤独だと口にした瞬間、それはもう孤独ではなくなる。
私たちは、孤独を語ることで、孤独から逃げている。
恍惚も同じだ。
幸福の仮面をかぶせては、存在の震えを鈍らせてしまう。
けれど、音楽はその両方を呑み込む。
音楽の中では、孤独と恍惚が同時に燃える。
一人であることの冷たさと、世界と融け合う熱が、同じ瞬間に訪れる。
それは言葉の届かない場所で起きる出来事で、
誰の理解も必要としない真実だ。
思考が沈黙に溶けるとき、私はようやく、生きることの音を聞く。
それが音楽なのだ。
唯一、虚偽でないもの。
唯一、存在そのものに触れるもの。
私は隣に少女がいることすら忘れていた。
「どうだった……」
少女が尋ねる。
「何となくだけど、分かった気がする。」
世界は読むことをやめた。
読まれることだけが、現実になった。
けれど音だけは、まだ読まれない。
音は名を持たず、分類を拒み、触れた瞬間に消える。
少女は沈黙の中で世界を見つめ、私はその沈黙の中で音を聴いた。
ふたりのあいだには、壊れない矛盾だけが残った。
それでもいいと思った。
世界にもう外がないなら、音こそが、最後の外のかたちなのだ。
自分の思考の幅の広がりが途方もなくなった事を実感して心が満たされていく。
ただ、少女の顔は、言葉の縁に立つ影のように揺れていた。
何かを伝えようとしたが、その音は口を出る前に時間の底へ沈んでいった。
私は考えようとした——けれど、その一点だけが意識の中で硬く封じられている。
思考の錠前に触れるたび、心がきしむ音がした。
そして私は思考を止める事なく一つの答えに導かれる。
そう。
考え続けるという、その態度そのものが、世界から欠落しているのだと。
思考とは、本来、遅い呼吸だった。
刺激と反応のあいだに、微かな間があり、その隙間で、心はわずかに震えていた。
だが今の世界は、すべてが反射でできている。
考えることは遅延のように扱われ、感情は即座に処理される。
脳は沈黙を失った。
沈黙を測定する回路が、どこかで焼き切れてしまったのだろう。
音楽だけが、その焼け跡の上で、まだ脈を打っている。
音は意味を持たない。
それゆえに、誰のものでもない。
耳の奥で震えるその波は、言葉の前にある何かを呼び戻す。
言葉が世界を説明するための道具だとすれば、音は世界そのものの鼓動だ。
聞くという行為は、自他の境界を一瞬だけ溶かす。
考えることが形を持つ前の、原始的な感受の残響。
理屈は、身体には届かない。
身体は、理解を待たずに反応する。
心臓が音のリズムに同期し、皮膚が低音の震えにわずかに応える。
それは言葉の届かない、身体の理性であり、理性の身体でもある。
その高揚を、かつては神と呼んだ。
けれど実際は、自らの神経が放つ閃光に、人は跪いていたのだ。
今の時代、人はもはや真理を信じていない。
かわりに共鳴という名の模倣を信じている。
意味があるものではなく、意味を持たないものに触れたいと願っている。
だから音楽は生き残った。
それは最後の信仰の形だ。
歌詞が空虚でも、旋律がありふれていても、人は涙を流す。
意味がないことが、かえって純粋に感じられるからだ。
音は理性の外側にあるのではない。
理性が自らを壊すために選んだ形なのだ。
音は死の模倣であり、終わらない葬列である。
再生するたびに死に、死ぬたびに再生する。
その反復のなかで、人はかすかな生を実感する。
文学がかつて行っていたのは、まさにこの死の記述だった。
言葉で死を追体験し、そこにわずかな生を見いだすこと。
だが今や、死の表現は音に奪われた。
音楽は、言葉がかつて果たしていた役割を、より直接的に、より生理的に遂行している。
人々は、共に意味を持たない音を聴く。
そこでは誰も、何も理解していない。
それでも、同じ沈黙に包まれている。
共感とは、言葉ではなく、沈黙の共有なのだ。
音はもはや芸術ではなく、無意味を媒介とした共同の呼吸になった。
誰もが自分の反響に救われている。
それが現代という祈りのかたちだ。
文学はなぜ没落したのか。
それは、言葉が速くなりすぎたからだ。
思考が、即応する神経の速度に追いつけなくなったからだ。
言葉はもう、沈黙の重さを持たない。
思考するよりも、反応するほうが生きているように感じられる。
世界はもはや、考える人間ではなく、感じているふりをする人間によって構成されている。
文学は、そのふりに居場所を奪われたのだ。
けれど、音の奥ではまだ何かが鳴っている。
それは意味でも理屈でもなく、存在のわずかな震え。
音が消えたあとに残る静寂こそが、かつて考えると呼ばれたものの残響なのだ。
私は耳を澄ます。
少女のイヤホンから流れていた音はもうない。
けれど、空気の奥で、まだ微かな律動が聴こえる。
それは、世界が考えることをやめたあとに残された、最後の思索の痕跡だった。
少女はそれ以上、何も言わなかった。
部屋の空気は、音のない音で満ちていた。
壁の時計が、もう動いていないことに気づく。
針が止まったというより、時間そのものが呼吸を止めていた。
私はその静けさの中で、少女の思想の輪郭が、自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
読むことはもう選べない。
語ることももう選べない。
沈黙さえ分類される。
——そのすべてが、痛いほど正しい。
世界は、たしかにそうできている。
私たちは制度を壊すたび、壊した形を模倣して新しい制度を作る。
自由のための構造が、いつのまにか自由を測るための尺度に変わっていく。
少女の言葉は、その循環の中で光っていた。
光というより、絶望を照らすための明るさだった。
それでも、私はどうしても、彼女の思想の奥に、かすかな寒さを感じていた。
誰も悪くない。
誰も責めない。
世界は変わらないから、受け入れなさい——
その優しさの形が、どこかで他人の痛みを沈めてしまう。
受け入れるという言葉の下で、世界は静かに均されていく。
苦しみの棘が抜かれ、それと同時に、人間が持っていた反抗する筋肉も抜かれていく。
少女の声は、まるで痛みのない倫理のようだった。
私は息を吐いた。
空気の温度が、少しだけ重たくなった気がした。
そして、思わず、声がこぼれた。
「……どうして、世界は分かってくれないんだろう」
彼女の指先が、本の頁をなぞろうとしたまま止まる。
紙の角が、光を跳ね返す。
その光を見つめたまま、少女の手から本が滑り落ちた。
音は、驚くほど小さかった。
まるで、頁そのものが息を止めたようだった。
一拍遅れて、彼女の肩が微かに揺れる。
その揺れは泣きでも怒りでもなく、
世界から意味が抜け落ちたときの、ただの反応のようだった。
少年はそれを、彼女が自分の言葉に共感したのだと思った。
胸の奥に、わずかな安堵が灯る。
その安堵の熱が、彼女の頬を焦がしていくことなど、私は知らない。
少女の口が、微かに開く。
声にはならない。
息が、言葉の形を作る。
それはもう、意味ではなく、
空気の反射だった。
彼女の目が、少年を見た。
焦点が合わない。
その視線は、私の言葉の後ろにある自分を見ていた。
呼吸が崩れる。
時計の針が止まり、空気が硬くなる。
少女の唇が、わずかに動く。
それは謝罪にも祈りにも似ていたが、どちらでもなかった。
「……だいじょうぶだよ……いつか……貴方を……」
吐息のような声だった。
その瞬間、彼女の中で、言葉が死んだ。
その時、私は記憶の奥に焼き付いている、自由が消えるときの音を聞いた。




