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静止する歓喜の形而上

少女は悩ましげな顔をしていた。


「どうしたの?」


「欲しい本があるんだけど、どこの本屋にも売ってないの」


 少し唇を尖らせる仕草が、子どもみたいだった。

 ちなみに本のタイトルは——。


 私はスマホを取り出して、Amazonで検索した。

 指先の動きに合わせて、画面の光が少女の瞳に映る。


「もしかしてこの本?」


「そう!!それ!!これが最先端技術か……」


 目の奥が輝いて、まるで発見の瞬間に立ち会った科学者のようだった。


「後でお金払う感じでいい?」


「いいの?」


「いいよ。こんなことならいつでもやってあげるよ」


 その一言が出たあと、ふと沈黙が落ちた。

 外の鳥の声が遠くで鳴いている。


「ありがとう……」


 少女はどこか、嬉しさと申し訳なさのあいだで揺れ動いていた。

 その表情を見ていると、ほんの少しだけ、時代の優しさを信じてもいい気がした。


 それよりも、この本も屋上から捨てられるのではないだろうか。

 そう思うと、このわずかな嬉しさが、思い出ごと否定される気がした。


 すると少女が口を開く。

「この本が欲しいと思ったのはね。深く読むことは、書くことと読むことの唯一の性質を共有することを学ぶためだと言った作家がいてね。その人が、特定の人間の苦しみの特異性、個人性、あるいは色彩を味わいたいならその本を読めって教えてくれたから、気になってたの」


 それは遠回しに、捨てないと受け取ってよいのだろうか。


「読書は、孤独の中で他者に触れる体験であり、癒しでもある。

 想像力のある文学は他者性そのもので、だからこそ私のような人間にとっては最高の喜びなの。

 けどね、詩は人と話す術ではなく、自分の中の沈黙と話す術を教える。

 そして、その孤独に耐えられる覚悟のある人は、今の時代にはそう多くないんだよ。

 だからこそ私は思う。

 美学批評は、文学を評価するのではなく、私たちを内面へと導き返す。

 想像力の自由と孤独の尊厳を思い出させる、それが本来の批評の役割だって。

 そうでも思わないと、本が可哀想だからね」


 それは屋上から本を投げ捨てる少女のセリフとは思えないほど、読書に対する愛で溢れていた。

 ただ、それを都合よく大切にしてくれると読み取り、勝手にホッとすることに決めた。


「君は本当に読書が好きなんだね」


「演劇を忘れた読者の胃は神よりも冷たく、飢えのない言葉ほど腐臭を放つものはないからね」

「誰かの名言?」

「違うよ。私は思うの。明日を生きたいと願う人が、偉大な作家の命を贄に生き延び、詩的に命を削り取りながら、それでも誰かを思える人だけが、偉大なる作家に命を吹き込むんだって。

 思い込みでも錯覚でもかまわない。生かすとは、忘れないことじゃなく、自分の血に混ぜることだから」


「明日を生きる力が誰かを殺すのなら、私はその世界で笑えないと思う」


 少女はいつも、少し冷たい調子で言葉を置く。

「この世界は、誰かの見たい夢でできているの」


 少女の言葉は、嘲笑でも慰めでもなかった。まるで、石の上に花が咲かない理由を静かに説明するような声音だった。


 人々は、何かを欲しがる。だがその欲しがるという行為自体が、誰かの心の模倣でしかない。誰かが手に入れたものを、もう一人が欲しがる。その連鎖が、まるで風に舞う埃のように、空気全体を曇らせていく。

 誰も最初の欲求を知らない。誰かが憧れた瞬間、それはもう他人のものになっている。


 人は他人の眼に映る光を追いかけ、その光の正体が自分ではないと気づいたとき、また別の光を探す。

 そうして、街のどこを歩いても、無数の光の断片が目に刺さる。

 それらはどれも似ていて、どれも本物のように見える。

 しかし近づくと、反射しただけのガラス片であることがわかる。


 ──誰かの欲が、誰かの鏡になっている。

 その鏡の中で、私たちは互いの影を信じ合っている。


 私は理解する。

 この世界の根底には、ものの価値ではなく、他人の眼差しが流れている。

 誰もが他人の望みを見つめながら、自分の生を形づくる。

 だから、何かを手にしても、それはすぐに他人の影に塗り替えられてしまう。


 かつては祈りが人を導いた。

 空の向こうにあるものを、直接見ることはできなくても、そこに意味を見出せた。

 けれど今、人は空を見るとき、そこに映る自分の顔を見ている。

 祈りは、誰に届くのかもわからない返答を求める行為だったが、

 今はすべての問いが、数字や価値の形で即座に返される。

 世界は応答の速さを神にし、沈黙の長さを無価値にした。


 それでも、誰かの沈黙の中にしか、本当の声は宿らないのではないか──そう思う瞬間がある。

 けれどその沈黙は、もう長くは保てない。

 音がなければ存在が疑われ、言葉がなければ消される。

 だから人々は、声を保つために絶えず叫ぶ。

 叫びの内容はどうでもいい。ただ存在を確かめるために。


 少女が疑問を投げかけてきた。

「ねえ、人はなぜ誰かになろうとするの?」

 私は答えられなかった。

 人は誰かにならなければ不安になる。けれど誰かになった途端、その誰かが他人になってしまう。

 それでも追い続ける。まるで影を追いかけるみたいに。


 もしこの世界の構造が、すでに誰かの手の中で設計されているのだとしたら、私たちはその設計に従って、他人の夢を生きているのかもしれない。

 与えられる光、与えられる時間、与えられる場所。

 そこにあるのは、自由ではなく、選ばされた選択肢。

 それを選ぶことで、自分が選んだと錯覚する。

 その錯覚を保つために、また次の選択を求める。


 人は、選ぶために生きているのではなく、選ばされ続けることで生かされている。

 それがこの世界の仕組みなのだとしたら、幸福もまた、選ばされた幻の一形態なのだろうか。


 空を見上げる。

 無数の飛行機雲が、規則正しく並んでいる。

 まるで人の思考が、あらかじめ決められた航路をなぞっているように。

 どの雲も、美しく、同じように消えていく。


 そして思う。

 この世界が壊れているのではなく、最初から、壊れたまま動くように作られていたのかもしれないと。


 少女の言葉が、胸の奥で反響する。

「この世界は、誰かの見たい夢でできているのよ」


 夢が終わらないのは、誰もまだ、目を覚ます勇気を持たないからだ。


 少女が本を開いた。

 ページの間から、冷たい風がゆっくりと溢れ出すようだった。

 その目は、もうどこにも向いていない。

「もう私の言葉は必要ないんだね」

 何処か悲しげな表情を浮かべながら、少女は新しい本を開き、乱雑に読み始めた。

 紙の擦れる音だけが、沈黙を継ぎ合わせるように響く。


 少女は横文字だらけの文章を読み進め、私は不意に一つの確信にぶつかる。

 世界は、あまりにも広がりすぎた。

 一度きりの呼吸では届かないほど、遠くへと伸びた線が網のように絡み合い、どの点を見ても、もはや中心という言葉は意味を失った。

 それはもはや大地ではなく、地平が増殖する仕組みの方だった。

 形を持たないまま、かつての距離が溶解し、存在のすべてが届くことを強いられる時代。

 届くという行為が、触れることを殺した時代。


 誰もが世界の端に立ちながら、その端がどこにも繋がっていることを知っている。

 見えない回路が、空と時間の裏側で密かに振動し、存在の重さを一律に平らへと均す。

 それは波ではなく、呼吸の模倣だった。

 絶えず更新される呼吸のアルゴリズム。

 脈打つたびに意味が消費され、意味が消費されるたびに現実は再定義される。


 この再定義という名の儀式のなかで、

 かつての祈りは溶解した。

 それはもはや神への言葉ではなく、手続きにすぎなかった。

 祈りが秩序を与えたのではない。

 秩序が祈りを必要としなくなったのだ。


 世界が機能を中心に再構築されたとき、人間の手は、もはや創造ではなく接続のために動くようになった。

 作ることではなく、繋ぐこと。

 繋ぐことではなく、更新すること。

 更新することではなく、最適化すること。

 その連鎖の末に、目的は蒸発し、行為だけが残った。


 それは、産業の果てに生まれた第二の自然だった。

 この新しい自然は、風景の裏側に潜む巨大な意識のように、見る者の意図とは無関係に、観測の速度を加速させ続ける。

 呼吸の速さで変わる天気図。

 記録の速さで死んでいく出来事。

 この速度そのものが、もはや倫理であり、遅れを取ることは、存在を失うことと同義になった。


 かつての火は、温めるためにあった。

 今の火は、照らすために燃えている。

 照らすことが目的になった瞬間、光は世界の中心ではなく、視られるための装置に変わった。

 光はもう明るくない。

 その明るさは、すでに他者の影でできている。


 広がりすぎた世界は、もはや外部を持たない。

 その内側において、すべては見られ、測られ、値へと変換される。

 だがその値は、もう交換のための印ではない。

 それは、存在を滑らかに流通させるための潤滑剤だ。

 触れ合うたびに痛みを伴う人間同士を、痛みのないまま結合させるための、見えない油膜。

 この透明な油が、どんな暴力よりも確実に、世界の輪郭を均していく。


 信頼という名の儀式は、もはや約束ではなく、制御の一形式だ。

 その円滑さは、優しさではなく、摩擦を排除する暴力によって成り立っている。

 人は触れずに触れる方法を見つけた。

 その瞬間、他者は他者であることを失った。


 この構造は、ひとつの国では終わらない。

 それは海を越え、空を越え、見えない手が空気の中で形を持つように広がっていく。

 呼吸と同じ速度で世界を包み込み、あらゆる境界を透過させ、言葉の意味を均質な波に変えていく。

 その波の名は、かつて信用と呼ばれた。

 しかし今、それはもっと原始的な力、恐怖と安堵を同時に結合させる新しい律動だ。


 この律動を止めることは誰にもできない。

 なぜなら、それを止めようとする意志さえ、その構造の一部として吸収されるからだ。

 否定は常に更新され、批判は改良の素材として再利用される。

 世界はもう、自己批判によって加速するシステムになった。

 崩壊が更新の一工程であるかぎり、終わりは始まりを意味しない。

 それはただ、速度の新しい単位に過ぎない。


 この速度こそが、広がりすぎた世界の唯一の倫理であり、唯一の信仰でもある。

 人々はその律動に身を委ね、鼓動を測定されながら眠り、夢の中でさえも計算を続ける。

 夢の中の出来事は、現実の手続きよりも早く、正確に、再生される。

 もはや現実とは、夢よりも遅い場所の名前になってしまった。


 ——それでも、形式は続く。


 形式は終わりを拒む。

 なぜなら終わりとは、形式が自らを説明できない状態だからだ。

 形式が滅ぶことはない。

 形式は滅ぶたびに、新しい意味を模倣して蘇る。

 それは形のないウイルスのように、感染ではなく、模倣によって世界を再構築していく。


 人間は、もはや世界の中心ではない。

 世界の方が、人間の中心を設計している。

 存在の条件は、個ではなく結合によって定義される。

 この結合を可能にする装置が、すべての行為、思考、信仰を一つの等式に還元する。

 そこでは痛みも歓びも、伝達可能性という一点に向かって整形される。

 届くことが善であり、届かないことは罪である。

 この単純な規則が、あらゆる多様性の背後で密かに支配を続けている。


 もはや、沈黙すら許されない。

 沈黙とは通信の不全だからだ。

 何も語らないことは、拒絶ではなく、欠陥とみなされる。

 だから人々は語り続ける。

 声を保つために、言葉を空転させる。

 それが、生きている証明だと信じ込まされながら。


 しかし、この終わりなき律動の奥底で、

 いまだ形を持たない問いが微かに震えている。

 この構造の外に、人間は存在できるのかという問い。


 答えはない。

 なぜなら、この問いそのものが、構造の反射面に書かれた文字だからだ。

 問いが発されるたびに、構造はそれを新しい装飾として吸収する。

 問いの形をした祈り。

 祈りの形をした誤作動。

 それが今の哲学の唯一の生存形態である。


 外のない世界。

 出口のない明るさ。

 それでも誰かが、この透明な構造の中で夢を見ている。

 夢が尽きぬかぎり、世界は壊れない。

 壊れないことが、すでに壊れていることだとしても。


 そして今も、どこかで新しい形式が生まれている。

 かつての思想や信仰がそうであったように、この新しい形式もまた、人間を守るふりをして、人間の形を削り取っていくだろう。


 それでも人は、その光に惹かれる。

 それが冷たい反射でできていることを知りながら。

 それが現実を模倣する最後の幻影であることを知りながら。


 世界は今も、あの日の火の跡の上で動いている。

 誰かが一度、温めようとしたその炎が、いまではあらゆる生命を等しく照らす“熱の形式”となり、遠い空の彼方で、静かに、正確に燃え続けている。


 その明るさの中で、人間は今日も、自らの影を信じている。

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