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封印されし魔女、四千年後の世界を歩く  作者: しまえび
魔女の目覚め

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第7話:魔女と冒険者本登録

 朝のギルドは、思っていたよりも静かだった。

 昨日の夕方、遺跡探索を終えて報告を済ませたときと、建物も職員の顔ぶれも変わってはいない。

 けれど、どこかが違っていた。

 ギルドに一歩足を踏み入れた瞬間。

 数人の視線が、こちらに流れたのを感じた。


(……ふむ)


 特別な敵意も、歓迎もない。

 ただ、静かに興味だけが交じった目。

 私は特に気に留めずに受付を通り過ぎ、掲示板の前に立つ。

 新しく張り出された依頼書の中に、昨日のそれ──《第七遺跡封鎖区画・簡易調査》が、【達成済み】として別の枠に掲示されていた。

 ふと、背後の席で囁き声が聞こえた。


「仮登録で、昨日登録したばかりの子だって話だが……」

 

「いやいや、例の依頼を一人で? 何かの手違いじゃないのか」

 

「さぁな。でも、記録には達成ってあるぜ」


 囁きはそれ以上続かなかった。

 皆、詮索以上のことはしない。

 ここは、そういう場所のようだ。


(……あの程度で、こうも反応があるとは)


 小さく息をつきながら、私は改めて依頼掲示板に目を通す。

 昨日と比べると、仮登録でも受けられる依頼が多く残っていた。しかし、ほとんどが地道で報酬も低い。

 けれど、どれも日々の仕事として、人々の生活を支える何かにつながっていた。


 ──そして。

 そんな風に掲示を眺めていた私に、ひとつの気配が近づいてきた。


「……昨日の、第七遺跡の依頼。君が達成者か?」


 静かで、抑揚を削ぎ落としたような声だった。

 背後からかけられた声に、私はそっと振り向いた。


 淡い銀灰の髪に、整えられた軽装。

 痩身の男が、私と一定の距離を保ったまま立っていた。

 その目には、好奇心とも懐疑ともつかない、静かな興味が宿っている。


「ええ。私が受けました」


 そう答えると、男は一度、視線だけで私をなぞるように見た。

 だが、その目に敵意はなかった。


「記録を見たよ。長らく手つかずだった依頼だったはずだ。……君が一人で達成したんだね」


「はい。依頼内容的には特に難しいものではなかったので」


「なるほど」


 それきり、男は何も言わなかった。

 だが、わずかに表情を緩めたのが分かった。


「……失礼。少し気になっただけだ」


 そう言って、彼は私に背を向け、静かに去っていった。

 足音すら響かない、淡い風のような気配だった。


(…………)


 私のことを値踏みするわけでもなく、賞賛するわけでもなく。

 ただ、確かめた──それだけの会話だった。


(この時代にも、ああいう人がいるんですね)


 そう思いながら、私は掲示板に目を戻した。

 端末を操作しながら、私は計算する。


(……昨日の報酬が700ラテのうち、もう宿と食事で500ラテは消えました)


 仮登録者が受けられる依頼は限られている。

 掲示板には、Fランク相当の軽作業がいくつも並んでいたが──


(このあたりの報酬は……30から50ラテ程度。三件こなしても、届きませんね)


 私はもう少し上の列に視線を移す。

 そこには仮登録者向け特例と印のついた依頼がいくつかあった。


(……危険は低め。代わりに作業の精度が求められる補助依頼……ですか)


 魔力灯の定期調整、簡易式障壁の修復手伝い、記録端末の搬送補助。

 いずれも専門的な作業だが、仮登録者でも「一時許可」の下で就けるとの記載がある。


(……これなら、登録料まであと少し。一気に片づけてしまいましょう)


 私は三件を選び、端末に認証を通す。

 情報が淡く発光し、魔法紙に記録が転送された。



 * * *


 

 最初の依頼は、街の南側にある薬草温室での簡単な採取作業だった。

 栽培管理されている低魔力種──セレス草の成熟個体を選び、指定数を収穫するだけの内容。

 魔力に対して敏感なこの種は、過度な干渉で傷んでしまうため、採取には丁寧さが求められた。


(葉の縁にわずかな反応……これは、まだ早いですね)


 私は結界手袋越しに一つひとつの個体を撫でながら、慎重に選別を進めていく。

 依頼主の薬師は最初こそ心配そうに見守っていたが、数分後には「丁寧な手つきだ」と目を細めていた。


(昔も似たようなものを育てていましたが……管理術式の更新だけで、ここまで維持できるんですね)


 昼前には作業を終え、受領証明に印を受け取る。

 

 二件目は、中央街区の小規模な魔力灯塔の調整補助。

 照度の不安定な魔力灯を、一つずつ魔力位相に合わせて調律するだけの地味な作業だった。

 だが、私にとっては懐かしい空気があった。


(この灯具……原理は変わっていませんね。昔、王都の通路で使われていた型に似ていますね)


 魔力灯の底部に触れ、芯に組み込まれた小さな晶核に魔力を送る。

 乱れた魔力波が安定すると、灯具の中で淡い白光が穏やかに灯った。


「……お見事です。すごく丁寧に調律されてますね」


 担当の技師が、感心したように頭を下げてくる。

 私はそれに静かに微笑みを返しただけだった。


 三件目は、ギルド支部間での記録端末の搬送補助。

 魔力反応に敏感な精密機材ゆえ、魔力の流出を抑えた状態で街の北端にある補助倉庫まで運ぶという内容。


 小型の浮遊結界を張りながら、私は街路を歩いた。

 通りすがりの子どもたちが、その浮遊する箱を見て目を輝かせる。


(……こうして見れば、魔法もすっかり風景なのですね)


 ほんの少しだけ、結界を揺らし、箱をくるりと回転させてやる。

 子どもたちの歓声が上がり、それを聞きながら、私は歩みを進めた。



 * * *

 


 夕刻。三件の依頼を終えて、私は再びギルドのカウンターに立っていた。


「三件とも確認できました。仮登録者ルシア様ですね」


 受付の女性が端末を操作しながら、にこりと笑う。


「報酬の合計は、392ラテ。昨日の分と合わせて……仮登録料の500ラテに達しましたね。正規登録、されますか?」


「お願いします」


 私は短く答えた。

 この街に根を張るつもりはない。けれど、この先も人の営みに関わるなら、ある程度の立場は持っておくべきだと、そう思った。


「では、こちらに魔力署名をお願いします」


 渡された登録用端末に、私は指先を当てる。

 魔力の波紋が広がり、結界の中で文字が変化した。


 ルシア・フェーン──

 新しい時代に、新しい名で。

 正式な登録証が、魔法紙に刻まれていく。


「これで手続き完了です。ルシアさん、正式な冒険者として登録されました」


 受付の女性の声に、周囲の誰かがちらとこちらを見た。

 けれど、誰も言葉はかけてこない。

 私は登録証を胸にしまい、静かに頭を下げた。


(……これで、旅の準備は整いました)


 名も、立場も、この時代のものになった。

 あとは、歩いていくだけだ。


これにて導入編は終わりです。

次回からはそれぞれの街を巡っていくルシアの長い旅になる予定です。

さまざまな街でルシアはどのような刺激を受けて何を考えるのか、一緒に旅をしている気持ちで読んでいただければ幸いです。


もしこの物語を気に入ってくれた方は、⭐︎評価や応援コメントくれると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
導入編お疲れさまでした。更新を楽しみにしています。
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