表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封印されし魔女、四千年後の世界を歩く  作者: しまえび
忘れられた都バラドゥーン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/37

第35話:魔女と遺構

 外縁部の構造物を記録し終えたあと、私たちはさらに奥へと歩を進めた。地形は複雑になり、斜面は崩れかけ、足元の土壌も不安定だ。魔力干渉が強まっているせいか、術式の保持にもわずかな緊張を要する。

 そして霧の中を抜けた先、わずかに開けた地形に出た。

 そこには、崩れかけた階段と、その先に続く地下への入り口があった。

 

「……記録にある地図と符合する。おそらく、ここがかつての都市の副門にあたる地点だろう。いわゆる、区画境界の始まりに当たる場所だ」

 

 彼が慎重に結界を張りながら、入り口の石壁を観察している。

 私はふと、その地下へと続く空間に目を向けた。

 そこに在るのは、言葉にならない気配だった。

 闇の奥から、静かに満ちてくるような感触。空気の層が、どこかで切り替わったような感覚。理屈ではない、けれど確かに肌に染み入る時代の違いが、そこにはあった。

 

(……この空間は、何かを残している)

 

 誰にも知られず、誰にも見つけられず、けれど確かに存在している。そんな静かな執念のような意志の残滓が、周囲の魔力の流れに混ざり込んでいるようだった。

 

「術式反応、微弱ながら持続している。保存魔法か……いや、部分的な封印にも見えるな。いずれにせよ、ここから先は慎重に踏み込むべきだろう」

 

 彼が記録装置を取り出し、壁面の文様と反応を逐一転写していく。

 

「……君は、どう思う? この反応」

 

 唐突に問われ、私は少しだけ視線を落とした。

 

「……不自然なくらい、静かですね。けれど、まるで眠っているような」

 

「眠っている、か。面白い表現だ。なるほど、それなら何かが起きる可能性を前提に構えておいた方がいいな」

 

 彼はそう言って肩をすくめたが、私の言葉がただの比喩ではないことに気づいてはいないだろう。

 私には──この空間が、まるで脈動しているように思えた。

 どこかで、誰かがかつて刻んだ意志。思考。記録。その全てが、この空間の奥に息づいている。

 そう、これは知識ではない。記憶だ。

 歴史ではなく、誰かの生の証。そこに触れることは、きっと……今の私にしかできない。

 

「……今日中に分析まで進めるのは難しそうですね」

 

「ああ。焦って踏み込むより、一度整理した方がいい」

 

 霧の向こう、なお見ぬ中央区画。その先には、何が待っているのか。

 彼が知として求めているものと、私が思い出すものは、きっと重ならない。

 けれどそれでいい。

 この場所に、私が来た意味は、きっと私だけが知っていればいい。

 

 夕暮れが迫る中、私たちは慎重に来た道を戻っていく。

 日が傾き、霧の色も淡く赤みを帯びていた。

 

「今日は助かったよ。単独だったら、ここまで踏み込むことはなかった」

 

「……私も、来られてよかったと思っています」

 

 そう口にした私の胸には、言葉にはできない感情が小さく灯っていた。



 * * *



 霧の谷を抜け、再び山道を戻る頃には、日はすでに傾き始めていた。

 この遺跡──バラドゥーンの外縁部には、冒険者や学術者のための滞在設備は整っていない。かといって、遺構のすぐ近くに野営できるほど安全でもなかった。

 

「日没までに、近くの街まで戻ろう。今朝通った分岐の手前に、小さな宿場町があったはずだ」

 

「ええ……あの場所なら、夜を越せそうですね」

 

 ようやく辿り着いたその街は、商業と宿泊だけに特化した小さな集落だった。

 宿屋の外壁には、簡素な魔力灯が灯され、玄関には「空室あり」の印が掲げられていた。

 私は旅装の埃を払いながら、軒先の椅子に腰掛けて一息をつく。

 彼は先に部屋の手続きを済ませ、すでに奥の共有スペースで何やら記録を整理しているようだった。

 ──夕空には、風が吹いている。

 ここは静かだ。霧もなく、魔力も濃くはない。けれどその静けさが、かえって私には、どこか心許なく感じられた。

 あの遺跡の空気には、確かに存在の重みがあった。人の歴史が、思考が、願いが、沈黙のうちに積み重なっていた。

 それを私はただ感じ取っている。

 

(……明日は、もう少し奥へいけるといいのですが)

 

 明日は再度、霧の谷に足を踏み入れる。

 道の先には、遺構よりもさらに深く、かつての都市の心臓が眠っている。

 けれどその場所に、私は単に知を求めて行くのではない。

 記録のためでも、任務のためでもなく──私自身の、何かを探すために。

 そう感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ