第3話:魔女と冒険者登録
私は扉の前で一度深呼吸をしてから、中へと足を踏み入れた。
内部は静かだったが、人の気配は絶えなかった。
窓口ごとに数名ずつが列を作り、奥では掲示板に貼られた依頼書を真剣に見つめる者たちがいる。
近代的な空間に、魔法式の光と金属の匂いが混ざり合う。
この空間もまた、魔法が生活に根づいたこの時代の象徴なのだろう。
(見たところ、旅人や浮浪者のような人も混ざっている……)
周囲の目が私に注がれることはなかった。
誰も、私のような銀髪の女がひとり歩いてきたことに驚いてはいない。
それだけ多様性があるということか──あるいは、見えていても興味がないのか。
私は静かに、受付と書かれたカウンターへと向かった。
そこにいたのは、落ち着いた印象の女性職員だった。灰色の制服と細縁の眼鏡が知性を感じさせる。
「ようこそ、アルマ=リード支部へ。ご用件をお伺いします」
丁寧な口調と、業務的な笑顔。
「……冒険者登録を希望します」
私がそう告げると、女性職員は軽く頷いて、手元の魔法端末に触れた。
卓上には、青い光を帯びた手続き用の魔導プレートが出現する。
「登録には、基本情報の登録と魔力測定が必要となります。また、登録料として500ラトが必要です。ご準備はよろしいでしょうか?」
「……通貨は、持っていません」
一瞬だけ、女性の目が私を見る。だがすぐに、表情を崩すことなく頷いた。
「なるほど、でしたら特例登録という形がございます」
「特例……?」
「正式登録と異なり、報酬や待遇が制限されます。報酬は一律で十分の一、登録番号も仮のものとなります。ただし、依頼を受けて登録料を納めれば、正式な冒険者としての認証へ切り替えが可能です」
その説明に、私は内心で小さく唸った。
(生活困窮者への救済措置のようなものですかね……?)
この制度の存在自体に、どこか懐かしいような、けれど新しい価値観を感じた。
「その制度を……利用してもよろしいですか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ。登録は自動端末で行われます。ご安心ください、他の都市への移動や登録情報の引き継ぎにも対応しています」
(……他の都市へ行ける。旅を妨げることは、ないのですね)
私は、魔法の灯りに導かれながら、測定室の奥へと足を運んだ。
この時代の「一人」として、私は今、最初の扉をくぐろうとしていた。
* * *
案内に従い、私は測定室と書かれた部屋へと通された。
魔法式の透明なパネルが幾重にも展開された空間。その中心に、足元に円環状の魔法陣が刻まれた測定台がある。
「こちらの台にお立ちください。測定は自動で行われます」
先ほどの女性職員が、説明を添える。
「なお、測定された魔力量は数値化され、適性区分として記録されます。測定に問題がなければそのまま仮登録へ移行します」
「……わかりました」
私は測定台の中央に立った。
足元の魔法陣が静かに光を帯びる。
(見た感じ、このギルド内にはあまり魔力が高い人物がいないようですから、あまり目立つわけにはいきませんね)
私は深く息を吐き、抑えに抑えた魔力だけを、ごく微かに流し始めた。
周囲の測定結晶が淡く輝き始め、空間に情報の粒子が舞う。
……だが。
測定が始まって、十秒。
パネルの表示に、職員の眉がぴくりと動いた。
「……ずいぶん、安定して高い数値ですね。制御は……完璧」
(っ……まさか、これでも高いのですか)
私は内心で驚いていた。
私の基準からすれば、今の出力など「非力」と言っても差し支えないレベルだった。
それでも──この時代では中の上、もしくは上位適性に届く水準らしい。
測定が終わると、魔法陣が静かに光を収めた。
職員が端末を確認しながら、柔らかく微笑む。
「お疲れさまでした。魔力量、制御力ともに高評価です。これで仮登録が完了します。こちらが登録証です」
そう言って差し出されたのは、青銀色の金属片──魔法式の登録証だ。
中央に名前と仮の登録番号が浮かび、端末と同期すれば各種依頼も受けられるという。
「ルシア・フェーン様ですね。しばらくはこちらでの活動が可能です。登録料の積み立てが完了した時点で、正式登録への切り替えをお申し出ください」
「ありがとうございます」
私は登録証と冒険者専用端末を受け取り、深く一礼した。
(とりあえず、名もない私が、この世界で「誰か」になる第一歩は……踏み出せた)
ふと、職員が小さく言った。
「……ずいぶん古風な魔力の質ですね」
「……ええ、少し、変わった師がいまして」
私は微笑みだけを返した。
まさかそれが四千年前の人物だとは、誰も思うまい。
「では、良い依頼に巡り会えることをお祈りしています。冒険者ルシア・フェーン様」
その呼びかけが、今の自分を認めてもらえた気がして、私はわずかに目を伏せて、短く頷いた。
「……はい。きっと、そうなると信じています」
こうして私は、この世界の一人となった。
魔女としてではなく──誰にも知られない、新しい私として。
* * *
冒険者ギルドのホールは、午後を迎えてもなお活気に満ちていた。
依頼掲示板の前では、冒険者たちが各々の端末を手に、次の仕事を探している。
私は少し離れた位置で、掲示板に掲げられた依頼文を目で追っていた。
(討伐、警備、輸送……いずれも、依頼ごとに難易度が記されているようですね)
依頼文には、冒険者ランクに応じた推奨等級が添えられていた。
正式登録されていない仮登録の冒険者は、原則として最低等級──すなわちFランク相当の依頼しか受けられない。
(……当然といえば当然、ですね。素性も経歴も不明な者を、無制限に働かせるわけにはいかないですし)
私は、ずらりと並ぶ依頼の中から、いくつかの低ランク案件に目を通す。
だが、いずれも既に受付終了の印がついていた。
需要の多い雑務系は競争率が高いのか、瞬く間に埋まっていくらしい。
──そのときだった。
(……あれは?)
掲示板の最下段。ほこりを被ったように隅に追いやられた一件の依頼が、目に留まった。
《調査依頼・仮登録者可》
遺跡調査の補助作業
・依頼主:アルマ=リード自治歴史管理局
・作業内容:封鎖区画における記録石の設置・簡易罠の除去・光源魔法の維持補助
・推奨等級:C相当(仮登録者受注可)
・報酬:7000ラト
・備考:依頼継続期間が長期化しており、協力者不足。仮登録でも申請可能。
(……C相当の依頼なのに、仮登録でも受注できるんですね……?)
私は少しだけ目を見開いた。
この依頼には、明確に仮登録者でも受注可能という文言が記されていた。
しかも、学術的な補助作業で、難易度もそれほど高くない。
(長く放置されている……つまり、何か問題点があるということですか)
けれど──
(記録石、罠除去、光源補助……いずれも私の研究時代と近い領域です。むしろ……馴染み深い。そして何より報酬が、他と比べると高い方でしょうか)
この時代の仕事としては、悪くない。
「……決まりですね」
私はこの依頼を受けるため受付に向かい、登録端末を掲げた。




