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封印されし魔女、四千年後の世界を歩く  作者: しまえび
鍛鉄の街バルグレイン

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第17話:魔女と鉄と炎の町

 山間の道を抜けた先、視界の向こうに赤く煙を吐く煙突群が見えてきた。

 岩肌を削った斜面の下に、いくつもの屋根が連なり、その間を縫うように鉄路と荷車が行き交っている。

 空気には微かに鉄と煤の匂いが混ざっていた。

 

(……あれが、鍛鉄の街バルグレインですか)


 近づくにつれ、金属を叩く高い音が途切れず耳に届く。

 街の入り口では、皮の前掛けをした職人たちが無骨な荷車を押し、真っ黒な鉱石を山のように積んで運んでいた。

 私はふと、遥か昔の光景を思い出す。

 戦争が盛んな時代、権力者たちはこぞって自らの軍のためにお抱えの工房を持ち、武具や甲冑を競うように鍛えさせていた。

 巨大な炉の熱気、響き続ける槌音、並べられた新品の武具がまるで威信そのもののように輝いていた。


(……あの頃と比べても、まったく遜色のない雰囲気ですね)


 街へ足を踏み入れると、すぐにその活気が全身を包み込んだ。

 大通り沿いには鍛冶場が並び、炉の口から噴き出す赤い光が石畳を染めている。

 店先には刃の薄い細工刀から分厚い戦斧まで、さまざまな武具が規律正しく並べられ、どれもが使う者の姿を容易に想像させた。


(……武具も道具も、いずれも手が抜かれていない。良い品が揃っていますね)


 すれ違う職人たちは、額に汗をにじませ、手や腕は煤と油に染まっている。

 だが、その眼差しは皆まっすぐで、鉄と火に向き合う者だけが持つ静かな誇りを帯びていた。

 私はその槌音を聞きながら、大通りを奥へと歩みを進めた。


 通りを奥へ進むと、ひときわ重厚な看板が目に留まった。

 煤けた木板に焼き鏝で「鍛冶屋:鉄の鱗」と刻まれている。

 入口の両脇には、打ち上げたばかりの剣や斧が無造作に立てかけられ、金属の匂いと熱気が通りにまで溢れていた。

 扉を押して中へ入る。

 天井は低く、壁一面にさまざまな武具が整然と掛けられている。

 奥では、炉の赤い光を背にした壮年の男が作業台に向かっていた。

 幅広の背中、腕に絡みつく筋肉、そして火傷の痕がいくつも走る手。

 無口そうな男の眼差しが、私を入店の瞬間に一瞥した。


(……この視線、鍛冶屋というより、戦場に出る前の兵士のようですね)


「……見物か」


「ええ。旅の途中で、久しぶりに本格的な工房を見ましたので」


 私は棚に近づき、一振りの短剣を手に取った。

 刃は波紋のような文様を帯び、柄には細かな銀象嵌が施されている。

 重心も手にしっくりと馴染み、刃の線には迷いがない。


「いい仕事ですね。刃と柄の繋ぎも滑らかで、振り抜きが安定しそうです」


 何気ない感想のつもりだったが、男の目が細くなる。

 低く、やや鼻で笑うような声が返ってきた。


「……女に何がわかる」


 金床を打つ音がぴたりと止み、周囲の空気がわずかに張り詰める。

 私は短剣を静かに棚へ戻し、男の正面に向き直った。


「分かるかどうかは……試してみますか?」


 指先にほんのわずか魔力を宿し、空気を切るように手を振る。

 見えない刃が、すぐ傍らにあった木製の試し台を、髪の毛一筋ほどの薄さで削り取った。

 削られた面は、まるで研ぎ澄まされた刀身で切ったように滑らかだ。

 男は眉をわずかに上げ、削られた跡に指を走らせる。

 そして再びこちらを見ると、しばらく黙ったまま私の目を真っすぐに射抜いてきた。


「……悪くねぇ目と腕だな」


 言葉と共に、口の端がかすかに上がる。

 今度は鼻で笑うのではなく、認めるような響きだった。


「気に入ったら、また寄れ。その時は……女だからって手加減はしねぇ」


「ええ。むしろ、その方が嬉しいですね」


 短いやり取りの中で、互いの技と誇りを測り合った感触が残る。

 工房を出る頃には、通りの喧騒がまた耳に戻ってきたが、背中にはまだ炉の熱と金属の匂いが残っていた。

 


 * * *



 夕暮れが近づくにつれ、街の空気は昼間とは違う色を帯び始めた。

 鍛冶場の炎はなお赤々と燃え続けていたが、通りには酒場や食堂から漂う香ばしい匂いが混ざりはじめる。

 槌音のリズムに代わって、今度は人々の笑い声や、木の扉が開閉する音が響くようになった。

 宿を探して歩いていると、大通りの角に木造の大きな看板が目に入った。

 「炉辺亭」と銘打たれたその宿は、1階が食堂兼酒場になっており、扉を開けた瞬間に、鉄の匂いと香辛料の香りが入り混じった温かな空気が頬を撫でた。


「いらっしゃいませ! 一名様ですか?」

 

 元気な声の女将が、笑顔で迎えてくれる。

 年の頃は四十代半ばほど、快活そうな目をしていた。


「ええ、今夜泊まれる部屋はありますか?」


「もちろんですとも。二階の角部屋が空いてますよ。荷物は置いて、まずは腹ごしらえといきましょう」


 案内された部屋は、木造の梁が温かみを感じさせる、清潔な一室だった。

 荷を下ろして再び階下に降りると、すでに食堂は仕事を終えた職人たちで賑わっていた。


「おや、旅のお嬢さん。これでも食べてあったまりな」


 人懐こい笑みを浮かべた年配の女性が、紙包みを手渡してくれる。

 礼を言い、一口かじると、野菜の旨味と香草の香りが舌に広がり、体の芯まで温まるようだった。

 つい先日の港町での夜がふと脳裏をかすめる。杯を何度も重ね、陽気になっていた自分の姿。

 思わず肩をすくめ、小さくため息を漏らす。


(……もう、あんな失態は繰り返せませんね)


 食事を終え、自室へ戻ろうと歩き出すと、近くに座っていた職人たちが声をかけてきた。

 昼間の工房でのやり取りを耳にしていたらしく、「あんた、なかなか目が利くらしいな」と笑う者もいれば、「明日も見ていくといい、もっと面白いもんが見られるぞ」と教えてくれる者もいる。

 理由を尋ねると、彼らは誇らしげにこう言った。


「年に一度の鍛鉄祭だ。鉱山の恵みと炉の火に感謝して、町じゅうで打ち続けるんだ。炉は一晩中絶やさねぇし、打った鉄は翌朝、神前に捧げられる」


 その言葉に、胸の奥が静かに高鳴る。


(……これは、ぜひ見学しておきたいですね)


 戦が絶えなかった頃も、武器を打つための火は決して消えなかった。

 しかし、それが今は争いではなく、感謝と祝福のために灯されている。その事実が、どこか嬉しかった。

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