第14話:魔女と観測依頼②
指定された中核地点に着いた頃には、風が少し冷たくなっていた。
地面はところどころ乾きかけの泥でぬかるみ、魔力の流れが滞留しているのが肌でも分かる。
「……ここが中心、ですね。魔力の流れが明らかに濁ってる……」
彼女が立ち止まり、端末を片手に辺りを見回す。
落ち着いた声だったが、その額にはわずかに緊張の色がにじんでいた。
「ええ。観測石の設置座標とも一致しています。まずは、状態確認から始めましょう」
私はそう答えて、腰を屈める。
地中に半ば埋もれるように設置された観測石は、表面に淡く亀裂が走っていた。
長期間放置されていたためか、魔力の転写精度も低下している。
「観測石の交換、私がやります。補助、お願いします」
「了解しました。周囲の魔力流も確認しておきますね」
彼女は素早く装置を取り出し、手際よく作業に取りかかる。
その動作に、無駄はなかった。
数分のうちに、古い石を取り外し、新しいものへと差し替えが完了する。
同時に、私は周囲の流れを読み取り、微細な乱れの位置を示す簡易マーカーを地面にいくつか設置した。
「……綺麗に補正が入りましたね。転写は安定しています」
「補助装置の反応も問題なしです。やはり、石そのものの劣化が主因だったようですね」
互いの確認を終え、私は小さく息を吐く。
これで一次処置は完了、のはずだったが。
「……今、何か……」
彼女の視線が、森の奥へと向けられていた。
耳を澄ますと、確かに草を掻き分けるような音。
それは、風に乗った獣の気配と共に、じわじわと距離を詰めてくる。
「……魔物ですね。複数体、こちらへ向かっています」
私は即座に返す。
音の規則性と踏み込みの重さから、集団での行動。種類まではまだ分からないが、小型ではない。
「どうしますか?」
「姿を確認し、必要なら戦闘に移行します」
草の間から姿を現したのは、群喰いと呼ばれる低ランク魔物だった。
黒くぬめるような体表。眼はなく、代わりに全身にまばらな触手を備えている。単体では脅威にならないが、広範囲に拡散し、複数体で連携して獲物を追い詰める習性を持つ。
「……あれは群生型の魔物……」
彼女は静かに呟き、腰の短剣へ手を伸ばす。
その背後に、同種の魔物がさらに二体、ずるりと這い出てきた。
「三体……いいえ、もう少し」
「周囲に散ってます。先に動きますね」
私がそう告げると、彼女は一瞬だけこちらを見てすぐに頷いた。
右手を前に。
指先から魔力を流し、空中に簡易陣式を走らせる。
音なき刃。
瞬間、視界の中で空気が歪み、魔物の頭部が断たれた。
風も音もない。ただ、切断された身体が地面に崩れ落ちるだけ。
その間に、残りの個体が触手を広げてこちらへと迫ってくる。
彼女が素早く前に出ようとした瞬間、私はその足元に軽く手をかざした。
「っ……!」
床に薄く魔力の幕が張られ、前に出ることを制止する。
「ここは、任せてください」
私の声に、彼女は動きを止めた。
次の瞬間、2つの小陣式が同時に展開される。
片方は魔物の足元、もう片方は空中に。
魔力拘束、そして衝力刃。
足元を絡め取られた魔物たちは、一瞬のうちに動きを止められ、空中から斜めに走った刃が、無音のまま二体を切り裂いた。静寂だけが残る。
「……ふぅ、無事完了ですね」
私は軽く息をついて、背後を振り返った。
彼女は、一歩も動かずにそこに立っていた。
表情は変わらない。しかし、微かに握られた拳が震えていた。
「この区域の魔物は、これで一掃できたと思います」
「……はい。そのようですね」
少し遅れて返された言葉は、わずかに硬かった。
私は地面にしゃがみ、魔物の残骸を観察しながら小さく呟く。
「……この種類は、どうやら地中の微細な魔力流に反応して、活動を始めたようですね。観測帯の乱れは、こいつらの動きと連動していたのかもしれません」
その分析に、彼女は少しだけ頷いた。
視線は私ではなく、魔物の残骸へと向けられていた。
「これで、任務の第一段階は完了です。次は……」
そう口にしたとき、背後から軽い足音が近づいてきた。
「お、終わってるじゃねぇか。さすがだな、お嬢ちゃんたち」
振り返れば、グレイハウンドの三人が戻ってきていた。
リーダーが腕を組んで辺りを一瞥し、感心したように口を開いた。
「こっちは何もなかったが……あんたら、見事なもんだ。特にルシア。あんた、ほんとにDランクか?」
「ええ、まぁ」
私はそう答えて、小さく微笑んだ。
「ま、こりゃギルド長も目を付けるわな。……よし、じゃあ他のポイントも確認して、まとめて報告といこうか。Bランク組とは、向こうで合流予定だ」
「了解です」
「承知しました」
その後も、私たちはグレイハウンドと共に第4観測帯の各地点を巡回した。
幸い、大きな異常は確認されなかった。
終盤、予定通りに先行していたBランクの冒険者たちと簡単な合流確認を済ませ、現地で情報をすり合わせる。
(……こちらも目立った異常はなかったようですね)
必要な記録をまとめ終えると、各人が手早く準備を整え、帰還の途についた。
* * *
夕方、冒険者ギルド本部。
「ふむ、状況報告は以上で間違いないな?」
応接室に集まった私たち一同へ、ギルド長が確認する。
彼の表情は穏やかだったが、眼差しの奥には確かな評価の色が見える。
「全員、よくやってくれた。現地での判断も迅速で、危険を最小限に抑えられたのは立派だ。今回の件は正式に完了とし、報酬は即日振り込む。それぞれ、これを次の活動に繋げてほしい」
グレイハウンドの三人が軽く頷き、解散の準備を始める。
私も席を立ち、深く一礼した。
「では、解散とする。ご苦労だった」
彼の短い労いに、全員が応えて部屋をあとにする。
廊下に出ると、すでに陽は傾き始めていた。
セルティアの石畳が、夕暮れの色を反射して微かに赤く染まっている。
(……この都市での依頼も、これで一区切りですね)
人の往来、魔力の流れ、戦いと観察。
この街で過ごした2日間は、確かに私にとって価値のあるものだった。
背後から足音が近づいてきた。
振り返ると、 ノア・アウステルの姿があった。
やや早足で歩いてきた彼女は、私の前に立ち、小さく息を整える。
「……あの、ルシアさん。先ほどは、ありがとうございました。お恥ずかしいですが……私、咄嗟に動けなくて。助けられました」
「いえ。誰にでも、そういう時はあります」
私がそう返すと、彼女はほんの少しだけ視線を下げ、すぐに顔を上げた。
その瞳には、先ほどよりも柔らかな色が宿っていた。
「……また、どこかでご一緒できれば」
「その時が来れば、きっと」
短い言葉を交わし、私たちは別の方向へと歩き出す。
この世界は広く、旅はまだ続く。
その途中に、今日のような交差があるのだとすれば。
(……悪くありませんね)
胸の奥に、静かな余韻を残したまま。
私は、石畳の道を再び歩き始めた。




