第13話:魔女と観測依頼
翌朝、ギルドを訪れると、受付の女性が静かに声をかけてきた。
「ルシア・フェーン様、ギルド長よりお話があるとのことです。応接室へご案内いたしますね」
「……はい、承知しました」
案内されたのは、奥にある重厚な扉の先。
内装は質素ながら整理が行き届き、壁には過去のギルド記録や地図、そして数々の戦歴を物語る武具の装飾が並んでいた。
「よく来てくれた、ルシア・フェーン嬢。私はこのギルドの長を務める、カルド=グレイダスだ」
椅子から立ち上がったのは、背の高い壮年の男。
銀灰の短髪と深い皺、そして1つ1つの動作に宿る無駄のなさが、彼の過去を物語っている。
「まずは昇格試験、見事だった。記録映像は私も確認させてもらったが、あれほど静かに、効率的に、なおかつ精度の高い制圧をする者は珍しい」
「恐縮です。試験に通過できたのは、ひとえにセルティアの制度のおかげです」
「……はは。模範解答だな」
ギルド長は軽く笑ってから、ふっと真顔に戻る。
「正直なところ、私は君にこの街で継続して活動してもらいたいと考えている。セルティアには、君のような魔法の使い手が必要だ」
その言葉に、私は静かに首を振った。
「申し訳ありません。私には、特定の場所にとどまる意志がありません。この世界を見て回るつもりで、冒険者の資格も道中の手段として得たものです」
「……そうか。やはりそうか」
ギルド長は大仰に肩をすくめたが、すぐに顔を引き締めた。
「ならば、せめてこの一件だけでも、力を貸してもらえないか。このギルドで今、少々厄介な状況が起きていてな。本来はCランク以上の者に回すところだが、どうにも人手が足りん」
「……それでしたらまぁ。詳しく、お聞かせ願えますか?」
「ああ。街の北西にある第4観測帯で、魔力源に微細な乱れが発生している。未然に対応できれば問題ないが、放置すれば魔力障害を引き起こす可能性がある。その確認と、必要であれば小規模な修正を頼みたい」
「……なるほど。観測と処置の任務、ですね」
「加えて、同じ任務には、Cランクのベテランパーティと最近Dランクに昇格した冒険者が一人、すでに動員されている。ノア・アウステルという。君も名は聞いたことがあるかもしれん」
「……はい。昨日、少しだけ話を」
「そうか。ならば都合がいい。技術と判断力の優れた者を組ませて、現地をしっかり確認してきてほしい。どうだ、引き受けてもらえるか?」
ギルド長の目は真剣だった。
人手が足りないと言いながらも、ただの数合わせではない。
的確に動ける者を見極めたうえでの指名だということが、言葉の端々から伝わってきた。
「……分かりました。この件に限り、引き受けさせていただきます」
私がそう答えると、彼はようやく表情をゆるめた。
「……ありがとう、本当に助かる。観測帯への通行許可と地図情報、それから魔力安定用の補助装置はこちらで用意する。出発は正午。準備を済ませて、指定地点に向かってくれ」
「承知しました。ありがとうございます」
扉を出る直前、私は一度だけ振り返った。
ギルド長の視線は、すでに机上の地図へと戻っていた。
(……本当に、戦いの街なんですね)
この都市で生きる者たちは、誰もが自分の戦場を持っている。
その在り方に触れたような気がして、私は静かに部屋をあとにした。
* * *
正午、観測帯前の集合地点。
街の外れにある管理ゲートを越えた先、簡易の防護結界が設置された小道の前に、私は立っていた。
(……ここで合流の予定、ですね)
周囲に人の気配はまだない。
魔力の流れは穏やかだが、どこか張り詰めたものが地中に漂っている。
観測任務としては、確かに前兆としての異常と見るべきかもしれない。
その時、足音が近づいてきた。
「……来てたんですね」
振り向くと、そこには昨日話をした少女の姿があった。
軍服調の実用装備に身を包み、変わらず表情は整っている。
「ええ。よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
その時、背後から複数の足音が近づいてきた。
振り向くと、冒険者然とした男たちが三人、小道を歩いてくる。
「おっ、いたいた。こっちが新人組か」
先頭の男がそう言って笑い、片手を軽く挙げた。
いずれも20代半ばほどに見える男たちで、肩にはセルティアのエンブレム。装備は整っており、動きにも無駄がない。
「君たちがDランクになったばかりの新人だな? 俺たちはCランクパーティのグレイハウンドだ。君たちのことは、ギルド長から聞いてる」
「お世話になります。ルシア・フェーンと申します」
「 ノア・アウステルです。よろしくお願いします」
互いに軽く頭を下げ、端末を照合。
情報が一致すると、男は満足げに頷いた。
「俺はバルド、グレイハウンドのリーダーを務めている。こっちはレンとキース。 先行してるのは、Bランクの連中が2パーティ。俺たちは後詰めとして、周辺の魔力濃度と影響範囲を確認することになってる」
「……かなり慎重ですね」
「観測帯は何が起きるか分からないからな。被害が出てからじゃ遅い。だからって若手だけで放り出すような真似はしないよ。俺たちがカバーに回る」
(……なるほど。私たちは期待の若手として添えられた形ですね)
ただの数合わせではない。
この都市のギルドが、見極めに動いているのだと感じられた。
「じゃあ出発しようか。ルートは西側の緩斜面から入って、合流地点で落ち合う手はずだ。問題ないな?」
「ええ。よろしくお願いします」
彼の指示に頷きながら、私たちは歩き出した。
風の流れに沿うように整えられた道を、整然と進む五人。
(……初めての集団行動ですね)
* * *
「……よし、そろそろ斜面の端に出る」
西側斜面を下りた先、私たちは静かに足を止めた。
そこは第4観測帯の指定エリア。魔力の流れが集まる小規模な谷地で、湿った草木の香りが空気に混ざっている。
既に現地には、先行していたBランクのパーティが展開していた。
簡易な調査装置を複数設置し、地中の魔力流を計測しながら、必要な魔力の再編処置を進めているようだ。
こちらには軽く頷きを寄越すだけで、会話らしいものは交わされなかった。
(……想像以上に、実務的な現場ですね)
「じゃあ、俺たちグレイハウンドは外周に回る。広域の魔力分布を測定して、異常波形が出た地点をチェックするのが主な役目だ」
グレイハウンドのリーダーはそう言ってから、私たち二人に目を向けた。
「二人には、観測帯の中心部にある観測石の交換と、転写装置の記録確認を頼みたい。中核部の測定は現地の調整が効きづらくてな、フットワークの利く若手のほうが向いてるんだ」
「……了解しました」
私たちは頷き、それぞれの役割を確認する。
命令ではあるが、的確な判断だった。言葉に無駄がなく、こちらの力量もある程度は把握された上での分担なのだろう。
「じゃあ出発しよう。外周ルートは俺たちが先行する。連絡は端末の通信を使え。何か異常があったら即座に知らせること」
彼の指示に軽く応じ、私たちは指定の中間ポイントへと向かった。




