第12話:魔女とDランク昇格試験
「ルシア・フェーン様ですね。昇格試験の件でお呼びいたしました」
受付から案内されたのは、ギルド本部の一室だった。
記録と防音の結界が張られた静かな空間で、応対に出たのは黒服の審査担当官。
魔力量よりも実績評価を重視するというセルティアの昇格方針に則り、端末と書類による正式な確認が行われる。
「現在、Fランク。活動期間はおよそ三週間。受注件数と内容は、生活支援型依頼が主──ですが、件数と達成速度を踏まえれば、基準値は超えています」
端末の画面を指先でなぞりながら、担当官は淡々と進めていく。
「セルティアではDランク昇格に際し、任意の試験案件を課します。受験資格を満たす方には、こちらから実施案件をご提示いたします」
私が黙って頷くと、目の前に置かれた端末に、指定任務の内容が映し出された。
《北方林縁・第7管理区域における魔物の掃討および安全確認》
任務内容:複数個体による群生型魔物〈スワンプモール〉の巣を制圧し、周囲の安全性を確認の上、記録石による報告を行うこと。
魔物の強さ:低等。集団による接近・奇襲性あり。
判定基準:対象区域の制圧、確認済み区域の報告、持ち帰った記録石の内容に基づく。
「実戦を主軸とした試験です。とはいえ、Dランク相応の危険度に抑えた案件ですので」
「……承知しました。内容に問題はありません」
私はすぐに返答する。担当官は軽く頷き、端末を操作した。
「では、受領確認を……はい。正式に受理されました。準備が整い次第、出発していただいて構いません」
形式的なやり取りだが、ギルド内で行われる手続きの中では、この瞬間がひとつの区切りなのだろう。
私もまた、画面に表示された試験依頼の概要に指を添え、魔力認証を通す。
(……なるほど、群生型の魔物ですか)
スワンプモール。地中に潜み、群れで獲物を狩る鼠型の魔物。
単体では脅威にならないが、巣が形成された場合、近隣の人間や動物に被害が出る。
その巣の掃討が目的であれば、事前調査・侵入・制圧・安全確認・記録と、行程は多岐にわたる。
(戦うだけではなく、状況の判断も含めて、ですね)
けれど、決して難しい任務ではない。
むしろこの試験を通して見ているのは、過剰な力ではなく、「適切に行動できるかどうか」。
この都市らしい選定だと感じた。
「なお、今回の任務は単独での実施ということでよろしいですか?」
「はい。それでお願いします」
「承知しました。同行の補助者なし、支援も不要とのことですね」
担当官は慣れた様子で確認を進め、特に驚いたりはしなかった。
この都市では、単独行動を選ぶ者も珍しくはないのだろう。
必要な記録石と地図情報が端末に転送されるのを確認し、私は立ち上がった。
「それでは、いってまいります」
「ご武運を」
ごく短い、そのやり取りだけで。
私の初めての昇格試験は、静かに始まった。
* * *
街を抜けて北へ、およそ一刻。
舗装された道はやがて草地に変わり、低木の間を抜けると、管理区域を示す簡易の結界標が現れた。
《第7管理区域 関係者以外立ち入り禁止》
木製の立札には、退色しかけた注意文。
だが、すでにその内側には人の気配はほとんどない。
(……確かに、手入れの頻度も落ちていますね)
地面には獣の足跡が残り、枝葉には擦れた痕跡。
魔力の流れもやや濁っており、小動物が寄りつくには不向きな環境になっている。
私は端末を確認し、試験の対象区域を照合。
指定された地点は、区域内の小さな湿地帯。周囲よりも地盤が低く、自然に魔力が滞留しやすい地形だ。
(スワンプモールが好む環境としては、妥当ですね)
風が抜ける。淡い外套が揺れ、私はひとつだけ呼吸を整えた。
小高い土手の上から、湿地帯を見下ろす。
そこには、くすんだ土色の魔物の群れがうごめいていた。
丸く肥えた体躯に、異様に発達した顎と牙。地中を掘るための前肢。
スワンプモール。かつて私の時代には見なかった種だが、今では低ランク依頼の常連魔物らしい。
(数は……十二。近くに巣がある可能性もありますね)
私は外套の内側から、小さな金属筒――記録魔力石を取り出し、空中に放つ。
淡く輝いたそれは、魔力の命令に従って自律的に浮遊し、状況記録を始める。
「始めましょうか」
右手をわずかに掲げる。
その指先に編み込まれた、淡い魔法陣。
魔力を乗せて、そっと風を走らせる。
その風は一条の刃。
湿地帯の空気に溶け込むように、静かに、低く、狙いすました一閃となる。
次の瞬間。
地鳴りもなく、魔物のうち数体が一斉に動きを止めた。
斬撃は皮膚を裂くでもなく、内側から力の流れを断ち切った。
スワンプモールは苦痛すら感じることなく、ただ崩れ落ちる。
残りの個体が騒ぎ始める。
警戒の唸りとともに、こちらへ向かって地面を蹴った――その直後。
私は、指を鳴らす。
刹那、地面が沈む。
足元から膨らんだ魔力が、彼らの動線にだけ影響を与える緩衝陣を形成。
身体を逸らす間もなく、魔物たちはその場で転倒した。
続けて、足元から立ち上る霧状の魔力。
意識を奪うことを目的とした鎮静系の魔法で、魔物たちは順に眠りについた。
(……あとは、巣の確認です)
私は地形の傾斜と魔力の流れを見極めながら、湿地帯の奥へと進む。
ほどなくして見つかった巣穴は、浅く、未完成に近い。
群れの規模としても、まだ拡大前だったのだろう。
土の中に残った残滓を魔法で焼却し、魔力の痕跡を封じる。
周囲の安全を確認し、記録石に映像と魔力分析を収めていく。
数分後。
「……完了、ですね」
全ての手順を終え、私は記録石を端末へと戻した。
振り返ると、風だけが湿地を渡っていく。
騒がしさも、凄惨さもない。ただ静かに終わった試験だった。
* * *
ギルドに戻ったのは、陽がやや傾き始めた頃だった。
試験出発から、およそ三時間と少し。
受付には先ほどと同じ女性職員が立っており、私の姿を見るなり端末を手にした。
「お戻りですね、ルシア・フェーン様。記録石の提出と、結果報告をお願いします」
「はい。こちらになります」
私は端末を操作し、記録魔力石に記録された映像と報告データを提出する。
提出と同時に、自動分析が始まる。
映像の正当性、魔力痕跡の処理履歴、設置箇所の座標など、必要な情報が次々と照合されていく。
(……魔法の発動も、すべて記録されているようですね)
不正防止と、技術水準の確認を兼ねたこの仕組みは、冒険者にとっては査定の目でもある。
「確認完了しました。……対応速度、術式制御、敵性魔物の制圧手順、環境処理。 いずれも非常に良好。基準点を十分に上回る内容です」
受付の女性が、ほんのわずかに目を見開く。
「……これほど早い帰還は久しぶりです。そして、これほど静かな制圧も」
「ありがとうございます。無事、終えることができてよかったです」
私が小さく会釈すると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「それでは、セルティアとして、ルシア・フェーン様のDランク昇格をここに認定いたします。こちらに、端末をおかざしください」
端末同士が魔力信号を交わし、新たな情報が登録される。
試験合格の記録、Dランク昇格。
端末の表示が変わった瞬間、私の中に小さな実感が芽生えた。
「今後は、Dランク以上の依頼が受けられるようになります。どうか、引き続き安全にお勤めください」
「はい。ありがとうございます」
* * *
ロビーの奥、共有ラウンジの一角。
私は窓際の椅子に腰を下ろし、魔力灯の下で端末を眺めていた。
新たに表示された「D」の文字。
記録上の変化はただそれだけ。
だが、その一文字が、この街での立ち位置をわずかに変えていくのだろう。
そのとき。
「……もう戻ってたんですね」
すぐ傍の席から、そんな声が聞こえた。
視線を向けると、そこにいたのは先程話を聞いたDランクの少女だった。
「ええ。試験は無事に終わりました」
「……昇格、おめでとうございます」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、試験の全体像がつかめました」
私がそう返すと、彼女は一瞬だけ視線を外し、それから小さく息を吐いた。
「別に、私は何もしてないです。でも……あなたの動き方、ちょっと気になります」
「……気になる?」
「この街の人たち、だいたいみんな、自分の力を見せたがるんです。武器を見せて、魔法を見せて、速さを競う。でもあなたは、全然違います」
それ以上の言葉はなかった。
けれど、そこにはたしかに、小さな興味の芽が生まれていた。




