8話 悪役令嬢、引退します
「あなたが、私と同じ顔をしているから。あなたがしたことは、全て、あなたがしたことになるからよ」
本物のリリアーナの言葉が、私の頭の中を反響する。彼女の屋敷の一室に閉じ込められた私は、絶望の淵に立たされていた。
私は、これまで嫌われようと悪役を演じてきた。だが、その結果、攻略対象たちから「自己犠牲の令嬢」と誤解され、愛されてしまった。
そして、その「愛」を利用し、本物のリリアーナは、私と、私を愛する者たちを破滅させようとしている。
(どうすればいい……?どうすれば、この最悪の状況を覆せるの……?)
私は、頭を抱えていた。その時、部屋の扉がノックされた。
「リリアーナ!無事か!」
扉を開けると、そこに立っていたのは、レオンハルト殿下だった。彼は、私の顔を見るなり、安堵したように息を吐いた。
「よかった……君が、あの女に何かされたのかと……」
彼は、私を強く抱きしめた。その温もりに、私は思わず涙がこぼれそうになった。
「殿下……なぜ、ここに……?」
「君を心配して、追いかけてきたんだ。リリアーナ、あの女の言うことは、信じなくていい。君は、私を助けようとして、自分を犠牲にしたんだ。私は、そんな君を、心から愛している」
レオンハルト殿下は、私の額にキスをした。その言葉は、とても甘く、そして私を絶望させるには十分すぎるほどだった。
(ダメ……!殿下、私に愛の告白なんてしないで……!この告白は、破滅の引き金なの……!)
私は、彼を突き放そうとした。しかし、その時、部屋の扉が再び開いた。
「レオンハルト!リリアーナ様を離せ!」
そこにいたのは、アルフレッド殿下とロベルト様、そしてジル殿下だった。彼らは皆、心配そうな顔で私を見つめている。
「リリアーナ様、私こそが、あなたに相応しい人間です!この男の嘘に、耳を貸さないでください!」
アルフレッド殿下が、レオンハルト殿下を睨みつけた。
「彼女は、私の真の強さを認め、私に全てを託してくれたのだ!私が、彼女を守ります!」
ロベルト様も、剣に手をかけ、臨戦態勢に入っている。
「君は、私の研究を理解してくれる、唯一の人間だ。私は、君の力になる。だから、私のもとに……」
ジル殿下は、私に手を差し出した。
私は、もはや言葉を失った。
私の「嫌われる努力」は、最終的に、彼らの「愛の告白」という、最も恐ろしい結末を招いてしまったのだ。
その時、彼らの背後から、静かに拍手が聞こえた。
「素晴らしいわ。本当に、素晴らしい愛の告白ね」
拍手をしていたのは、本物のリリアーナだった。彼女は、冷たい笑みを浮かべて、ゆっくりと私たちに近づいてくる。
「ありがとう、偽物。あなたが積み上げてきた『愛』のおかげで、彼らは、私を憎むようになるわ」
本物のリリアーナは、そう言うと、レオンハルト殿下の隣に立ち、彼の腕に手を絡めた。
「レオンハルト。あなたが、この偽物を愛したことは、もう知っているわ。ならば、あなたに、この罰を与えましょう」
彼女は、レオンハルト殿下の耳元で何かを囁いた。その瞬間、レオンハルト殿下の顔は、みるみるうちに青ざめていった。
「う、嘘だ……そんな……」
レオンハルト殿下は、私を信じられないという目で見た。
「そうよ。この偽物が、あなたの恋を成就させるために、イザベラを苛めていたのは、全て私の命令だったの。あなたたちを、破滅させるためにね」
本物のリリアーナは、私を指さして、冷酷に言った。
私は、その言葉に、息を呑んだ。
そして、悟った。
彼女は、私の**「嫌われる努力」という名の行動を、全て自分の悪行として、彼らに理解させようとしている**のだ。
愛の告白は、破滅の合図だった。そして、この瞬間、私の悪役令嬢としての物語は、本当の意味で終わってしまった。