51話 運命の力
私は、武神の剣が振り下ろされる直前、憎しみに打ち勝ったクロード王子の体を抱きしめた。
「クロード王子!私を見て!あなたの復讐は、私の運命を殺すことになるわ!」
私の叫びは、戦場の喧騒にかき消されそうになるが、彼の耳には届いたはずだ。
「運命だと?またその言葉か、カミの幻影め!」
クロード王子は、私の手を振り払おうと力を込めるが、私は決して離さない。
「幻影なんかじゃない!私は、あなたの運命を知っている!あなたが、ライオネル殿下を助けようとした優しさを知っている!あなたの運命が、私をこの世界に戻したのよ!」
「黙れ!俺の心に運命などない!あるのは、カミへの憎しみだけだ!」
彼の憎しみは強大だった。彼の体から発せられる赤いオーラは、私を焼き尽くすかのように熱い。しかし、私は耐えた。
その時、武神・耕太の声が、空から響いた。
「ハッ!いいぞ、いいぞ!運命と憎しみの最高のコントラストだ!そのまま、憎しみに飲まれて、この世界をめちゃくちゃにしてやれ、クロード!」
武神は、この状況を心底楽しんでいた。
「クロード!カミの思惑に乗るな!お前の憎しみは、武神の餌だ!」
レオンハルト殿下が叫ぶ。本物のリリアーナも、必死に鎮静の魔法をかけていた。
「クロード!あなたの憎しみは、私の運命を殺す!運命を捨てて復讐を選べば、あなたは、カミの人形になるのよ!」
私の言葉が、クロード王子の体に、わずかながらも影響を与えた。彼は、武神に家族を殺され、その血を分け与えられたことで、最も憎むべき存在の道具にされることを恐れていた。
彼の瞳に、憎しみ以外の、混乱と苦悩の色が戻った。
「人形…俺は…」
「あなたは、人形じゃない!あなたは、運命に選ばれたクロード王子よ!」
私は、彼の顔に手を伸ばし、頬に触れた。彼の肌は、熱に浮かされたように熱い。
「運命を思い出して。その憎しみに打ち勝てるのは、武神の血ではない。あなたが、私と共に歩もうとした運命よ!」
私の魂の叫びは、武神の血の暴走と、憎しみの鎖を、わずかに緩めた。
クロード王子の手から、剣がカタリと落ちた。
彼は、私の手を掴み、苦痛に歪んだ表情で、私を見つめた。
「リリアーナ…お前は…本当に…」
「ええ。あなたと共に在る運命を選んだ、リリアーナよ」
私がそう答えた瞬間、クロード王子の体から噴き出していた赤いオーラが、一気に収束した。彼の体内の武神の血が、運命の力によって、一時的に沈静化されたのだ。
「チッ、つまんねぇな!」
武神・耕太は、苛立ちを露わにし、空中で巨大な剣を振りかざした。
「そんなヌルい運命で、俺の物語を終わらせると思うなよ!」
武神の剣が、私たちめがけて振り下ろされる。この一撃を受ければ、私たちに生き残る術はない。
その瞬間、クロード王子は、私を抱きしめると、地面に落ちていた千鶴の杖を、素早く拾い上げた。
「リリアーナ、行くぞ!」
彼は、私を抱えたまま、千鶴の杖を天に掲げた。武神の血と、因果律を操る杖の力が、共鳴し始める。
「お前の物語には、もう付き合わない!」
クロード王子の叫びと共に、杖から、黒と赤の光が、武神の剣の直撃を避けるように、私たちを包み込んだ。
「なにっ!?」
武神の驚愕の声が響く中、私たちは、光の中に消えていった。
武神の巨大な剣は、空振りし、私たちがいた場所の地面を深く抉った。
私たちは、武神の攻撃から逃れた。だが、次にたどり着いた場所は、どこなのだろうか。




