3話 嫌いになるための計画、再び
悪役令嬢として嫌われるために、私は新たな作戦を実行する。
今度こそ、誰もが私を心底嫌いになるような、決定的な行動を。
しかし、この世界の住人は、どうやら私の思考を理解できないらしい。
嫌われるための言動は、なぜか全て、好意的な言葉へと変換されていく。
もはやこれは、私の努力が足りないのか、それともこの世界がおかしいのか。
真の悪役令嬢を目指す私の、終わらない誤解と勘違いの物語。
「私が……ジル殿下と、レオンハルト殿下の間で揺れ動いているとでも……?」
私は、目の前で険しい顔をしているアルフレッド殿下に、思わず聞き返した。なぜこんな話になっているのか、さっぱり分からない。
昨夜、ジル殿下に「私のものだ」と言われた後、彼はそのまま部屋を出ていった。私は、彼の言葉の意味を考える間もなく、ベッドに倒れ込んで眠ってしまった。そして今、朝食の席でアルフレッド殿下に呼び出され、この状況だ。
「リリアーナ様は、いつも一人の男性に執着することはございません。それは、常に最善の選択を模索されている証拠でしょう」
アルフレッド殿下は、優雅にカップを傾けながら言った。その言葉の裏には、レオンハルト殿下とジル殿下の両方を牽制する意図が見え隠れする。
「ですが、リリアーナ様。彼らはあなたの本当の魅力にまだ気づいていない。あなたを心から理解し、支えられるのは、私だけです」
穏やかな微笑みの裏に、独占欲がちらつく。私はゾッとした。これが、ゲーム内では「癒しの王子」だった人物なのだろうか。
このままでは、本当に修羅場が始まってしまう。私は、もう一度、嫌われるための計画を練り直す必要がある。これまでのやり方では、どうやら「愛され」ルートにしか進まないようだ。
(もっと、決定的に嫌われる何か……)
私は頭をフル回転させる。原作のリリアーナがやっていた悪行は、全て裏目に出た。ならば、原作にはない、もっとえげつないことをするしかない。
その日の午後、私は魔法学園の錬金術研究室へと足を運んだ。私は前世で、このゲームの隠し要素やバグ技まで網羅していた。その知識を使えば、きっとこの状況を打破できるはずだ。
「リリアーナ様、なぜここに?」
研究室の奥で、魔術具をいじっていたジル殿下が私を見つけて驚いた顔をする。
「ジル殿下。あなたに、とっておきのレシピを教えてあげましょう」
私は悪役令嬢らしい、高慢な笑みを浮かべた。
「これは、飲んだ相手があなたに一生逆らえなくなる、強力な惚れ薬のレシピですわ。私に忠誠を誓わせたい相手がいるのでしょう?」
私は、偽のレシピを記した羊皮紙を彼に手渡した。このレシピは、実は飲んだ者を一定期間、強烈な下痢に襲わせる「お腹くだし薬」だ。これを渡せば、ジル殿下はきっと激怒するだろう。そして、私のことを心底軽蔑するはずだ。
ジル殿下は、レシピをじっと見つめ、やがて顔を上げた。
「……リリアーナ。君は、こんな素晴らしいものを、私にくれるのか?」
彼の目は、驚きと感動で潤んでいた。私は、またしても予期せぬ反応に固まる。
「この薬があれば、君が愛する人の心を、誰にも奪わせずに済む。君は、自分の恋を実らせるために、私を助けてくれるのだな」
「いえ、そうではなくて……!」
私の言葉を遮るように、彼は私の手を握り、感謝の言葉を口にした。
「ありがとう、リリアーナ。君の優しさに、私は報いなければならない」
なぜだ。どうしてこうなるんだ。下痢薬のレシピなのに、どうしてこんなにも感謝されるんだ。
その日の夜、私は自室で頭を抱えていた。嫌われるための計画は、またしても失敗に終わった。
その時、私の部屋の扉がノックされた。開けると、そこには騎士団長のロベルト様が立っていた。
「リリアーナ様、先日はお時間を取れず、申し訳ございませんでした」
彼の言葉に、私は首を傾げる。ロベルト様とは、特に何の約束もしていなかったはずだ。
「いえ、ロベルト様とは、特に……」
「いえ!お忘れになられたのですか!リリアーナ様から、私に『真の強さとは何か』を教えてほしい、と頼まれたではないですか!」
ロベルト様は、真剣な眼差しで私を見つめている。私は、そんな頼み事をした覚えがない。これは、きっと誰かの策略だ。
「リリアーナ様、私には分かります。あなたは、レオンハルト殿下やアルフレッド殿下のように、甘い言葉で女性を誘うのが得意ではない。だからこそ、私に、真の騎士道とは何かを学び、強くなろうとしているのですね!」
「……え?」
「さすがはリリアーナ様!ご自身で強くなろうとするとは!私の人生、全てをかけてあなたにお仕えします!」
ロベルト様は、興奮した様子で私にひざまずき、忠誠を誓うようなポーズを取った。私は、もうこの世界の住人の思考回路が理解できない。
私の「嫌われる努力」は、なぜか「愛される努力」へと変換されてしまう。
もはや、私の悪役令嬢人生は、完全に詰んでしまったのだろうか。