18話 クロードという名の劇薬
クロード王子の言葉は、私の心を揺さぶった。この運命から抜け出すための糸口を、彼が握っているのかもしれない。しかし、同時に三柱の「カミ」の言葉が、私の心に不穏な影を落とす。新たな希望は、新たな絶望の始まりなのか。
私はクロード王子に、すがるような思いで、しかし毅然とした態度で尋ねた。
「クロード王子、差し出がましいお願いだと存じますが、わたくしに、あなたの『愛さない自由』をお貸しいただけませんか?」
レオンハルト殿下の顔が、驚愕に歪む。彼の視線が、クロード王子と私を交互に行き来し、戸惑いを露わにしていた。しかし、今の私にとって、殿下の感情は二の次だった。
クロード王子は、私の言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに深く穏やかな微笑みを浮かべた。
「面白いご提案ですね、リリアーナ嬢。もし差し支えなければ、その真意をお聞かせいただけますか?」
「……わたくしは、愛されたいと願う者ではありません。しかし、この世界は、それを許してくれない。わたくしを愛する者ばかりが、わたくしの周りに現れるのです」
私は、三柱の「カミ」の存在を告げることはできない。だが、この奇妙な状況を、どうにかして彼に伝える必要があった。
「私は、愛されるという『幸福』が、苦痛なのです。ですから、どうか、その『愛さない自由』で、わたくしを拒絶していただきたいのです」
私の言葉に、レオンハルト殿下が声を荒らげた。
「リリアーナ!何を言っているんだ!愛されることが苦痛だなんて、そんな……」
殿下の悲痛な声が、私の心を締め付ける。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「殿下には、わたくしの気持ちはわからないでしょう。いいえ、わかろうとする必要もありません。わたくしは、ただ、この運命から解放されたいだけなのです」
私は殿下の視線を避け、クロード王子にまっすぐ向き直った。
「クロード王子、お願いします。わたくしを『愛さない』という形で、救ってください」
クロード王子は、レオンハルト殿下と私のやり取りを静かに見守っていた。そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「リリアーナ嬢。あなたの言葉、確かに受け取りました。そして、お断りいたします」
クロード王子の返答に、私の胸は激しく高鳴った。拒絶。この言葉こそ、私が求めていたもの。
「わたくしは、あなたが言うような『愛さない自由』を、誰かのために使うつもりはありません。それは、あくまで私の自由であり、誰かの願いを叶えるための道具ではないからです」
彼の言葉は、私の予想とは全く違うものだった。私は、ただ、彼に「愛さないでほしい」と願っただけなのに。
「そして……」
クロード王子は、私の瞳をまっすぐに見つめ、静かに、しかし力強い声で続けた。
「リリアーナ嬢、あなたが本当に求めているのは、『愛されないこと』ではないのでしょう?あなたが本当に求めているのは、**『あなた自身の意志で、愛を選ぶ自由』**なのではありませんか?」
彼の言葉に、私は息をのんだ。
三柱の「カミ」の嘲笑が、私の頭の中で響く。
「違う、そんなはずはない。私は……」
「愛さないという『自由』は、愛するという『自由』と表裏一体。どちらか一方だけを求めることはできません。あなたが、誰からも愛されないことを望むのなら、それはあなた自身が、誰かを愛する可能性をも放棄することになるのです」
クロード王子の言葉が、私の心に深く突き刺さる。
(そう、私は……愛したい。愛する自由を、自分で選びたいだけなんだ……)
私の胸の奥で、確かに疼いていた、抑え込んでいた本当の想いが、彼の言葉によって引きずり出された。
「あなたが、誰かを愛する勇気を持てた時、その時こそ、真にこの運命から解放されるのでしょう」
クロード王子の言葉は、まるで魔法のように私の心を解き放っていく。私は、彼から向けられる、一切の執着のない、ただ純粋な『理解』の視線に、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。




