17話 囚われの愛、新たな邂逅
エルナが蒼白な顔で立ち尽くす姿を、私は無感情に見つめていた。心臓が痛む。確かに私は、彼女を大切に思っていた。しかし、この運命を抜け出すためには、誰かを傷つける覚悟が必要だった。そして、この痛みこそが、私の覚悟の証だと、そう自分に言い聞かせた。
「リリアーナ、君はどうかしているぞ」
レオンハルト殿下の声が、私の思考を打ち砕く。彼の眼差しは、驚きと、それからかすかな悲しみに満ちていた。
「どうして、エルナをそんなに……」
「殿下には関係のないことです」
私は冷たく言い放つ。殿下がエルナに同情の眼差しを向けるのを見て、私の心はさらに固く閉ざされた。彼は、私が孤独になったとしても、私を愛そうとするのだろうか。この歪んだ愛の形は、一体どこまで続くのだろうか。
その時、背後から優しい声が聞こえた。
「これはこれは、レオンハルト殿下。そして、リリアーナ嬢もいらっしゃるのですね」
振り返ると、そこにいたのは、燃えるような赤い髪を持つ、見慣れない青年だった。彼は優雅な笑みを浮かべ、レオンハルト殿下と私に深く頭を下げた。
「私は、隣国フレイア王国の第一王子、クロード・フレイアと申します。今回は、両国の親交を深めるために参りました。まさか、このような場所で殿下にお会いできるとは」
「クロード王子!まさかこんなに早くお会いできるとは。わざわざご挨拶いただき、光栄に思います」
レオンハルト殿下は、私に向けられていた視線をクロード王子に向け、歓迎の意を示した。その間に、私はクロード王子を観察する。彼から放たれる気配は、レオンハルト殿下とは全く違うものだった。太陽のような明るさと、それでいて底知れぬ深さを感じる。そして、何よりも、彼の眼差しには、私が求めていた「嫌悪」や「無関心」の気配が、微かに感じられた。
(この人……もしかして、私に興味がない?)
その希望に、私の心臓が僅かに高鳴る。
「リリアーナ嬢、噂通りお美しいですね。お目にかかれて光栄です」
クロード王子が私に微笑みかける。私は、反射的に警戒した。どうせこの人も、私に「愛」を向けてくるのだろう。そして、私が拒絶すれば、またあの「カミ」の嘲笑が聞こえるのだ。
しかし、クロード王子の次の言葉は、私の予想を裏切るものだった。
「ですが、お顔に少し陰りが見えますね。もしかして、レオンハルト殿下と何かあったのでしょうか?ああ、失礼。余計なお節介でしたね」
彼はそう言って、困ったように微笑んだ。その言葉には、親切心はあるものの、私への執着は全く感じられなかった。
(この人なら、もしかして……)
私は、クロード王子が持つ、私に対する「無関心」という名の希望に、縋りつくように彼に尋ねた。
「クロード王子……。あなたは、もし、愛したくない相手から、一方的な好意を向けられたら、どうされますか?」
私の問いかけに、クロード王子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「愛したくない相手、ですか……。そうですね。私は、『愛する自由』があるのならば、『愛さない自由』もまた、誰にでも与えられるべきだと考えています」
彼の言葉は、私の心を深く揺さぶった。この世界に囚われているのは、私だけではなかったのだ。この「カミ」の、歪んだ愛のゲームに。
「ですから、私は……その相手に、**『あなたを愛することはできません』**と、はっきり伝えます。そして、その人が私の言葉を理解してくれるまで、必要ならば、徹底的に拒絶します」
クロード王子の言葉に、私は息をのんだ。レオンハルト殿下とは真逆の思考。彼なら、この歪んだ運命から、私を救い出してくれるかもしれない。
その時、私の頭の中に、再びあの声が響いた。
「ほう、面白い。新たな駒が登場しましたね。愛を否定する王子……。あなたの『愛されたい』という欲求を、この王子がどう掻き乱すか、見ものです」
三柱の「カミ」が、楽しげに囁く。
「さあ、リリアーナ。あなたの運命の相手は、本当にレオンハルト殿下なのでしょうか?それとも……」
私の心臓が、再び激しく痛んだ。新たな希望が、新たな絶望を生む。この運命の糸は、ますます複雑に絡み合っていく。私は、この残酷なゲームの駒にすぎないのだろうか。
私の目の前で、クロード王子は、私に静かに微笑みかけた。
「リリアーナ嬢。もし、何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってください」
その言葉は、まるで悪魔の誘惑のように聞こえた。しかし、私には、もうその誘惑に抗う力は残っていなかった。
私は、この新たな「希望」を、どう使うべきだろうか。




