15話 勘違いはさらに再加速する
私は、二度目の物語の始まりに立っていた。
豪奢なベッド、眩しい朝の光、そして、扉をノックする音。すべてが、前回の記憶と寸分違わず繰り返されている。
「リリアーナ様、朝食の準備ができております。本日は、王太子レオンハルト殿下とのご面会が……」
メイドの声も、完璧に同じだ。私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
(嘘……本当に……)
私は、震える手でメイドに答えた。
「わかったわ。今、行くわ」
着替えて朝食のテーブルにつくと、そこには、私が転生して初めて食べた料理が並んでいた。トリュフとフォアグラのムース。
ああ、懐かしい。そして、忌々しい。
このムースが、あの「勘違い」の始まりだった。
私は、スプーンを手に取り、それを口に運んだ。
味も、香りも、すべてが記憶通りだ。
(本当に、同じだ……。あの三柱の「カミ」は、私を、この運命の輪に縛り付けたんだ……)
その時、私の視界の隅に、見慣れた人物が映り込んだ。
レオンハルト殿下だった。彼は、私のムースを、興味深そうに見つめている。
「リリアーナ。一口もらっても?」
彼の言葉も、前回と全く同じ。私の心臓は、さらに速く鼓動を打った。
(試されている……。これが、私へのテストだ)
私は、レオンハルト殿下の言葉に、どう答えるべきか考えた。
前回は、ここでわざと高飛車な態度を取り、彼に嫌われようとした。
しかし、その結果は、彼に「愛」として受け取られてしまった。
(同じことを繰り返してはならない。彼に、勘違いの余地を、微塵も与えてはならない)
私は、彼の目を真っ直ぐに見つめ、冷たい声で言った。
「殿下。わたくしとあなたの間には、そのような親密な関係はございません。お食事は、ご自身の分をお召し上がりください」
私の言葉に、レオンハルト殿下の顔は、驚きと困惑に染まった。
彼は、私の返答が、前回と違うことに戸惑っているようだ。
「リリアーナ……?どうしたんだ?」
「何が、ですの?私は、あなたと、ごく一般的な婚約者としての関係を築きたいだけです。これ以上、馴れ馴れしくされるのは、ご遠慮ください」
私は、あえて彼を拒絶する言葉を選んだ。
彼に「愛ゆえの行動」だと勘違いさせないために。
(よし、これでいい。この調子で、彼に、私を愛する理由を、全て奪ってやる)
私は、心の中でそう誓った。
しかし、その時、レオンハルト殿下が、私の手にそっと触れた。
「リリアーナ……君は、僕から遠ざかろうとしているのか?」
彼の瞳には、深い悲しみが宿っていた。
私は、彼の表情に、一瞬、心が揺らぐのを感じた。
(ダメだ。まただ。また、彼に、勘違いの余地を与えてしまった……)
私の「嫌われようとする努力」は、今回も、彼の「愛されたいという欲求」と衝突している。
「いいえ、違いますわ」
私は、彼の言葉を否定しようとした。
しかし、その時、私の頭の中に、あの声が聞こえた。
「あなたの物語は、まだ終わっていません。あなたは、私に反逆できるでしょうか?」
神の嘲笑が、私の心に響き渡る。
私は、この運命の輪から、本当に抜け出すことができるのだろうか。
これは、私と、あの三柱の「カミ」との、終わりのないゲームなのかもしれない。